ぐら姐のよくばりイタリア

イタリアにはまってかれこれ25年。イタリア人て面白い、から始まって、イタリアは美味しい、イタリアは美しい、イタリアの田舎が素敵、イタリア美術や建築も面白い…とずぶずぶ深みにはまっている私「ぐら姐」のイタリアなんでもありのブログです。

2021年11月

ロッカの門をくぐり奥の方へ。
中には入れないので、これでおしまい。
さあ、まちに戻りましょう。
電車の発車時刻まで少し時間があるので、ワインバーに入りました。
toorakさんがお食事をしたお店ですね。
店は、昼食のいちばん遅い人たちが終わって出て行ったところでした。
お店のマンマが、お食事?と訊くので、いえ飲み物だけ、といったら、
奥のテーブルを勧められました。
マンマは、食事の人たちの食器を片付け、
それから自分の昼ご飯を食べていました。

しばらくして、やはりお茶だけの客の4人グループが来て。
彼らは、北欧の方たちのようでした。
ヴィンブリュレ(ホットワイン)を飲んでいました。
それにもそそられつつ、店を出て、駅へと向かいました。
道すがらにあった、サンタさんへのお手紙を入れるボックスのある小屋
ちょっとした空き地に、プレゼーピが飾ってありました。
半日散歩でも、とても楽しめたブリジゲッラでした。
ファエンツァへに戻りました。

今度は、ロッカを目指して登って行きます。
このレベルまで下りて、それから上りました。
時計塔が遠くなっていきます。
どんどん上ります。
ロッカへの案内表示がありました。
ロッカが上に見えてきました。
一般道に出ました。
イタリアのまちを歩いていると、必ず見かけるこの方たち。
到着!
さあ、門を入ってみましょう。(つづく)

ロバの道からまた気ままに進むと、時計塔へと登る道に出ました。
反対側にあるロッカが見えます。
2、3日前に降った雪の影響で道の隅っこが凍っています。
枯れ枝に残る石榴の実
だいぶ高くなってきました。
雪が残る家々の屋根
時計塔に着きました。

さて、今度は、向こうのロッカを目指しましょう。
一度下までおりないといけないのが辛いところですが。

出発前11月に調べたときには、クリスマス以降のブリジゲッラに行く列車は全然なくて、
行くのを諦め、旅程を変更したのに、現地に着いて見れば
なんと1時間に1~2本出ているではないですか。
Trenitaliaのサイトは本当にいい加減。
というわけで、31日の午後に行くことにしました。

ファエンツァからあっという間に着くのに、本当に小さなまち。
地図などなくても、駅前からの道の雰囲気で適当に歩いて行きました。
知らないまちの知らない道を歩いていくのはわくわくします。
向こうにロッカ(要塞)が見えます。
教会は修復中
遠くに時計塔も見えてきました。
日本人と思われる熟年カップルが、ワインバーの前でメニューを見ていました。
お昼ご飯でしょうか。
この店は、伝統的な手押しスタンプの技法で
布にプリントしたものを製品にして売っていました。
この階段を上ったら、人様の建物の中に入っていきそうなのに、
Vicolo Paolina(パオリーナ小路)と書いてあって、
そういうのを見るとついふらふらと踏み入ってしまう私です。
ここまで入っても、小路と言うよりは、個人の建物内のような。
でも、奥への矢印に、私が見たかった、
VIA degli ASINI(ロバの道)と書いてあります。
進むしかありません。
ロバの道に出ました。
このまちの郊外でチョークを産し、その産出の為にロバがこの道を行き来したので
「ロバの道」と言われるようになったのだそうです。

この道には、クリスマスの飾りがない方がいいと思うのですが、
ここの人たちとしては、飾らずにはいられないのでしょうね。
この、うねる石畳がなんともいい感じですね。
途中のお宅のドアに、こんな表示が。
よくあるのは、ATTENNTI AL CANE(犬に注意)ですが、
ここならではの「ロバに注意」ですね。
この建物の二階にある不思議な道は、こんな造りになっているようです。
その昔の?様子。あら、ロバがいませんね。
つづく。

陶器博物館の外観は、ちっとも素敵じゃなくて、
たまたま時間が空いたから入りましたが、
そうでなければ、入る気にはならなかったかもしれません。
近づいてみれば、入り口はちょっと素敵。
それが、中に入ってみると外観からは想像できない明るく広い空間で、
14世紀ぐらいのものから、現代作家のものまで
展示数も膨大なもので、予想外に楽しめるのでした。

入ると、まずファエンツァの陶器、14世紀のものと15世紀のものとでは、
色や模様が少し違っています。
これは14世紀
こちらは、15世紀のもの
像をつけたものなども登場し、陶製品は多様化します。
インク壷
馴染み(と勝手に自分で感じている名前)の紋章や、まちの名前のものも出てきます。
メディチのマーク
17世紀を過ぎると、白く、繊細な細工のものも増えてきました。
こんなかわいいのもありました。
やがて海外(中国や日本)の影響のものも現れ、
現代に近いものが多くなり、
そして生活で使う陶器から陶芸と呼ばれるような、現代美術の作品も多数。
日本の作家のものもありました。
昼からブリジゲッラに出かけることにしていたので、
最後の方は駆け足になってしまいましたが、本当に楽しかったです。
中庭
陶器がお好きな方には、お薦め度☆5ツです。

