ぐら姐のよくばりイタリア

イタリアにはまってかれこれ25年。イタリア人て面白い、から始まって、イタリアは美味しい、イタリアは美しい、イタリアの田舎が素敵、イタリア美術や建築も面白い…とずぶずぶ深みにはまっている私「ぐら姐」のイタリアなんでもありのブログです。

2023年02月

これも、日本ではまずありえないことです。
’08年夏、オローパへ行くための乗換のビエッラでの駅でのことです。
駅に着いたのが、15:30。
昼はアレッサンドリアの駅バールでパニーノを1個食べていたのですが、
小腹が空いてバールへ行くと、あまり食べたいものがない。
それで、駅でよくみかけるようになったセルフサービス・バール(自販機)でサンドイッチを買うことにしたのです。

お金を入れ、好きな商品の番号を押せば、その商品は下に落ちて取り出し口から手元へ。
のはずなのに、私のサンドイッチは下には落ちたものの、取り出し口のところまで出てこない...

取り出し口のところが2段構えになっていて、その最初のところが開かず、下まで落ちない...ようなのです。
手をこじ入れて、そこをなんとかいじって...と思っても全然動かず。
写真の下の方の白い物体が私のサンドイッチです。
まずは、バールに行って話すと、それはうちとは関係ない...
新聞雑誌などの売店に行って聞いても、うちとは無関係...
駅員に聞いても、知らぬ存ぜぬ...
自販機に貼ってあるシールの連絡先は、トリノ…

もう一度、手を入れてチャレンジ。
通りがかりの人に、取り出せないんだけど...と協力を求めてみると
数回試み、他の人をも巻き込んで試してくれたものの、取り出せず。

ある人が、こういいました。
「もう1回お金を入れて、もう1つ買ってみれば?2つ手に入るよ。」
私「2つ分の損はしたくないわ。」
その方「じゃあ、一番安いものを買えばいいじゃない。」
・・・・・・・

もちろん何も買いませんでした。
みすみすお金を捨てることになるような気がしたからです。
そして、バスの発車時間ぎりぎりまで、誰か買う人がいないかずっと見ていました。
一緒に取り出せるかもしれないと。


結局自販機を利用する人はゼロ・・・ 諦めました。
ま、こんなものでしょう。イタリアだもの。

これには後日談があります。
オローパに2泊し、またビエッラを通った時に見ていたら、
まだ私のあのサンドイッチがひっかかったまま!!!
どのぐらいの頻度で商品の追加や入れ替えをするのでしょう!?

そして見ていたら、若い女性がお菓子を買おうとお金を入れ、ボタンを押しました。
・・・・・・ 彼女も、やはり取り出せなかったのでありました。

こんな機械を作る意味があるのだろうか…と思えるイタリア。
こんな機械にお金をかけて設置しても、
これじゃあ信用する人がいなくて絶対に商売にならないですよね...


外国人が日本に来ると自販機の多さに驚くと言いますが、
それだけあっても、自販機の不具合って聞いたことがありません。

イタリアにいると、人間しか信じられない気がしてくる...

オローパをご存じない方のために書くと、
オローパは、「ピエモンテとロンバルディアのサクリ・モンティ」というくくりで
世界遺産に登録されているうちの1つのサクロ・モンテ(聖山)があるところです。


山の中に複数の建物を作り、聖書の物語を絵や彫刻で順に再現し、
これを巡って行くことにより信心を深めるという目的があるのだそうです。
ここのサクロ・モンテには、12の礼拝堂があり、マリアの生涯が描かれています。

小ぶりのラ・キエーザ・ヴェッキア(古い教会)と
大きなラ・キエーザ・ヌオーヴァ(新しい教会)があり、

それらを含めてサントゥアリオ・ディ・オローパ(聖地・オローパ)と言うのだそう。

山の中にあるので、夏は涼しくていいかも、ということと
お天気がよければ、山の景色も美しいかも、という2つの理由で出かけることに決めたのでした。
写真には撮れませんでしたが、星空がそれはそれはきれいでした。
撮れるのはせいぜいこのぐらいまで。

’06年3月末にルッカ郊外に滞在したときのことです。

ルッカの北にバーニ・ディ・ルッカと言う、温泉地があり、
そこからさらに北東に行ったところにモンテフェガテージと言う古い小さな城塞都市があって、
是非訪れてみたいと思っていました。


滞在中のアグリトゥーリズモから日帰りで出かける予定で、
まずはバー二・ディ・ルッカまで早い時間の列車に乗って行くことにし、
タクシーを予約してもらっていました。

その時間に合わせて起きたところで、
ドアをドンドンと叩かれ、どうしたのかと思ったら、お宿のお父さんが
「今日から夏時間だった!
1時間間違えていたよ。もうタクシーが来ているから急いで出かけてくれ。」
というではないですか。

