ぐら姐のよくばりイタリア

イタリアにはまってかれこれ25年。イタリア人て面白い、から始まって、イタリアは美味しい、イタリアは美しい、イタリアの田舎が素敵、イタリア美術や建築も面白い…とずぶずぶ深みにはまっている私「ぐら姐」のイタリアなんでもありのブログです。

2020年06月

フェッルッチオ・ランボルギーニ博物館の続きです。

赤がきれいです。
日本のスーパーカーブームの時代をご存知の方も多いはず。
これがミウラです。
ヘッドライトが長いまつ毛の目のようです。
そしてカウンタック
助手席が広いこんな車もありました。
こんな車まで作っているのにはびっくり。
あるのはボディだけですが。
シルベスター・スタローンが、自分の家の敷地で乗り回して遊んでいたそうです。
それからこんな車や
ゴルフ場のカートまで。
このカートには、法王パオロ2世が乗ったものだとかで、後部シートにお写真が。
車にも描かれていました。
そのほかに、フェッルッチオのコレクションの車が数台。
なんとフィアットのチンクエチェントもありました。
保存状態抜群ですね!
車ではありませんが、こんな素敵なデザインのMuseoのマークも。
そしてこんなにお洒落な飾り方。(写真が暗くてすみません)
案内してくれたシニョーラが、ショップも見ますか?と言うので
とりあえず開けてもらいました。
素敵なものは高いか、嵩張るか、重いかなので買うわけにもいかず、
ちょっとした食品を買いました。
会計カウンターがお洒落!!!
私はこれがいちばん欲しい!と思いました。(つづく)

フレッチャロッサは、流石の定刻発車、定刻到着でした。
でも、「ホームに迎えに行くよ!」と言ってくれていたYちゃんがいない。
4~5分待っても来ない。
ひとまず、バールがあって椅子もある1つ上の階に行って座って居ようと行ったら、
途中でばったり彼女と会いました。
ごめん、遅刻魔で、ですって。

彼女の車に乗り、まずは予約していたB&Bにチェックイン。
鍵を受け取り、荷物を置いて、まずは近くで軽く昼ご飯。
彼女の知っているパスティッチェリアなのに簡単な食事もできるという店へ。
ショウケースの中にあるものを、それとこれ、と言う感じで皿に盛ってもらいます。
カウンターだけの店。
私はマッシュルームとルーコラ、蛸とポテトとラディッキオのインサラータ。
このマッシュルームがすっごく美味しくて、水っぽくないのです。
料理人のYちゃんに、これ焼いているんだよね、ペチャっとしてなくて美味しい!
と言ったら、オーブンで焼くと余計な水分が飛んで食感がよくなるのだそう。
この技は、帰国してから家でもやってみました。

Yちゃんは、パスタ。
すぐに郊外のムゼオに向かいたいので、飲み物は水。
食べ終わってお会計して、車に乗って出かけました。

着いた先は、フェッルッチオ・ランボルギーニ博物館。
ランボルギーニのムゼオは2つあって、
1つは創業者のフェッルッチオの名が冠され、
創業当初の車両やフェッルッチオのコレクションなどの展示があり、
もう1つは、生産ラインの見学ができるものなのだそうです。

早速中に入りました。
見学者は私たちだけ。
ガイデッドツアーもあるとのことで
事前にYちゃんが電話したのですが、この日はなくて、
でも受付の人が簡単な説明ならばすることができますと言ってくれたそう。
その話をしたら、受付のシニョーラは電話の人とは違ったけれど
案内してくれることになりました。

フェッルッチオは、第二次世界大戦後、
イタリアにトラックが不足していることに目を付け
軍が放出するトラックを民間向けに改造し販売することで富を得たのだそうです。

その後、彼はトラックに続いてトラクターの自社開発に取り組み、
自ら開発した排気熱で軽油を気化するイン・パボリザトーレというシステムを使って
高性能なトラクターを作り、
これは当時高価であったガソリンをエンジンの始動と暖気に使うだけで済み、
後は安価な軽油で充分に動かせたため、大ヒットに繋がったのだとのこと。
今でも、トラクターの製造は続けているのだそうです。

こちらは、8歳の息子のために作った車。
私のリュックを横に置いたので、車の大きさが分かるかと。
最高速度60㎞も出る「おもちゃ」です。
ヘリコプターまで造ったのだそうですが、
これは製品として販売するまではいかなかったそうです。
いかにも、な車たち。
こんな形のまであるのは知りませんでした。
まだ載せたい写真がいくつもあるので、次回に続きます。

ミラノもローマも、メトロの1回乗車券(トラムやバスだと90分)は1.50€なのに、
24時間券はミラノは4.50€、ローマは7€。
ローマでは5回使わないと元が取れないけれど
ミラノならとりあえず3回乗れば損はなし。
ローマって、ケチ~と思ってしまいますね。

