ぐら姐のよくばりイタリア

イタリアにはまってかれこれ25年。イタリア人て面白い、から始まって、イタリアは美味しい、イタリアは美しい、イタリアの田舎が素敵、イタリア美術や建築も面白い…とずぶずぶ深みにはまっている私「ぐら姐」のイタリアなんでもありのブログです。

2022年08月

夕方のまち散歩に出ます。
この時期は21時ごろまで明るいので、19時近くても散歩は余裕です。
散歩の時間帯なので大勢の人で賑わっています。
パリオに合わせて家族連れでバルーンアートの露天を出していました。
このローマ時代の水道橋の向こうがパリオの会場ガリバルディ広場。
中に入れない人が何とか高いところから見えないものかと覘き見を試みています。
私達もいろんな場所からチャレンジしてみました。
会場の向こうには、山
散歩をもう少し続けましょう。
このまちの名物のお菓子コンフェッティ屋さんを何軒も見かけました。
アーモンドをチョコと砂糖でコーティングしたもので、色は白なのですが、
カラフルなセロファンで包んで花束などを作ってあるものが並べられていて、
お花屋さんのように見えます。
そろそろお腹が空いてきました。つづく。

素敵な宿です。
ダブル・ルームにエキストラを入れてもらいました。
ダブルでもよかったのだけど、この日の朝到着したペコさんがゆっくり眠れるといいだろうと思って。
屋上テラス(朝はここで食事)からの眺めが素晴らしいんです。
お宿のお母さんは、私達を待ちかねていました。
何故って、この日の祭りのメインはパリオで、これから開催されるのだそう。
それを彼女は観に行くので、その前に私達を迎えたかったからです。

それでも、適当にではなくちゃんと部屋の設備や3個ある鍵の説明をし
屋上テラスにも案内してくれ、
まちの地図を広げて見どころや食事処を教えてくれ、
翌日の観光についての話も軽くしてくれました。

さて、まち散歩に出ます。

スルモーナの時代行列の続きです。

楽隊(太鼓とラッパ)、旗振り隊、騎士、いかにも領主夫妻と言った感じのカップル、
武器を持っている人、そして鷹匠(本当に生きている鷹も一緒!)までいました。
この馬車が来る前には、Regina(女王)の馬車だと言っていました。
残念ながら、中は見えず。
結局最後まで見て、やっと宿にたどり着いたのは18時半になってしまいました。

スルモーナのことやアブルッツォの味わいある小さなまちの数々のことはすでに書いているのですが、
何しろこのブログは私の保存用に遡って書いているので、
このエリアを訪れるのはこの時(’13年夏)が初で、
読んでくださる方には違和感があるかもしれませんが、悪しからず。

旅2日目は、9時半にカンポバッソを後にして

ローマ、ティブルティーナにて日本からやってきたペコさんと合流。
そこらで昼食をすませ、15時発の長距離バスに乗って、
今度はアブルッツォ州の山の中のまちスルモーナへ。
こちらは所要2時間10分。

途中ラツィオとアブルッツォの州境辺りには山の上の小さなまちが
あちこちにあって、寄り道したくなりました。
車だったらそういうことが自由にできるのにねぇ。
山の景色も美しく、途中で結構激しい雨も降り、
それもあっと言う間に上がりました。
ここにはバスターミナルはないのだけど、バス停から宿までの道は分からず、
でもこちらから訊く前に運転手のオニイサンが、
君たちはどこまで行くの?と尋ねてくれて、
宿の住所を言ったら、なんと誰かに電話をかけて道を訊き、教えてくれました。
カンポバッソの人も、スルモーナの人も、他の場面でも穏やかで親切でした。

さて、それでも道がよく分からなくて、ひとまず主要な広場へ。
ところがその広場が目隠しネットで囲われていて、外側を通るしかなく、
工事中?なんて思いつつ歩いていました。

何かの冊子を配布しているおじいさんがいて、
その人に訊いたら道を丁寧に教えててくれたのでその方向へと進むと
人がやたら多くて、これは夕方の散歩時間だからかと思っていたら、
教会の階段のところがまるで観客席でもあるかのように
人がずらっと並んで座っています。

その向かい側には可動式の柵が置かれ、道路の真ん中は空いているのに
柵から道端には歩けないぐらいの人、人、人。
えええー、宿には18時ごろには着くって知らせてあるのに~
歩けない~、真ん中を突っ切っちゃおうか?と思っていたら、
なんとなんと、道の奥からパレードが始まったではありませんか!!