夏時間のことは知っていましたが、いつもは年末年始か7~8月に旅しているので
いつ切り替わるのかなんて全然気にしていませんでした。

大急ぎで支度して、宿を出ました。
お父さん、列車の中で食べなさいと小さなパニーニを持たせてくれて。

駅に着いたのが、列車の出発時刻。
日帰りですから大きな荷物はありません。
とにかくタクシーに支払いを済ませて走ると、列車が動き出しています。
待って~~~~~ と叫びながらなおも走ると、
なんと、列車が止まってくれたのです!!!

駅員さんが、にこやかに急いで乗りなさいと言ってくれたので、
切符を持っていないのだけど…と言うと、列車の中で買いなさいと言ってくれて。
無事列車に乗り込むと、車掌さんが来て切符を売ってくれました。
今日から夏時間だからねえ、ときどき間違える人がいるんだよ、と言いながら。

ところで、モンテフェガテージにはたどり着けませんでした。
その日は日曜日で(夏時間⇔冬時間の切り替えは土日で行うと知りました)、
バスが運行していないことは知っていたので
バー二・ディ・ルッカからタクシーに乗るつもりだったのですが、

バールの方にタクシーを呼ぶ電話をしてもらったら、
まちには1台しかタクシーが無くて、遠出しているのでその日は無理とのことでした。

せっかくなので、バー二・ディ・ルッカからルッカ方面に向かって2駅分ほど散歩しました。
その時の写真です。
この辺を歩いているときは、思わず「は~るの小川はさらさら行くよ~」と口ずさんでいました。
この駅には、2度と行くことがないだろうと思います。
いまだにモンテフェガテージには行くことができていません。
機会があれば訪れてみたいところです。

それにしても、動き出した列車を止めたのは後にも先にもこの時だけです。

これも、’05年と古い話です。

この年は4人でマルタ共和国に3泊した後に、船でカターニアに渡り、
レンタカーでカルタジローネ、ピアッツァ・アルメリーナを見てアグリジェントまで移動して泊まり、
アグリジェントはそれ以前に観光していたので、
翌日は朝からパラッツォ・アドリアーノを見て(私とよねちゃんは2度目、他の二人は初)
昼食もまちの人に紹介してもらった店でゆっくりといただき、
トラーパニの郊外にある料理自慢の宿に3泊しました。
その、トラーパニ向かう時のことです。

パレルモへ出て高速に乗るのがいちばん早く着きそうなのですが、
都会は車が多く混み合う上に、運転も過激で、道も分かり難そうなので
アグリジェントまでもどり、一般自動車道を海沿いに行くことにしました。

ところが、まちからまちへ走っているときはすいすいと進むのですが、
まちに入るあたりから渋滞して、抜けるまでに時間がかかります。
夕方だったからかもしれません。
まちへ入ると案内表示が分かりにくく、道に迷いもして。
これを数回繰り返しているうちに、すっかり夜になってしまいました。

ようやく、トラーパニの1つ手前のまちマルサーラに入ったところで、
案内表示にしたがって右に曲がったら、その先で道が2つに分かれ、
両方に向けて矢印があり、両方にトラーパニと書いてあるのです。

適当に選んで進みましたが、その後道路の表示は一向に出て来ず、
もう22時を回って、人影も無い道で、通りがかりの車を止め、道を訊きました。
その道をずうっと行けばトラーパニだよ、と教えてもらいました。

進んで行くと、トラーパニに入る前に宿の方へ向かう通りが出てくるはずなのに、
それを見つけられないまま、トラーパニの市街に入ってしまっていました。
(私たちが通った道は、持参の地図を見て予定していた道の裏道だったようで、
まちの終わりや始まりの表示もなかったのです)

地図を見たり、通りがかりの人(この町にはまだいました)に聞いたりして
やっと自分たちの位置を把握し、引き返そうとしたその道は、
8月第1金曜日の夜、バカンスに向かう車がフェリーに乗る順番待ちで大渋滞。

相当な辛抱をし、やっと渋滞を抜け、宿へ向かう通りを見つけて
この辺だ... と思われる場所まで行きついたのに、
探しても探しても宿が見つかりません... 
宿は、アグリトゥーリズモ。
市街地ではありません。
郊外で23時半とあっては、人通りはおろか、車すら通りません。