この時期ならではのこのまちの催し物がありました。
Giardini di Natale(クリスマスの庭)
一人分の区画が4~5㎡程度で、そこに趣向をこらした庭を作るコンテストのようです。
それぞれに番号とタイトルがつけられていました。
ちょっと見てみましょう。
これっばかり見ていても仕方がないし・・・と少し別な方向に歩いてみました。
教会を見かけたので、行ってみました。
サン・ドメニコ教会という名前でした。
あら?ここにもマドンナ・デル・フオーコが!
火事に遭っても、奇跡的に燃え残った聖母子像などというのが、
そんなあちこちにあるものなのでしょうか???
通りに出たら、こんなものが目に入りました。
「国立陶芸研究所」
そう言えば、ファエンツァは陶器のまちなのだった、と思い出し、
市立絵画館が閉まっていて空いてしまった時間に、
陶器博物館を見に行くことにしました。
ここのことについては、また次回。

リミニからファエンツァに移動したのは12月29日でしたが、
すぐにフォールリーに出かけたので、この日、12月30日が
私にとっての初ファエンツァまち歩きとなります。

駅からチェントロまでは、歩ける距離のようだったので、チェントロに宿を取りました。
ドゥオーモの近くの宿です。
シングルの部屋は狭かったですが、
小奇麗で、冷蔵庫もテーブルも椅子もあったので、
居心地はよかったです。

エントランスホールや廊下も素敵でした。
朝ごはんをいただいて、早速まち散歩に出かけました。
宿からドゥオーモ方向に行くと、見えてきた時計塔。
そして、その手前にあるドゥオーモ。
その向こうのポポロ広場には、市が立っていました。
広場に面した建物内のお店には、この時期ならではの商品や飾りつけ。
目当ての市立絵画館に行ってみました。
え?残念、開いていません…
土曜と日曜だけの開館…
シニョレッリさんのサイトで午前中しか開いていないというのを見ていたので、
それ以上調べなかった私がオバカでした。
時期によっても変わるので、こういうことは最新のものを調べないといけなかったのに・・・
気を取り直し、ドゥオーモへ戻ることに。
さっきとは反対側から見た時計塔。
中に入りました。
ここの目ぼしい作品は、市立絵画館にあるらしいので、
絵画館が開いていないのは、返す返す残念・・・

ここの床、ホテルの床と似ているような。
つづく。

ドゥオーモを後にします。
また車に乗り、
ラヴァルディーノの城塞(Rocca di Ravaldino)へ。
カテリーナ・スフォルツァがチェーザレ・ボルジアに攻められ、
カテリーナ自ら武器を持って戦うも敗れた場所です。
でもね、もう真っ暗なのです。ライトアップはしていましたが。
でも、中で市民の手づくりプレゼーピのコンテストをやっていて、入ってみました。
なかなかアイディア豊かで面白いものがありました。
これは1本の木の上につくられたもの。
パスタで作られたもの。
浮いているもの
ペットボトルのキャップでつくられたもの。
ビスコッティ(ビスケット)でつくられたもの。
ちゃんと投票券をもらえたので、1つ選んで投票してきました。
今夜は友人たちとピッツァを食べに行くのだけどいかがですか?
と誘っていただいたのですが、夜遅くなって電車に乗り遅れると、
昨年のヴェネツィア日帰りのときのようになってたいへんなので、
駅まで送っていただき、ファエンツァに帰りました。

この日は、まだ少し手持ちのサラミや野菜、ビールなどがあったので、
部屋で晩ご飯を食べました。

ドゥオーモに入りました。
素敵な天井です。
祭壇には、小さな木版画。「Madona del Fuoco」(炎の聖母子)です。
Yさん夫妻の話によると、
この木版画は、15世紀にとある学校の壁に飾られていたものなのだそうです。
1428年2月4日、それはとても寒い日で、教室の暖房のために火を焚いて、
それがしっかりと消されてなかったがために、晩から朝にかけて火事が起こり、
学校は全焼してしまったのだそうです。
その中にあって、この紙に刷ってある木版画だけが、
不思議なことに燃えなかったのだそうです。

これは奇跡だ、ということで、それ以来この木版画の聖母子は、
フォールリーの守り神として大切に祀られているのだそうです。
小さくて遠くにあって見にくいので、近くの壁に、レプリカが架けてありました。
フォールリーでは、2月4日に、Madonna del Fuocoのお祭りがあるそうです。
どんなお祭りなのか、見てみたいですね。
外に出ました。つづく。

教会の外に出たときは、アウレリオ・サッフィ広場はすっかり暗くなっていました。
この教会は、開いていませんでした。
途中で立ち寄った建物の中には、まちの人が作ったプレゼーピが飾られていて、
その一角では、子ども達への読み聞かせが行われていました。
そしてドゥオーモへ。
あ、途中でクリスマスのメルカティーノ(ミニマーケット)があり、
Yさんがお菓子を買いました。
その店に2年ほど前にボローニャで見て気になっていたお菓子が。
「炭」という名前なのです。
というわけで、これは何なの?とYさんに聞いてみました。
イタリアの年末年始は、クリスマスに始まり、1月6日のエピファニアの日で終わります。
そのエピファニアに、箒に乗ってやってくる魔女のベファーナが、
良い子の靴下にお菓子を入れてくれるのですが、
悪い子には、炭を入れる習慣があり、その炭は本物ではなく、この砂糖菓子なのだそうです。
それもお菓子だけ、炭だけ、というのではなく、
お菓子と一緒に、あなたちょっといけないこともしてたよね、と言う感じで、
炭も少し入れておく、というような入れ方をするのだと話してくれました。

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