中世の衣装のパレードです。
さっき道を教えてくれたおじいさんからパンフレットもいただいたけど
お祭りがあるからだったのね、なんてペコさんと話しながら、
その場でパレードを観ることにしました。
(私たちは絶好の位置で、しかもスーツケースがよい柵になり、
他の人が前に出てこられないという状態でした)
写真がたくさんあるので、また明日続きを載せます。

宿のある、このまちのメインストリートに戻りました。
素敵な薬局がありました。
イタリアのFARMACIAって、どうしてどこも素敵なんでしょうね。
中に入ってみました。
さて4時少し前からずっと歩き続けているあいだに、
ぼちぼちイタリア人のお散歩タイムが始まっていました。
私もジェラートタイムにしました。
マンゴーとココナッツです。なんとこれで2€!
どんどん人が湧いてきて、通りはにぎやかに。
これはレモンの何を売る店なのかしら。グラニータ?
ジェラートを食べた後なので、確かめもせず、ドゥオーモを見に。
うーん、山の上の教会の方がずっと魅力的でしたね。

まだ6時半なのに、おなかが空いてきました。
何しろ昼が切り売りピッツァでしたから。
それに深夜の長距離フライトで朝ローマに着いて、バスでここまで来たので、
くたびれてもきました。
レストランの開く7時とか7時半まで散歩を続ける気持ちにもなれず、
部屋に戻ってシャワーを浴びて出かけたら、食べている途中で眠くなりそう。
そんなことを考えているうちにこんな立て看が。
もう我慢できずに、そこで生ビールを飲むことに決め、
食べ物はまたまた切り売りピッツァ。
そしてアランチーニもいただきました。
ここのアランチーニ、なかなかいけました。
これにて散歩も食事もおしまい。
宿に戻ってシャワーを浴び、眠りに就きました。

翌朝は9時のバスに乗るので、8時に朝食をいただき、
バスターミナルまで行くバスはどこから乗れるか訊いたら、
宿のお母さんが車で送ってくれました。
爽やかないい天気。!
1泊だけ、そして半日だけの散歩でしたが、それなりに楽しんで
ペコさんと落ち合うためにローマに向かいました。

さらに上にもう1つ教会が見えました。
サン・ジョルジョ教会といって、こちらは12~14世紀に建てられたそう。
このまちの守護聖人は、サン・ジョルジョで
そのお祭りが、4月に行われるようです。
このポスターの像が、教会内に飾られていました。
教会の前からの眺め
その横にさらに上に続く松並木
松の手前右の緑の立て板には「これらの松は神聖なものです」と書かれていました。
そして松1本1本にこのようなものが付けられていました。
戦没者の慰霊なのですね。
1917年と言うと第一次世界大戦で亡くなったのでしょうか。

登りつめたところにまた教会がありました、こちらは他の2つほど古いものではありません。
その向かい側に、カステッロがありました。
白いドレスを着た女の子とパパ。
今日は彼女の何か記念の日で、教会に来たのでしょうか。
カステッロの内部は催し物が行われるのでしょうか。
小さなステージと、積み重ねられた椅子があります。
またぶらぶらと足の向くままに下りて行きます。
つづく。

天国横丁とでも訳したらいいでしょうか、Vico Paradisoなんて小路が。
あ、晩ご飯はこの店でもいいかも。
それともここ?
などと考えながらまだまだ気ままに散歩。
この門のところに小さな案内図があって、どうやら上のほうに古い教会がありそうです。
ということでどんどんと上って行きました。
だんだん眺めがよくなってきました。
塔や教会が見えてきました。
13世紀に建てられたというサン・バルトロメオ教会です。

中に入ってみました。
本当に小さくて狭いのですが、清澄な雰囲気があります。
外に出てまた少し階段をのぼると、さらに上にもう1つ教会が見えました。
それはまた次回。

宿のすぐ目の前にムニチピオ(市庁舎)と大きな広場があり、広々した、ちょっとエレガントな通りです。
こちらがムニチピオ
たった1泊、ほんの半日しか時間を取れない行き先にカンポバッソを選んだのは、
未踏のモリーゼ州だということと、画像検索したらまち歩きを楽しめそうだと感じただけで
それ以上は何も調べていなかったので、
足の向くまま気の向くままに歩いてみました。
駅は近くにありました。
翌日は、鉄道でローマに戻るほうが楽なんだけど・・・と、
事前に調べてはいたのですが、念のため時刻表を見てみました。
テルミニ行きが4便もあるように見えるけど、祝祭日のみとか、11月4日のみとか、
平日のみとか、まあいろいろあって、実は8:36発の1便のみなんです。
その後は、ローマへ行くのは夕方までありません。
友人との待ち合わせがティブルティーナなので、やっぱりバスだなあと決めました。
この床屋さんの看板の絵が何だか楽しいと思って写真を撮っていたら、
こちらはシャッターが閉まっているのに隣のドアが開いていて営業中。
写真を撮っている私を見つけて、中からボンジョールノ!と声をかけてくれました。
何故か鼻が利くというか、ビッレリアやアイリッシュパブなど、
美味しいビールが飲める店が並ぶ通りを見つけました。
晩ご飯はここらの店でもいいかな、なんて思ったりして。