最悪、車の中で一晩寝ることになるか???
いやいや、それはやはり避けたい。
幸い道沿いに家はあり、郊外なので皆一軒家でしたので、最終手段を決意しました。

灯りがともっている人家のインターホンを押しました。
犬が門の中でワンワン吠える中、
2階のベランダから家の人が何事かと顔を出してきました。
事情を話すと、もっと奥だよと教えてくれたので、お礼を言って先に進みましたが、
それでもまだ見つかりません。
再び、人家をピンポン。
犬が吠えるので、ご近所の人まで顔を出し、
みんなでワイワイと寄ってたかって、もっと先だよと教えてくれました。

やっと見つけてチェックインし、部屋に荷物を置いたら、0時を回っていました。
やれやれ。

この時は本当に大変でした。
今なら、スマフォの地図サイトを見ながら行くこともできるのでしょうが、
それでもgoogleマップは、変な道を教えることが多々あるので、
辿り着くのは大変かもしれません。
少なくとも、夜中に見知らぬ家をピンポンしなくても済むかもしれませんけど。

けっこう大きな宿で、テニスコートやフットサルコートもありました。
(それらの写真は撮っていません)
何しろ塩田を見に行ったり、エリチェに行ったり、ファヴィニャーナへ日帰りしたり
結構忙しかったので、せっかく広くて施設の充実した宿なのにもったいないことをしました。

'11年の夏のこと。ナポリに2泊。
この時は、食べることを目的に行ったのであれこれとかなり満足するほど食べ、
最後に昼食をゆっくりたっぷり摂ってローマに向かおうとした時のことです。

食べることにはそれなりにお金を使うけれども、交通費はけちりたいというか
できれば公共交通を使いたい、ましてやナポリでは。
そんな私ですから、スーツケースを持ってバスに乗って中央駅に向かいました。

そこそこ混み合うバスに乗り込み、切符に打刻、
どこか席があるかな、と見まわすと、シニョーラが、私に向かって
「シニョーラ、ここが空いているわよ。」と声をかけてくれたので、座りました。
駅に着いてローマまでの切符を買うために財布を出そうとしたら、あら?
あらあらあら...いつも入れているところも、ほかのところにもありません。

やられた...

ナポリに慣れてきて、油断していました、私は大丈夫って。
旅行の時は財布は2つ持っていて、
メインの財布には当日の行動分以外のユーロ札(つまり私にとってはそこそこ大きな金額)を入れ、
旅行中の行動用財布には100€以下の現金とクレジットカードを入れています。
このときは前回の旅行の残りを全部入れていました。
まあ、いくらか使ったので、多分120€程度だと思います。
他に、クレジットカードを1枚入れていました。

それにしても、スリはいつすったのでしょう。
バスに乗り込み、切符に打刻して、座るまでせいぜい3~40秒だったと思うのです。
座った後は、ショルダーバッグを膝の上に乗せ、手を置いていました。
財布を入れていた場所もいけませんでした。
ショルダーバッグの前のベルクロ留めのポケットです。
しかもベルクロが古くなってきて開けてもベリベリッと音がしなくなっていて。
食事をして満足してうきうき、ぼうっとしている私の隙をすりは見逃さず、
切符の打刻の数秒間ですったものと思われます。

授業料は少々高くつきましたが、
不幸中の幸いで、サブのカードや日本円を分けていたのはよかったです。
でも、財布をバッグの外ポケットに入れてしまったのは失敗でした。

このとき、メインの財布にはお金を入れていませんでしたが、
腰に巻く貴重品入れに、数万の日本円と予備カード、
万が一の時の連絡先電話番号を書いた紙を入れていましたので、

まずクレジットカード会社に電話して、カードを止めてもらい、
それから貴重品入れからサブのクレジットカードを出してキャッシングをしました。
メインの財布は行動用財布に降格し、旅の終わりまで使用。
後は、ちょっと大きな金額のユーロ(と言ったってせいぜい200€程度ですが)と日本円とクレジットカードを貴重品入れに入れて腰に巻いて旅行を続けました。

本当にマヌケでした。

教訓:
〇油断しない
〇行動用財布には50€程度しか入れない。
〇行動用財布でも取り出しやすいポケットに入れない。

以来財布には、紐を付けてバッグと繋いでおくことにしています。
国内でも、交通系カードのケースにはスルスルッと伸びる紐付けてバッグに繋いていますし、
スマホのケースにも紐を付けて、パンツのベルト通しのところと繋いでいます。


その昼に食べた美味しいものの数々。
その店の壁のプルチネッラ
ああ、すりに120€を盗られるなら、この店でもっと高い料理を食べて、
うんといいボトルのヴィーノを飲めるんだったのに…。


