ぐら姐のよくばりイタリア

イタリアにはまってかれこれ25年。イタリア人て面白い、から始まって、イタリアは美味しい、イタリアは美しい、イタリアの田舎が素敵、イタリア美術や建築も面白い…とずぶずぶ深みにはまっている私「ぐら姐」のイタリアなんでもありのブログです。

2022年02月

ヴェネツィアでの夕食を私だけ先に席を立ち、
ひとりサンタ・ルチア駅に向かいました。
ヴァポレットの所要時間が多分20分ぐらいでしょうと言われ
その気になってぎりぎりまでいたのですが、
結局ヴァポレットは30分かかり、
駅についたのは列車の出発時刻の22:09。
去っていく列車が見えました。
こういうときに限って列車は定刻で発車して行くのですね…泣。
(店の場所が徒歩でサンタ・ルチア駅まで行くのは難しい位置でなければ走って間に合ったのに…)

そしてその次は2時間近く間が開いて、なんと0:08発のICなんです。
乗車券は持っているのでICの急行料金分だけを自販機でどうかうのかが分からず、
切符売り場の窓口はもうクローズ。
どうしよう?まあ車掌が来たら事情を話せばなんとかなるでしょう、
だって所要26分のレジョナーレヴェローチェ(料金は変わらない快速のようなもの)より時間がかかるICなですもの・・・
って勝手な理屈を考え。

2時間を駅で待つのは嫌なので、1時間半ぐらい近くのバールでドリンク1杯で粘りました。
そして少し早めに駅に行き、ホームに入っていた列車に乗って。
絶対に乗り過ごさないようにしっかりと緊張感を持って乗りました。
0:38にやっと到着。
車掌は来なかったので、切符は普通乗車券で済んでしまって。
駅前は人気はないけれど明るくて、怖い思いもせずに無事宿に戻りました。
駅から近い宿にしてよかった!
さて、夜のヴァポレットから撮ったヴェネツィアの夜景です。

初めてヴェネツィアを訪れたのは’94年のことでした。
その時は、サン・マルコ寺院の中に入りましたが、
それ以降何度もヴェネツィアを訪れ、その度にサン・マルコ広場には足を運んでいるのに、
サン・マルコ寺院の中には入っていません。

この旅行に出る前に、塩野さんの「ルネッサンスの女たち」を読みました。(今頃、なのですが)
4人目に描かれている、ヴェネツィア人にしてキプロス王妃のカテリーナ・コルネールの章の
ヴェネツィアの描写を読みながら、サン・マルコ寺院をもう一度見たくなったので
今回ちょっと来てみたというわけです。
「イタリア古寺巡礼」にも出てきましたし。

ファサードの上の方は修復中でした。
1204年、ヴェネツィア軍が第4次十字軍でコンスタンティノープルを占領した時に
略奪してきた4頭の馬のレプリカ。(本物は、美術館の中に展示されています)
サン・マルコ広場に立ち、寺院を見ると
私はその全体の形や無数の尖塔に目を奪われ、
部分部分をよく見ることはしてきませんでした。

今回ちゃんと見ようと思ったら、修復中なわけで。
それでも、見えるところだけ撮ってみました。
3つの窓の模様が全部違って、それぞれがとても素敵です。
入場は午後5時までなので、中には入れません。
中では、ミサが行われていて、予約客が入る横の入り口が開いていて、
ちょっとだけ中の通路の辺りを観ることができました。
床のモザイク
そしてナルテックス(玄関の間)のモザイク
今度ヴェネツィアに行くときは、予約して中に入りたいと思います。

外に出ました。
待ち合わせのリアルト橋の方へと歩き、少し時間があったので
ちょっと1杯。
その後、待ち合わせ場所でYukoさん、Yukoさんの連れの方、
Yukoさんのお友だちでヴェネツィア在住のご夫妻、総勢5人でアカデミアの方にある店へ。
なかなか居心地のよい雰囲気のお店です。
この店は、1皿の盛りがすっごく多いとかで、
ひとまずハム・サラミ・チーズの盛り合わせと魚介の前菜の盛り合わせをいただき、
その後お腹の様子を見て続きをオーダーすることにしました。