というわけでこの日も24時間券を購入し、
ドゥオーモからガリバルディのイータリーへ。
ガリバルディ駅からガリバルディ門に向かう通りにも
ナターレのメルカティーノが出ていました。
ガリバルディ門のところには、小さなスケートリンクができていました。
10時ごろでは、まだ滑っている人がいません。
というかまだ営業開始していなかったのかな。
イータリーでは何も買わず、私が欲しいものがどこに置いてあるかを確認し、
どんな種類のパネットーネがあるかを確認しておしまい。
今度は、10番のトラムに乗って中央駅まで戻りました。

買ってきた缶入りパネットーネをスーツケースに収め、
ホテルをぎりぎり11時にチェックアウトし、今度は荷物をゴロゴロして中央駅へ。
まだ時間があるので駅のバールでカップッチーノを1杯。
駅構内のツリー。
12:20発のFrecciarossaでボローニャへと向かいました。

ボローニャ行きの列車まで3時間ほどあるので、
ドゥオーモ駅まで行きました。

目当ては、D&Gとコラボのフィアスコナーロのパネットーネを買うことです。
この旅行の最後にミラノに戻った時に買えばいいのかも知れないけれど、
万が一売り切れていたら...と1個は買っておくことにしたのです。

結果的に、これは正解でした。
だって31日の夕方には、もうカウントダウンのために集うう人たちがいて
セキュリティ上の理由でメトロのドゥオーモ駅は封鎖されていて
一駅手前からあるいは、一駅行き過ぎてから歩くしかなったので、
行くのを諦めましたから。

とりあえず、ここに来たらドゥオーモを撮ります。
ツリーは、昼に見ると地味でした。
この時期恒例のメルカティーノが出ています。
そして、老舗デパート、ラ・リナシェンテにいつもと違う、プーリアのようなルミナリエが。
アーケード部分はもっとすごいです。
'18年のリナシェンテは、パネットーネだけではなく、
こうした外側の飾りやショウ・ウィンドウまでも、
すべてD&Gが手掛けているのでした。
目当ての売り場に着きました。
ほらほら、この缶です。
パネットーネの種類は1種類でした。
とりあえず1個購入、37€也。
次は、イータリーの下見に行きます。(つづく)

このブログでは、私の記録として過去の旅行のことを書いています。
(もちろん今のコロナ禍が収束してイタリアに行かれるようになったら新たな旅のことを書きますが)
昨日で’17年の夏の旅編が終わったので、
今日から’18年冬の旅のことを書いていきます。

この冬は、いつもから見るとちょっと短い現地12泊の旅でした。

20日木曜に久しぶりのアリタリアで出発し、夜にミラノに到着。
ホテルは、中央駅からまあまあ近いところに取りました。
安く泊まりたかったので、キャンセル不可で48€、朝食無し。
ミラノでこの値段だったら、多少狭かろうと粗末であろうと、
文句は言えないと思っていましたが、
豪華ではありませんが、スタッフの感じのよさも含めて、
まともなちゃんとホテルらしいホテルでした。
シャワーの出もよくて気持ちよく1泊できました。
それほどお腹が空いていなかったので、機内でもらったおにぎりを食べました。

マルペンサからのバスが着いたところから、ホテルに向かう途中で
中央駅のこの時期の恒例のライトアップを見たので写真を撮ったのですが、
もっとちゃんときれいに撮りたいと思い、翌朝暗いうちに見に行ってみました。

ところが、明るくなるまでは照らしているのだろうと勝手に思っていたら、
もう消えてしまっていました。何時までだったのかしら。

途中にあるお店は、閉店してもまだこんなにキラキラだったのに。
ホテルに戻って、朝食を見に行きました。
近くのバールで食べるつもりだったけど、
どんなものか見てからにしようと思ったのです。
なかなか面白そうだったので、9€なら食べてもいいかなと思い、
食べることに。

ハム、サラミ、チーズなどの塩味系
甘いもの系
なかなか美味しそうです。
お、オレンジのスプレムータを作る機械も!
でも、妙にきれいと言うか、使った痕跡が見られません。
カメリエーラに使えないのか訊いてみたら、
これは別料金で、2€だとのこと。
オレンジを4~5個使うので…とのことでした。
とても安いけれど、9€にさらに追加するのは止めました。

これはお初。
パンケーキのセルフサービス機です。
作り方は、
①パンケーキの出口に皿を置く。
②OKボタンを押す。
それだけ。
中で生地が落とされ(多分)、ベルトの上を通っている間に焼け(多分)、
皿の上にポトンと落ちてくるのでした。
試したのに、完成品の写真撮り忘れ。
もう少しこんがり焼けてもいいなあというぐらいの焼き加減でした。