皆様もすりにはお気をつけて。

それは’06年夏のシチリアでのこと。
この頃は、どんどんとユーロ高が進んでいて、クレジットカードのレートで
1€が160円近くしていたと思います(今よりも高い!)。
ラグーザで泊まりたかった宿が高くて、
本当はラグーザに2泊してモディカに日帰りしたかったところを、1泊にし
ちょっと遠くなるのにノートから日帰りにしたのでした。
ノートの宿は高くなかったので。

その、ラグーザからノートへ行くバスが来なかったのです。
悪名高きASTです。
ホテルはイブラの方にあり、
バスターミナル(と呼べるほどのものではない)は離れたところにあるのでタクシーで行きました。


このターミナルには、1人だけ入れるボックス型のチケット売り場が1つだけあって、
それは複数のバス会社のチケットを扱っているのに、
ASTのチケットは売っていませんでした。
近くにあるバールで売っているというので、そこまで買いに行き、
バスを待ちました。
確か2時間に1本ぐらい運行していたと思います。
定刻になっても来ません。
イタリアだものね…と思いながら待ちました。
15分待っても来ません…シチリアだものね…待ちました。
20分経った辺りで切符売り場の人に訊きに行きました。
「ここはASTの切符を扱っていないから、運行についても何も分からないわ。」

このバスターミナル、今はどうか知りませんが、
当時は椅子もなければ屋根もなく。
炎天下で待たないといけません。
他にも同じバスを待つ地元の人がいましたが、1時間近く経っても来ないので、
諦めたのかどこかに行ってしまいました。
それを見て、私とイプさんも諦めて、近くのバールへ。

バスの時刻表を見ると、次のバスまでは1時間ほど。
そのバールで時間をつぶしてまたターミナルへ行くと、
5分足らずの遅れでバスがやってきました。
結局、何だか分からないけれど
最初に乗ろうとしたバスは運休になったか何かだったのでしょう。


シチリアには、SAIS、Inter BUSもありますが、
ASTは、州内の小さなコムーネにもネットワークを持っているバス会社です。
大好きなパラッツォ・アドリアーノに行くのも、カステルブオーノに行くのも、
ASTしか路線を持っていません。
そしてそうしたまちに行くときに何度も痛い目に合っているのです。
私だけではないことでしょう。
以前Nさんもやられたと言っていました。

’06年夏のことですが、
シチリアのASTの運行に関しては、
17年経った今でもおそらく変わっていないのではないかと思います。

さて今なら、こんなだったんだよーと伝えられるように
バスターミナルなどの写真を撮ると思いますが、
当時はそんな心の余裕がなかったのかターミナルもバールも写真を撮っていません。
(その割に、あの時の様子は鮮やかに思い出せます)

それなので、これまでに載せて来なかったラグーザの写真を少し載せますね。
ちょっと奮発して泊まったホテル
ちょうど満月の夜でした。
余談ですが、この年はイタリア滞在を少し短くし、
モンゴルで友人の結婚式に参列するため
(と言うより、結婚式に招待されるほど親しい間柄でもないのに行ってみたくて、
呼んで!とお願いしたのでした)

中国航空で成田⇔北京⇔ローマと、
別な国内の航空会社の北京⇔フフホトのチケットを取っていました。


北京の空港で信じられないことが起こりました。
乗り継ぎに山ほど時間があったので、食事をし、
それでも相当な余裕をもってチェックインカウンターに行ったところ、
飛行機はもう飛び立ったというのです…
え? ええーっ!!!
定刻になっていないのに飛び立つ?
1時間半も前に??
予約客が全員乗ったわけでもないのに???
国内便のカウンターの担当の人には英語がほとんど通じなくて、
別のカウンターに連れていかれ、そこで話をすると、
その航空会社の同じ便は1週間後だと言うではないですか…
ハハハ…結婚式は明日です。そんな馬鹿な。
同じ便に乗るために日本から来ていたビジネスマン風の男性も一緒に怒りの抗議。
結果的には別の航空会社のその日の便に振り替えてもらったのでしたが。

困ったり呆れたりするのは、何もイタリアでのことばかりではないのでした。

この時は本当に困りました。
昨日書いたフライト変更でばたばたした旅行のリオマッジョーレの宿でのことです。

丁度予約サイトがどんどんでき始め、
大手も今ほど世界中にネットワークを広げていなかったような時代だったと思います。


冬のチンクエ・テッレは休んでいる宿も多く、私達に合った宿を探して探して、
ここがいいかしらと思った宿を見つけて宿にメールを入れました。
お返事が来ないので、別の、あまりメジャーとは思えない予約サイトにその宿を見つけ、
予約を入れました。