ほんとにすっごいボリューム
これは、ヴェネツィア在住ご夫妻のイタリア人の旦那様の前菜(ブルスケッタとポテチ)
何しろ食事を始めたのが8時半ごろでしたから、お話しているうちに、
もう帰る時間になってしまい、退席して駅へと向かったのですが、
結局乗り遅れて遅ーい電車に乗ってパドヴァに帰りました。

ヴェネツィアは、すごく好きなまちというわけではないので
次にいつ行くかは分かりませんが、そのときは本島に泊まって、
ゆっくりと食事をしたいと思います。

ヴェネツィア大好きなYukoさんがちょうど滞在中だということで
夕食を共にする約束をしているので、
早めにヴェネツィアに出かけて、
散歩を楽しむことにしました。
駅から、サン・マルコ方面へ。
あっちこっちにリアルトとかサン・マルコとか書いてあるので、
それを時々見ながら、適当に足の向くままに歩きます。
サン・マルコ広場に出ました。
今日は、何も書かずに写真ばかりを載せました。
これまでとちょっと違った目でヴェネツィア散歩をしたので。

この時期にヴェネツィアを訪れたのは初めてで、
気候もいいし、観光客の数もほどほどで、気ままに歩くのには最適でした。
ヴェネツィアに泊まるのでもよかったなあ、とちょっと思ったりして。

ミラノに2泊した後は、パドヴァに2泊しました。
行程の3分の2は1人なので、宿代を節約したくて、
駅から比較的近いB&Bの、共用シャワー・トイレの部屋にしました。
(1泊40.50€)

その昔イギリスやドイツでは共用シャワー・トイレに泊まったことがあり、
別に困ったことはなかったので、イタリアでも大丈夫だろうと。

行ってみたら、シャワー・トイレは部屋からすぐ近くだったし、
3室で共同使用でしたが、1室は空いていたこともあり、
使用する際まったく重なることがなかったので、
部屋にあるのとそうそう変わりはありませんでした。

私の部屋
宿の名前がCASA MARIOというのですが、
この方がオーナーのマリオさん。
「その昔バックパッカーで、世界を放浪していました」風な男性です。
2歳だと言うワンコがなかなか可愛いヤツでした。
こういうおっきい犬、大好きです。

さて、まち散歩に出ます。
ポンテ・モリーノ門
ポンテ(橋)と付くだけあって、手前は橋です。
橋からの眺め
パドヴァは、2004年に1度立ち寄り、その後1週間滞在したこともあります。
今回3回目になるわけですが、このまちに来たら、
スクロヴェーンニ礼拝堂は絶対に観たいわけで。
行ってみたら、遅い時間しか予約が取れないというので翌日見ることにしました。

以前滞在したアッパルタメントのある懐かしい建物
老舗のカフェ・ペドロッキの前を通過
5月初め東京で観たイタリア映画祭の「マフィアは夏にしか殺らない」(LA MAFIA UCCIDE SOLO D'ESTATE)のポスターがあったのでびっくり。
DVDの発売なのでした。
到着した日は日曜で、エルベ広場には市も出ず、
その周辺も閑散としていました。
少し歩いたところで、よさげな店を見つけたのでランチ。
アンティパストを迷っていたら、オニイサンが
「今日のお薦めは、(メニューには無い)ブッラータとプロッシュットです。」と言うので
それにしてみました。
うま~
さすがに前日食べたスーパーのブッラティーナとは味が違う!
中身がトロ~リ。
この一皿でワインが1本飲めますねって感じ。
(そんなには飲んでないです!2分の1リットルでした。)

プリモは、グリーンアスパラガスと海老のパッケリ
これもなかなか。

食後は、散歩してから宿に戻り、その後Yukoさんたちと合流するためヴェネツィアへ。
(つづく)

聖堂を見終えて山を下りました。
だいぶ下った辺りで、遠くにまちが見えました。
またまた車道を通って駅へ。
いるのは、痩せた野良猫だけ。
お腹が空いているのでしょう、ベンチに置いた私のリュックのにおいを嗅ぎ、
甘えるような声を出します。
ごめんね、何にも無いの。私もお腹ペコペコなのだもの...

何時に来るか分からない電車を待っていたら、
村の人が1人、2人とやってきて、
10分ほど待ったら電車がやってきました。
万歳!