美味しくいただいて、まだ少し時間があるのでまちに出かけました。

最後の日は、何にもしていないのです。
8月第2、3週でもテルミニ駅ビルに入っている店は営業していたので、
他の2人が買い物をするということになり。

私は、イタリア国内に送るものがあり、郵便局へ。
それから、休みであることを念のため確認しに
大好きなポルケッタの店エル・ブケットへ。
夏のバカンスシーズンにやっているわけがないと思ったら、やっぱり閉まっていました。
その後スーパーマーケットを3軒回りました。
サンタ・マリア・マッジョーレ聖堂の前の店、
こことはテルミニの逆側にあるテルミニ1番線の向こうにある店、
そしてテルミニ駅ビルの中にあるCONAD。
品揃えが結構違い、それぞれの店でしか置いていないものを今回確認できました。

サンタ・マリア・マッジョーレ聖堂の裏側の横っちょ。
ホテルは12時チェックアウトで、その前に早お昼を部屋で食べました。
ぴったり12時にチェックアウトして(いや12時に部屋を出たのでちょっぴり遅刻)
12:15に予約をお願いしていた送迎車でフィウミチーノに向かいました。
「フィウミチーノ送迎 3人まで48エウロ」と書いてあったので、
1人16エウロなら、レオナルド号に14エウロ払うよりずっとお得感あるね、
ということでお願いしていたのです。

バスや電車で行くよりも、タクシーのルートや窓から見える景色はずっと素敵で、
2000年昔に思いを馳せながら、Arri~vede~rci Ro~maと心の中で歌いました。

空港では、チェックインはスムーズだったのに、イミグレに長蛇の列。
とても時間がかかって、ゲートに着いた時はボーディングが始まっていました。
この状況が続くとしたら、これまでより少し早めに空港に着くようにした方がいいですよ。

ゲートから見えた私たちの飛行機。
長々だらだらと書いてきましたが、これにて’17年夏の旅行報告はおしまいです。

サンタ・プラッセーデ聖堂の写真、
何回目かなので、普通に撮るべきところを撮らずに、
部分的に撮ってしまっていますが、とりあえず載せます。
こちらの礼拝堂には
お祈りをする人以外は入らないようにと書かれていました。
主祭壇の後陣
それから、イータリーに行って自分土産の食材の買い物をし、
お腹のすき具合はそこそこだったのですが、食べておいた方がいいと思ったので、
イータリーの店内のパスタ屋で1皿ずつ。
私はシンプルにトマトソースのスパゲッティ。
なかなか美味しくて、これだけで満足。
嘘~ これも飲んで満足したのでした。
ホテルに戻って寝ました。

イタリアの踵の先っぽの街レッチェからローマまでの大移動。
遅れるのは当たり前のトレニタリアで、絶対にその日のうちに着きたいし、
できれば早めにと思って5:50発のフレッチャアルジェントを予約していました。

4時起きして、支度、朝食、万が一に備えてお弁当も作り、駅に着いたのは5:30。
出発の案内板を見ると...soppresso (廃止)
え?えぇぇーっ!!!

結構乗る人はいて、皆立ち尽くして。
窓口は閉まっているし、駅員は見当たらないし。
元日に続き、またまたやられました。(これについては後日)

しばらくしてアナウンスがあり、
隣のホームのフレッチャビアンカ(ミラノ行き)でバーリまで行って、
フレッチャロッサに乗換えろと言われ、大荷物を持って階段を下りて上って行くと、
6:03発のその列車は一向にドアすら開かず、10分遅れの表示が。

そしてその遅れは20分に変更され、結局動くことはなく。
今度は隣のホームのICに乗れと言われ。

6:26発のその電車は、10分遅れでめでたく発車。
(そのころには、フレッチャビアンカの方は70分遅れの表示が出ていました)

バーリに着いたら、乗るはずだったフレッチャアルジェントがバーリ発で用意されているとのアナウンス。
なんとか1時間遅れでローマに着くことができたのでした。

まあとりあえずは、51分遅れの12:34にローマに辿り着くことができてめでたしめでたし。
遅れたのだし、ものすごく気を揉んだし、ちっともめでたくないのに
廃止が分かって、今日中にたどり着けるのか・・・と目の前が真っ暗になり、
何とか別のルートでも何でも移動する方法はないかとあれこれ思いを廻らせたので、
比較的簡単にちょっとの遅れで着けたので、めでたい気がしちゃうんですよね。
ずるいぞ、トレニタリア。