そこは全額前払いということだったので、
クレジットカードで2泊分、180€の支払いを済ませていました。


チェックアウトの時に140€だよ、と言われたので、
え、全額支払い済みよ、ほら、
と予約確認書とクレジットカード会社から届いている支払い明細書を見せました。
(念のため持参していました)


でも、宿の人はそんなの知らないと言うのです。
そして宿で保管している、この宿のサイトに入ったと言う私の予約申し込みを見せられたのです。
(返信よこさなかったくせに、それだけはちゃんと保存していた)
え?私は、あなたのところから返信をもらっていないわよ。
だからこちらのサイトから予約を入れたのに、と話しても、
そんなサイトは知らないし、そちらからの予約は入っていないと。


うへぇ...。すったもんだの論争。こちらも引くわけには行きませんから...
仕舞いには、払わないなら警察を呼ぶとまで言われてしまって仕方なく払いました。
何かの手違いがあったことは間違いないようです。
カードだったら、二重支払いになったことを証明できれば、
支払い拒否をカード会社に申請できる可能性があると思ったのでそこで引いたのです。


支払いを済ませたら、宿の人も冷静になって、
うちは余計に貰うつもりはないから、もしそのサイトからの入金があったら返金するよ
と言ってくれました。


帰国後、予約を入れたサイトにメールを書き、ことの顛末を説明し、
手数料分の40€はいいから、私達が支払ってきた140€を返金しないといけないと伝えました。
あまり期待していませんでしたが、すぐに返信が来ました。
おかしいなぁ、確かにうちでは予約をちゃんと入れているよ、
まあそれはともかく、そういうことなら140€は返金するので、
送金先を教えなさいということでした。

銀行口座の番号を教えても、円の口座だし、
銀行の送金で€→¥にするのに面倒、そして損になる可能性が高いので
クレジットカードのマイナス決済で払ってくれればよいと返信しましたが
そんなことはうちはできないから、口座番号を教えろと。

2~3回やり取りしてもこちらの意図は理解してもらえなかったので、
クレジットカード会社に事情を説明して手続きしてもらうことにしました。
クレジットカード会社は、さすがでした。
きちんとこちらの状況を理解し、
メールでのやり取りや宿に支払った領収証のコピーなどを証明書類として、
てきぱきと返金手続きをしてくれました。


140€ですから、どうしても戻ってこないときは諦めがつく金額ではありますが、
ちゃんとした食事に行ける金額ですもの、やはり戻ってきてすっきりしました。
予約は、メジャーなサイトからか、宿に直接というのがいいと思ったのでした。

当時は、予約確認書と宿の地図をプリントアウトして持参していましたが、
今は、予約確認書はスマフォで出せますし、
地図もオフラインでも見られるものがあるので、それもスマフォを見ながら歩けます。

あれからもう、というのかわずかというのか、14年ほど経って、隔世の感がありますね。

リオマッジョーレの断崖の道から海を見下ろすとこんな風に、真下に海と言う感じ。
冬でも晴れると気分はうきうきでした。
途中から、駅が見下ろせました。
チンクエテッレの駅は、ほとんどが一部トンネルの中にあります。
すごい坂道なので、有料ですがエレベーターがありました。
愛の小径(Via dell' amore)に入るゲート。
'98年に一人で行った時にはゲートはありませんでした。
料金を徴収するようになってから、つくったのでしょうね。

歩き始めたら、いいお天気になりました。
風は冷たいけれど、海が青くていい気持ちです。
ここには、今でも錠前を付けるカップルがたくさんいるのでしょうね。

どれだけ困った経験があるんだ!と言われても、
1度の旅行で1度はもれなく困ることがあるのが常で、
下手すると1度で3回4回困ってしまうこともあり…

冬のリグーリアに行った時にもやはり2度ありました。

1つ目は、行きのフライトのことです。
同行の友人がいても、航空券はいつもそれぞれが手配しています。
(それぞれの都合で行きが一緒だったり、帰りが一緒だったり、
途中合流途中散会だったり、いつも私が一番長い)
同行のイプさんと連絡をとりつつも、私は一人先に航空券を購入していました。
それまでは10年来お世話になっている小さな代理店の方にお願いしていたのですが、
そろそろ直にネット購入もいいかと、
アリタリアの英語サイトの方が、日本語サイトより安かったのでそちらで予約しました。

イプさんは、帰りの便のことで問い合わせたいこともあって(私より早く帰国)
その代理店に依頼していました。
そうしたら、その代理店から彼女にフライト変更の連絡があったのです。

成田〜ローマ〜ジェノヴァと飛ぶ予定なのに、
ローマ〜ジェノヴァがキャンセルになったので、
代替フライトの提案がアリタリアから来ていると。
私の方ヘは、何も連絡がありません。