レッコで、飲んだビールが美味しかったこと!
食事の時間が半端になるのが嫌なので、ここではビールだけにし、
(ポテチとピーナッツが出てきたのでそれは食べました)
スーパーで買い物をしてミラノに戻りました。

とてもくたびれていたので、この晩は部屋ご飯。
ピアディーナ
ヴィーノ・ロッソ
ブッラティーナ (ブッラータの小さいもの)
温めるだけでよいミネストローネを洗面所のお湯で温めたもの。
ミネストローネがたっぷりあったのでお腹一杯になり、
気持ちよく眠りに落ちたのでした。

いよいよ、修復中の聖堂の扉を開けていただきました。
入り口を入って右側に本で見たあのフレスコ画がありました。
この聖堂の創建は、8世紀末、ランゴバルド王デジデーリオによるといわれています。
冬に行ったブレーシャのサン・サルヴァトーレ教会(サンタ・ジュリア博物館内)と同じです。

初代ローマ教皇サン・ピエトロの聖遺物を
9世紀にミラノ司教アンジルベルト2世がチヴァーテにもたらし、
9世紀半ばには、巡礼者が多く集まり
「第二のローマ」として有名だったのだそうです。

サン・ピエトロの聖遺物は、後代にローマへ移され、
1611年に最後の司祭が山賊に殺され、
1757年には鐘塔が倒れました。
(祈祷所の屋根が落ちたのもこの頃?)

この聖堂には、東と西の両方に内陣があります。
当初はほとんどの教会と同様に東側にだけ内陣があったのですが、
「第二のローマ」としての自負から、
11世紀末の改築の際、ヴァティカンの旧サン・ピエトロ大聖堂にならって
西側にも内陣を設けたのではないかと本に書かれています。
目当ての、この壁画は東側にあります。

天井にある「天上のエルサレム」は、修復中の足場があって、
この角度からしか見られず。
でも「大天使ミカエルの竜退治」は、全部見えます。
このフレスコ画と「天上のエルサレム」他のフレスコ画は画風がやや異なって、
本によればドイツのオットー朝美術の影響が見られますが、
背景のだんだら縞に塗り分けたところがいかにもロマネスク。
太く明確な描線、鮮やかな色使い、ハイライトを多用した人体表現も
本当に見事です。
ああ、もっとちゃんと写真を撮ってくればよかった...
管理人の方とお話しながら写真を撮ったので、
今見ると本当にいい加減。
(修復が終わった頃にまた行こうかしら。
でも、いったいいつ終わるのかしら・・・3年?5年?
これは’14年だから、’22年の今はきっと終わっていますね。)


西側の内陣
こちらも、聖堂内の木のベンチ椅子で立ち入らないよう
バリケードのように塞がれていたのですが、修復用の足場は組まれていず、
管理人の方が、ベンチ椅子をどかし、中に入って見なさいとか
この椅子の上に乗って近付いて見なさいとか言ってくれました。

この4つの絵は、チグリス、ユーフラテスなど4つの大河を現しているのだそうです。
修復中で閉めている聖堂を独り占めで見せていただき、
しかも修復中で無ければ椅子に乗って見ることなど絶対にできなかったこと。
本当にありがたいことだと思いました。
管理人の方に丁寧にお礼を言って、山を下りました。
つづく。

13時半になるのを待っていたら、13時過ぎぐらいに1人の男性がやってきました。
どう見ても、トレッキングを楽しんでいる人ではないようです。
聖堂の階段を上り、降りてきて祈祷所のところを見て、
しばらく立ち止まってから、また聖堂の階段を上って行きました。

きっと、奥の管理人の家に行ったに違いないと思いました。
お食事をしているかもしれないし、食休みをしているかもしれないのに
ちょっと失礼なんじゃないの・・・と思いながら、私は13時半までとにかく待つことに。

少し経ったら、その男性と、もう一人鍵を持った男性が、聖堂の階段を下りてきて、
祈祷所のほうに歩いて行くのが見えました。
もちろん、それを見逃す手はありません。
そちらに駆けつけて、「祈祷所を開けるのでしたら、私にも見せてください」とお願いしました。
やはり想像通りだったのです!