素敵なものを売っている店で思わず立ち止まり。
さて、散歩の続きは、また明日。

’13年の夏の旅の最初の行き先は、カンポバッソでした。
え?どこにあるの?と思う方も多いでしょう。
イタリア中部のアドリア海側の小さな州、モリーゼ州の州都で、
山の中のまちです。

なぜそんなところに行ったか?
翌日ローマに着くペコさんを待ってローマで過ごしてもよかったのだけど
朝着いて、慣れたまちで1日過ごすとぐうたらして時差ぼけになりそうだし
手軽に行ける、初めてのまちに行ってみたかったのです。
しかも、モリーゼ州も初めてだし。

朝、9時過ぎにローマに着き、荷物の出るのを待ってティブルティーナへ。
ティブルティーナの駅で降りたのは久しぶりで、
駅がとてもきれいになっていて、びっくり。
それなのにトイレに行こうと思ったら、なんとFUORI SERVIZIO(サービス外)
清掃中と言う感じではなくて。
(翌日またここに戻ったのだけど、やっぱり使えないようになってました)

もう一つ矢印があったので、そっちに行ってみたけど結局無し。
駅に、しかも地方への列車も発着する駅に
使えるトイレが1つも無いってどういうこと???
イタリアだもの仕方ないか・・・

バスターミナルの方へ行って、バールでカッフェを飲んでトイレを済ませ、
11時半発のバスに乗りました。所要3時間。 バス代は14€でした。
カンポバッソには鉄道で行くつもりで、
駅から近いところのB&Bを予約していたのでしたが、
バスで行くことに変更し、うっかりバスの到着場所を調べ忘れ、
到着したらとっても大きなバースターミナルだったので、びっくり。
(この写真は翌朝撮ったものです)
どうやら鉄道の駅やチェントロ(街の中心部)とは離れているらしく、
あらら、どうやって行けばいいかしら。

タバッキのおじさんに訊くと、今見えているバスに乗って行きなさいと
切符を売ってくれたので、そのバスに飛び乗りました。

でも乗ってから、どこで降りればいいの?と思い、
バスが次の停留所で止まったときに運転手に訊いたら、
どれどれどこまで行くんだって感じで、B&Bの名前と住所を言ったら、
そこで降ろされ、道順も教えてくれたので無地辿り着けました。

このまちの宿を探したときに、
予約サイトにあるホテルは駅からちょっと離れたところにしかなくて、
googleマップで検索して見つけた宿にメールを送り予約を直接入れました。
ダブルのシングルユースで1室50€。

メールのやりとりでとても感じの良い返信をくれた宿です。
普通の家が、部屋が余っているからB&Bをやっているような感じでした。
入り口も地味で分かりにくいのですが
チェントロ中のチェントロにあり、部屋もまずまずでした。
ホテルに荷物を置いた時にすでに15時。
おなかが空いていたけどその時間では、まともに食べる店はないでしょう。
一番近くのバールで、切り売りのピッツァとビールをいただきました。
さて、続きは明日から。
カンポバッソの散歩にお付き合いくださいね。

サン・ミニアート・アル・モンテ教会を出て、ミケランジェロ広場に向かいます。
木々が芽吹いて、見るだけで気持ちが浮き立ちます。
ミケランジェロ広場からの眺め。
日曜だからなのか、市民がたくさん来ているようでした。
市も立っていて、写真は撮りませんでしたが、オリーブオイルの試食などをしました。
またバスに乗って、チェントロへ。

翌朝早いので、晩ご飯は部屋で食べることにしました。
(お昼に美味しいものをたっぷり食べて満足しきっていました)

夕方散歩のついでに、ペルケ・ノでジェラートを。
この翌朝は、4時前に起きて、
4時半に予約していたタクシーに乗ったのに
6時半発のフライトは、とんでもなく遅れて・・・

短い旅行でしたが、
見たいと思っていた山奥のロマネスク聖堂2つを見られ、
美味しいものをたくさんいただき、
幸せな春の旅でした。

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