代替フライトはAFで、パリ経由のジェノヴァ行き。
エアフラだって、今後キャンセルしないとも限らないので、
できればローマまでは行って翌日午前のフライトに替えられないかと
イプさんがが代理店を通して問い合わせたら、OKの返事。
おまけに、その晩のローマの宿泊ホテルをアリタリア持ちにしてくれました。

一方、私はといえば・・・
アリタリアの英語サイトを見ると、
Contact usのところに各国の支社・支店が出ていたので、
いちばん近い東京へ連絡しようかと思ったら、
日本語のサイトには、
英語のサイトで予約したものについての質問や変更等は、
直接そのサイトに連絡して解決するように、と書いてありました。

アリタリアUSAにメールを送って、問い合わせをすればよいのでしょうが、
気になるのが、私とイプさんの初日の宿のことです。
アリタリアUSAが仮に同じフライトに振り替えてくれても、
私の個人交渉で宿まで持たせるのはかなり難しいかも...
その場合、私は自費でシングルに泊まらないといけない... 高くつくではないですか‼︎
おまけに、アリタリア持ちのホテルは、当日までどこになるか確定しないので、
私が同じ宿に予約を入れることもできないし。

というわけで図々しいのは承知の上で、ひとまず代理店の方にお願いしてみました。
もし可能であれば、代理店の方で、
私の分も一括してフライト変更と宿泊費アリタリアもちの宿の手配をお願いできないかと。


そうしたら... なんて親切なのでしょう。
すぐにアリタリアに連絡を取ってくれて、友人と同じフライトに振り替え、
宿もアリタリアに持ってもらえるよう交渉し、
アリタリアから私へ直接連絡をするようにしてくれたのでした。

結果、アリタリアからめでたく連絡が来て、すべてOKになりました。
予約していたジェノヴァのホテルはキャンセル。
逆に1泊得しちゃいました。
ジェノヴァに遅く着くより、ローマで早めにホテルに入って休む方が楽そうだし。

ローマの空港で告げられたホテルは、空港から送迎バスで10分弱のところ。
ブッフェの夕食も付いていて、しかもヴィーノまで飲み放題でした。
どうということもないホテルで、写真は撮っていませんが、なぜかその時の食事だけ撮っていました。
どうと言うこともない食事でしたが、野菜をたっぷりいただくことができました。

そんなこんなで翌朝のフライトでジェノヴァまで飛び、
その後は何の変更もなく旅行できました。

リオマッジョーレの写真を少し載せます。
お昼ご飯をいただいたお店。
デッラ・カーサの白は、発泡でした。
出発前のトラブルだったこと、前までお願いしていた代理店の方が親切だったことで
結果オーライとなったのでした。

ああ、今はそのアリタリアはなくなり、国営のイタリア航空になりましたね。
中身はあまり変わっていないようなので、久々に直行便で出かけようかと思ったのですが、
いかんせん燃油サーチャージが高くて高くて…
やはり10月まで辛抱することにします。

今日のイタ困は、困ったというよりイタリアでドジったという話です。

恥ずかしながら、イタリアで何度か忘れ物・失くし物をしたことがあります。
ホテルのクローゼットにちょっとおしゃれ用に持参した白いパンツを忘れたり、
淡水パールのチェーンを付けた老眼鏡を失くしたり。
(老眼鏡は、部屋の掃除の人が盗ったのだろうと思っています)
でも、置き忘れたり、目につく場所に置いたりした私が悪いと諦めがつくレベル。
だけどパスポートは無いからと諦めれば済むレベルではありません。

幸いだったのは、同じトリノ内でのホテルの引っ越しだったことです。
友人と一緒に5ツ星のホテルに泊まり、
その後ポルタ・スーザ駅近くのアッパルタメントに引っ越すときのことです。


チェックイン時は当然パスポートの提示が必要なわけで、その時に
パスポートと貴重品袋を前のホテルの部屋の金庫に入れっ放しで出てきたっ!と気づき。
チェックアウトした後、荷物を預けて何時間か行動したので時間が経っています。
5ツ星ホテルならちゃんと取り置きしてくれているだろうと、ホテルまで行きました。

レセプションの女性に事情を話したら、ルームキーパーの方に連絡してくれました。
ところが、部屋には何も無かったというのです。
レセプションの女性が言うには、客がチェックアウトすると、
掃除のときに金庫がもし閉まっていたら、開けて中をチェックし、
次の客が利用できる状態にしているから、確実に何も無かったと。