ということで祈祷所に入りました。
とても小さな祈祷所であることが、天井を見れば分かっていただけると思います。
この祈祷所は修復されたもので、それ以前は屋根が落ちて無くなっていたのだそうです。
祭壇。
側面のフレスコ画。
管理人の男性がどこから来たのかとゲスト2人に問い、
男性はドイツからとのこと。
私は日本からだと言うと、以前日本の女性が取材だと言ってたずねてきたことがあるよ、
と言うので、私がこの本を書いた人でしょう?とリュックから本を出して見せると、
「ああ、その本僕も持っているよ、送ってくれたんだ。
僕の写真も載っているんだよ、パスタを振舞ったときの写真がね。」
というので、びっくり。

本をめくってみたら、そう、これが僕だよって言うのでした。
寒いときと5月の天気の良い日では着ているものが違っていて別人のようです。
写真を撮らせていただいたので、本をお持ちの方、比べてみてくださいね。
この後、ドイツの男性は帰り(先に聖堂を見せてきてもらっていたのです)
私は、聖堂の方に案内してもらいました。
そのときに、「本に載ったキッチンも見せてあげるよ。」と言って
連れて行ってくれました。
奥様がいて、日本から来たことを説明して。
でも奥様は写真には入らず、彼だけをキッチンでまたパチリ。
いよいよ、聖堂に向かいます。

祈祷所に続いて、サン・ピエトロ・アル・モンテ聖堂が見えてきました。
この階段を上って行きます。
聖堂に着いたのが、確か12時半頃。
駅から登山口までが意外に遠かったこと、
登山口までの道が、途中で分からなくなり、余計に歩いたこと、
膝のことを考えてゆっくりゆっくり登ったことなどがあって、
思っていたよりも時間がかかりました。

そして、やっと辿り着いたのに、これです。
まず目に入ったのが、板に書かれている開堂時間。
9時~12時、13時半~16時。
ああ、遅かった・・・1時間待たなくちゃ、と思うと同時に、
その上の紙に目が行きました。
「修復のため閉堂」
ガーン!ここまでこんなに苦労してやってきたのに修復で閉めているなんて・・・

でも、その下の「横の入り口はあちら→」 というのが気になり、行ってみました。
門扉が閉められ、その横にベルがありました。
この聖堂は、チヴァーテの人々が共同管理しているとかで、
管理人用の家があると本に書いてありました。
奥にあるのは、きっとその家なのでしょう。
なんとなく人のいる気配があります。

多分今は食事中でしょうから、
本来ならば聖堂を再開する13時半まで待って、このベルを鳴らし、
ここを見るためにはるばる日本からやってきたことを伝えてみることにしましょう。

チヴァーテに着くのが予定より1時間遅れ、
辿り着くまでも1時間近く余計に時間がかかっているので、
予定よりも2時間ほど遅れたわけで、
本来ならば、1時半ごろには下山して、昼食はチヴァーテで食べようと思っていたので
水は十分に持っていたのに食べるものが飛行機で出た小さな袋のスナックのみ。
考えが甘かったです。お腹が空いてきました。

体に脂肪をしっかりと蓄えているので、1食抜いてもどうということはないはず。
がまんがまん。
で、外側の写真を摂ってみました。
聖堂の階段からの眺め
広い草原には、昼食休憩してくつろいでいる人々多数。
ここは、聖堂を抜きにして、トレッキングを楽しみに来ている人たちが本当に多いのですね。
退屈なので、日陰を探して本でも読むことに。
(古寺巡礼の本を持参していたのです)
つづく。

チヴァーテの駅に着きました。
降りたのは私一人です。
駅舎はきれいな色に塗装されているけれど、扉はすべて閉まっていて、
中には全く入れません。
そして外の壁のどこにも、時刻表や切符を買える店の名前など貼ってないのです。
やれやれ。
切符はレッコからここまでの往復を買ってきたから大丈夫。
時刻表はなくてもなんとかなるでしょう、ということで歩き始めます。
目の前の細い道をちょっと歩いたところで、足が止まってしまいました。
どう進めばいいかわからないのです。
上の写真で言うと、私が立っている砂利道はここで終わりで
目の前は片側2車線の自動車道とそれに合流するための1車線の道。
その上に交差する別の自動車道。
まちはこれらすべての向こう側。

うそー、どうやって歩けというの?思わず日本語で声に出して言ってしまいました。
どうして駅がこんな場所にあるのでしょう?
乗客は皆どうしているの?