さて、駅の近くのホテルに行ったら、まだチェックインできないと言うので、
テルミニ駅の奥のメルカート・チェントラーレで軽く摘まんでビールを飲むことに。
ここができて、ほんとに便利になりました。
イプさん、リトルさんは初めてです。
3種盛りを1皿とそれぞれがビール1杯。
左から、フィノッキオにトマトとオリーブ、ルーコラが入ったサラダ、
鶏肉のローストを切ったもの、
ポルチーニとジャガイモ、ペペローネなどのソテー
それからホテルに戻ってチェックインしてから
朝作って持参していたお弁当を食べました。
プーリアで買ったヴィーノも1本。
(予定としては12時前に着くことになっていても、
3時間も4時間も遅れることも想定内なので、弁当は必須なのです。)

それから、昼寝。
朝4時起きだったので、ぐっすり眠って5時ごろから出かけました。(つづく)

レッチェに戻ってから、イプさん、リトルさんは初レッチェなので
レッチェの観光も少しはしないとね、ということで出かけました。
サンタ・クローチェ聖堂が修復中と言うのは前夜に分かったので、
ドゥオーモへと向かいました。

宿のすぐ近くの教会が開いていたので入ってみました。
シスターたちが何人も座っていて、これからミサが始まるところでした。
到着。
扉は開いていたのですが、入ってみたらミサの真っ最中でした。

この黒い魚は何?
ドゥオーモ広場を後にします。
お土産物屋さんがたくさんあるこの通りの建物の持ち送りが楽しい。
カラフルで使い勝手のよさそうな財布がたくさん。
財布がたくさんあっても、入れる中身がないんだからと自分に言い聞かせ、
買いたい気持ちをぐっとこらえました。

ローマ遺跡のところで結婚記念写真を撮影していました。
ヴィーノのイベントは終わっていて、広場には露店がいっぱい出ていました。
上の写真の左下にある丸いものは、
ナッツの飴絡めの機械でした。ぐるぐる回るのです。
振り返るとドゥオーモの鐘楼が見えました。
夕暮れの散歩時間=イタリア人のジェラートタイムなので、
私たちもジェラートを食べることに。
部屋に戻って、晩ご飯の支度をしました。

トマトとルーコラのサラダ、
焼きズッキーニと茄子、
インゲン塩茹で、
白いスティックは、隼人瓜です。
桃ブッラータは、この日も。
もうどっぷりとはまっています。
生ハム無花果。これにて、マキさんちからもらってきた無花果はおしまい。
こうして、レッチェの3日目も終わったのでした。

さて、トッレ・ラピッロで泳いで、
バスに乗ってポルト・チェザーレオに戻りました。
このまちのバス停は、まちからちょっと離れているので、
海辺に出て、歩きました。
港が見えてきました。
懐かしい!1泊したホテルです。
この日はそこそこ風があったので、カモさんたちが大勢船の影にかたまっています。
向こうのバスだかトラックだかにはルパン三世の絵。
港を越えるとビーチがあります。
海にビーチチェアを置いて座るのが流行っているのでしょうか。
半端な時間にプッチェを食べたので、それほどお腹が空いているわけではないけれど、
バスの時間まではまだまだ時間があるので、どこか店に入ろうということになり、
そしたら偶然目の前に以前入ったリストランテがあって、
メニューを見たら、食べたかったコッツェのパン粉焼きがあるのでした!
リトルさんは、ずうっとウニパスタが食べたいと言っていて、
この店にはそれもあるのでした。
私とイプさんはミラノでウニパスタ(おまけにアサリまで入っている)を食べたけど、
リトルさんは後から合流したもので。
ということで、(私たちにとって)遅いお昼ご飯をここで食べることに。

暑かったので、エアコンの効いている中の席へ。
窓の外はすぐビーチ。
それぞれ1皿だけオーダー。それでもヴィーノは欠かさず。
パンがやってきました。
そして、食べたくて仕方のなかったコッツェのパン粉焼き。
ソラリスに負けず劣らず、ここのもすっごく美味しい!
そしてリトルさんのウニパスタが出てきて、絶句。
この山盛り!
パスタにすでにウニがちゃんと混ぜてあるのに、
てっぺんにこの量!!!

味見をさせてもらって、ああ私も、これもオーダーするんだった…と
後悔したのでした。
小食のイプさんでさえ、頼めばよかった…と。
次にここに行くチャンスがあったら、絶対に食べるのだわ、と心に誓いました。
(こう思うと、本当にまた行っちゃう自分がおそろしい…)

この店、前回行ったときにはそれほど感動しなかったのに、
今回は、大大大感動。
出るときに見たら、ユヴェントゥスの前監督のコンテさんが訪れた店でした。
お店の人嬉しかったでしょうねえ。
後で調べたらコンテさんってレッチェの出身なのでした。
お腹も心も一杯になって、店を後にしました。
またバス停まで歩きます。
帰りのバスは、始発ではありません。
昨日みたいに満員で、私たちが乗せてもらえなかったらどうしようかと心配しましたが
何とか乗れて、運良く座ることもできました。
この後やはり満員になったのでした。(つづく)

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