え... まさか...
パスポートですから、無いと言われても
ああそうですかと簡単に引き下がるわけにはいきません。

「そんなはずはない。
私は、昨日金庫に入れて、今朝は一度も触っていないのですよ!!!
私にその金庫が閉まっていないか見せてください!」
と粘っていたら、
支配人と思しき品のよい男性が、代わりに出てきました。

そして、
「只今客室にはお客様が既に入っています。
そのお客様にご連絡したら、自分は金庫は使っていないのに、閉まった状態だとのことです。
そのお客様は今シャワーを浴びているので(このお宿、バスルームにも電話があります)
15分ほどお待ちください。
私と一緒に部屋へ行き、貴女様がご自身で金庫を開けてみてください。」
と言ってくれたのです。

しばらくロビーで待ち、支配人と一緒に客室へ。
そのエレベーターの中で私が、煩わせて申し訳ないと言うと、
彼は、
「大丈夫ですよ。
ルームキーパーは、ちゃんと金庫をチェックすることになっているのに、
それを怠っていた当方のミスでもあります。
今滞在のお客様には、ルームサービスより、
お好きなドリンクを1杯プレゼントするということで、
客室に入らせていただくことにいたしました。」
と言ってくれました。

部屋に入り、金庫に私が設定した暗証番号6桁を入力したら、
当たり前ですが金庫は開き、私のパスポートなどがちゃんと入っていたのでした。

ひやひや、はらはら、どきどきでしたが、
パスポートも貴重品も無事に戻って本当によかった。

'12年3月のことで、大好きなデル・ピエロがそのシーズンで引退することが決まったので
彼のユヴェントゥスでの試合をどうしても観たくて行ったのです。

ユーヴェが試合前日によく泊まるというホテルを予約したら、
残念ながら対戦相手のインテルが泊まっていたのでした。
ホテルの外にはインテルファンがたくさん集まってきていて、
私たちも知っている選手がいないかわくわくそわそわして浮足立っていました。

このホテルの前に泊まっていたインテルのバス
この人混みをかき分けて、滞在客として中に入るのはちょっと気分が良かったです。
インテルのサネッティ(アルゼンチン代表)がいて、一緒に写真を撮らせてもらいました。
同行の、友人の娘さん。
彼女が撮ってくれた私の写真はぶれぶれで、どうしようもない写真でした…(泣

ホテルの中ではチームのスタッフと思われるような人たちが、
ホテルの人と打ち合わせをしたり、外に出たり、電話連絡をしたりと、
選手を迎える準備に余念がない様子でした。
私たちの部屋の近くの部屋のドアが開いていて、ちょっと中を見たら、
そこはマッサージルームにしつらえられていました。
ユヴェントゥス・スタジアムの周辺。
実はこのときは、チケットがどうしても入手できず、試合は観られなかったので、
5月のシーズン最後のホームゲームを観に、再度トリノに行ったのでした。
(事前に高額で売りに出されているチケットを買いました)

このパスポートを忘れた事件以来、チェックアウト時は、指差しこそしないものの
声に出してパスポート良し!貴重品良し!としっかり確認することにしたのでした。

日本ではあり得ない、部屋のブレイカーとは別に、全く離れたところにブレイカーがあるところも。
’19年の秋の旅行なので、既に読んでくださった方もいらっしゃるでしょうが
ここまでシリーズで「困った」ことを書いてきているので、これも書いておきます。


トリノのアッパルタメントでのことです。
ここは広いし、立地もいいし、でも宿代が高くなくて、
電源とシャワー以外のことでは文句なしでした。


でもね、電源が落ちるというのは作って食べたい私にとっては大問題。
好きだった宿が満室で予約できなかったので、次に行くときは早めに宿を予約しようと思います。

さて、ここのIHクッキングヒーターが何ともへんてこりんなものでした。
下の写真の数字は各コンロの強さで、最高が9でした。
4つあるのに、その合計が14までしか上がらず、
例えば写真の場合2つで8なので、次のコンロは6までしか上げられません。
7にすると、他の5のところが4に下がるなど、勝手にどこかが減るのです。
4つあっても、同時に使うと2つは保温程度の役割しか果たさないことに。

最初にブレーカーが落ちた時は室内のブレーカーを上げて事なきを得たのですが、
2度目の時はダメでした。
IHのコンロなのだけど、4口あるうち2口使って、
コンロ上の灯りをつけて換気扇を回し、テレビをつけていただけなのに...
室内のブレーカーを上げても全然ダメ。

不思議なことにWi-fiのルーターだけは別電源を使っているようで使用可能でした。

この部屋のチェックイン時の担当者とはWhatsAppで繫がっているので
直接連絡しました。
返信が来なかったので、オーナーに予約サイトを通じて連絡しました。
どちらからも返信は来ませんでした。
(オーナーとは最後まで1度も連絡が取れませんでした)