よく見ると、交差している上の道に上がる階段が見えました。
階段があるということは、車ではなく、人間が通れるということだよね?と自問自答。
意を決して行ってみることにしました。

これが階段。
そして階段から見た道路。
ね、どうしたって人間が歩く道ではないでしょう?
自動車道の奥、右に見えている黄色い建物が駅舎です。

階段を上がったら、交差している陸橋の部分にだけ、
1人がやっと歩ける幅の歩道がありました。
そこを下りると、もう歩道は無くて、車に気をつけながら5、60mほど歩いて
やっと横断歩道のあるところに出ました。
少し歩くと、標識の一番下に歩く人はこちら、の表示が。
その表示にしたがって歩いて行きました。
スポーツ施設があり、小学生や中学生がホッケーやフットサルをやっていました。
さて、ここからが問題。
そのまま歩いて行くと、2箇所ほど案内表示がありましたが
肝心な分かれ道のところに表示が無いのです。真っ直ぐか、曲がるのか。
ひとまず真っ直ぐ行ったら、ぜんぜんそれらしい雰囲気が無くて
ごみ出しに出てきたシニョーラにきいたら、知らないと言うので、
引き返して曲がる方の道へ。

工場(「こうじょう」というより、「こうば」という感じの所)の小さなガラス張りのオフィスに
人がいるのが見えました。
その人に聞いてみると、この坂を上ってずうっとまっすぐ行くといいよと教えてくれました。
よかった!

その後に通った道
途中でたくさんの人とすれ違い、挨拶を交わしました。
下りてきたシニョーレが、ここは初めてなの?と聞くので、
そうだと私が言うと、いやあ素晴らしい景色だよ、あと30分ぐらいかな、
と言ってくれました。
私が目指しているのは素敵な眺めではなく、ロマネスクの聖堂なのですけどね。

まだまだ上ります。
そして、とうとう見えてきました!
この門をくぐり、
聖堂より下にある祈祷所へと向かいます。
つづく。

「イタリア古寺巡礼 ミラノ→ヴェネツィア」の本で
チヴァーテのサン・ピエトロ・アル・モンテ聖堂を見て以来、
チャンスがあったら行こうと思っていました。
チャンスとは、ミラノ方面に行くことがあったらというだけではなく、
天気にも恵まれたら、ということです。

5月から6月にかけての旅行と言うのは初めてのことで、
気候的には最適な時なので、あとは私が行く2泊の間に天気がよければ
行ってみたいと思っていました。

そしてミラノで目覚めた朝は、見事に晴れたのです!
実はちょっと膝の調子が悪くて(4月下旬に筍掘りで痛めたのです)
歩くことはできても走ることはできない状態。
でもゆっくりゆっくり上り下りすればきっと大丈夫、と思って出かけました。

コモ湖は、逆Yの字というか人という漢字の形をしていて、
左下の部分がコモなのですが、右下の部分がレッコで、
そこから電車で西にちょっと行ったところがチヴァーテです。
ミラノ・ポルタ・ガリバルディ駅から直行でも行けますが、
私の宿はチェントラーレ駅近くだったし、レッコにも興味があったので
レッコ経由で往復しました。

朝ぼうっとしていて、チヴァーテまでの切符を買えばよかったのに、
うっかりレッコまでしか買わずに電車に乗り、
あ、レッコでチヴァーテまで買わなくちゃ、と思ったのに電車が遅れ、
切符を買っているうちに乗り継ぎの電車が行ってしまいました。

これは結果的によかったです。
レッコで往復のチケットが買えたし、列車が1時間に1本ペースであることが分かったし、
レッコの散歩もできましたから。

というわけで、レッコ散歩。
山が近くて美しいまちです。
ホームに降り立ったときに山が見えました。
駅舎です。
駅前の景色
足の向くままに歩いてみました。
駅に戻って列車に乗りました。
なかなかきれいな列車です。
発車してじきに、湖が見えました。
湖尻にあたるので川の始まりの部分でしょうか。
そして山が。
つづく。

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