このまま夜になったら、いくらヘッドライトを持っていてもねえ。
返信が来るまで外にも出かけられない...
食事の支度も半端になったまま...
市場で買ってきた肉も焼けない...
Wi-fiだけは繋がっていても、それだけのこと。

Facebookにそのことを書いたら、
それはブレーカーの中の線が切れて(昔だとヒューズが飛んだっていましたね)
電気屋に来てもらわないとだめかも、と。

そんなの私には無理…

1時間以上して、やっと担当者とWhatAppで繫がって、
Hai provato a schiacciare il tasto del contatore?
(計器のボタンを押してみたか?)
って書いてきたんだけど、何のことやらさっぱり。

何度かのやり取りの後、その計器が地下にあることが分かりました。
各戸ごとの電気の大きなブレーカのようなものが、地下にあり、
エレベーターで地上階まで下り、地下に降りるドアを鍵で開けて、
(そのドアがこれ↓)
まるで地下倉庫のようなところに降りて、
このアッパルタメントの番号のブレーカーを上げると回復するのでした。

チェックインした時に鍵の束を2つくれて、
なぜ2つ?と訊いたのに、もっていればいいよ、という風にしか言わなかったのに、
そのうちの、部屋の鍵とは関係ない鍵束が、そこを開けるものなのでした。
(本当に不親切な担当者でした)

その間、作りかけの食事はそのままに2時間ほど。
疲れました。

気を取り直して昼食の続きを作りましたが、
予定を大幅変更し、2品のみ。

このことを除けば、この時のトリノ滞在は、
好きな食材を買ったり、美味しいものを食べに行ったりして
とても楽しかったです。

次に行ったらまた食べたいもの。
生クリームにかけらのマロングラッセを載せたもの。
市場の近くの魚屋のランチ。
食べ損ねたものもあるので
ここには、最低3回は行きたい。
そうでなければ同行者とシェアして2回かな。

こんなコップにドボドボ注いでくれる安いヴィーノもまた楽しいものでした。

昨日と同じようなタイトルですが、考えてみれば3度あったブレーカー落ち事件は
すべて調理中の出来事でした。
調理器具がガスではなく、電気で加熱するのに、契約アンペア数が小さいのが問題ですね。

2度目は、冬のアンコーナ。
Nさんとアッパルタメントに滞在していたとこのことです。

部屋の過熱器具はIHクッキングヒーター。
2口だったので、一つに湯を沸かしてペンネを茹で
もう一つにフライパンを乗せてパンチェッタをじっくり炒め、ポロ葱を入れ...
と調理をしていたら、突然真っ暗になったのです。

一瞬停電かと思いましたが、ブレーカーが落ちたのでした。
この日は寒い日だったためエアコンも付けていたし、
IHヒーターの火力を強くもしていたので、電気を一気に使い過ぎてしまったようで。。

部屋のあちこちを見ましたが、室内にはないようです。
ペンネを茹でている最中に切れちゃうなんて最悪!!!

アッパルタメントの連絡先電話番号は分かっているので電話しなくちゃ!
で、ブレーカーってイタリア語で何といえばいいの?
私は2度目の経験にもかかわらず、前回から3年半経っていたため、覚えていない。

Nさんがスマートフォンで調べようとしたら、
ブレーカーが落ちているとwi-fiも使えない!! ので調べられない...

私のスマートフォンには電子辞書を入れてあるので、
wi-fiとは無関係。
それで調べたら、ブレーカー=innterruttoreということが分かりました。

電話をしたら、「何のこと言っているの?明日話しましょう」と言われました。
私が「明日じゃだめなの、今料理している途中で電気が使えないのだから!」
と話しながら、どうも会話が変だと思ったら、
焦って明日泊まる宿の方に電話していたのでした。
オバカ~

今夜の宿の方へと電話し直したら、5分もしないで来てくれました。
ブレーカーは家の外、鍵を開けないと操作できないのでした。
無事復旧。

さてさて茹でていたペンネはどうなったのやら...
と思っていたら、Nさんが2種類あったペンネから選んだのは
茹で時間が長い方(15分ぐらい?)で、無事だったのです。
伸びていなかった!
(自分たちで買ったものではなく、前に滞在した人が残ったものを置いて行ったと思われるものが2種類あったのです)

フライパンの方も途中から続きをつくって完成。
やれやれ、なのでした。
なぜかこのアッパルタメントの写真は撮っていませんでした。

アンコーナの写真を少し載せます。

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