ぐら姐のよくばりイタリア

イタリアにはまってかれこれ25年。イタリア人て面白い、から始まって、イタリアは美味しい、イタリアは美しい、イタリアの田舎が素敵、イタリア美術や建築も面白い…とずぶずぶ深みにはまっている私「ぐら姐」のイタリアなんでもありのブログです。

2023年07月

さて、今度はかなり下ってバス停にもどります。
途中の建物が、光の関係でしょうか上りのときとは違った印象に見えました。
中段ぐらいの、ドゥオーモがある辺り。
ピエルルイージ・ダ・パレストリーナという
このまちが生んだ偉大な音楽家の像が建っているレジーナ・マルゲリータ広場。
この辺りにも遺跡があります。
でも、この奥の、上へ上へと上っていったときに見えたところは、工事中で入れませんでした。

さらに下って見上げた建物群。
行きにパスした公園に入ってみます。
西日の時間になっていて、美しい眺めですが写真は撮れず。

このまちにバスで着いたときは何も気にしなかったのですが、
帰りのバス停を探すと、バス停マークが通りのどこにも見つかりません。
バス停の表示もないどころか、タバッキマークもなくて。
バスを降りた本屋の前で聞いてみました。
「この通りの向かい側の20mほど先のバールよ」というので歩いて行ってみると、
50mほど先にそのバールがありました。
そこでバスの切符を買おうとしたら、そのバールには切符はなくて、
どこで売っているか訊いてみたら、
「通りの向かいの100mほど先の本屋で売ってるよ」と。
イタリア人の距離感って、本当に個人差ありすぎ・・・
ひとまずまたもどってその本屋で切符を買い、時刻表はありますか、ときくと
コピーしたものを1枚0.15€で売っているのでした。

ひとまずバールに戻ってバスが来るのを待っているような人が集まっているところで待っていると
15分ほどでバスがやってきて、無事ローマへと帰ったのでした。

目当てにしていたモザイクの数々
かなり細かなモザイクで、離れて見ると絵のようです。
こちらは少し1片が大きめ
次はまた細かい。カーペットみたいですね。
実は、これらすべて床で踏みつけにされていたモザイクなのですよ。
そして、是非とも見たいと思っていた「ナイルの氾濫」
氾濫と言っても水害を描いたものではなく、洪水期のナイル川流域の様子を
エキゾチックな風物詩として描き出しているものです。
大きさが分かるように、見ている人が入っている写真を載せます。
図柄が生き生きとしていて素晴らしく、色も美しくて、
さらに面白い動物達も出てきて、それらには名前まで入れられていて、
ずうっと見ていても全然飽きませんでした。
窓からの景色
その他の展示も興味深いものがたくさんあり、半日でも出かけてきてよかったなあと思いました。
もう少しまちの写真があるので、次回載せます。

チケットを買って博物館に入場してから、一旦外に出て横断歩道を渡り、遺跡に入場します。
不正入場のないように、係員が立っていました。
せっかく上ってきたのに下るのはもったいない気がしましたけど、
下りないと見られないので、階段を下ります。

遺跡より何より、素晴らしい眺め!素晴らしい天気!!
さらに1つ下の層に下ります。
将軍スラはパレストリーナを、フォルトゥーナ女神を祀った神殿のまちに改造すべく、
丘の斜面を利用して6段に重層する列柱廊のテラスを設け、
そこに神殿に至る参道を組み入れて完全な左右対称とした、
舞台装置のような神殿建築プランを立てました。

当時フォルトゥーナ神殿の「霊験」は人気を呼んで、
各地から人々がパレストリーナを訪れ、
フォルトゥーナ女神の神託を受けたのだそうです。
一時はローマ元老院の保護を集めたものの、
キリスト教の勢力が強まる4世紀になると神託は力を失い、
391年に神殿は閉鎖されました。

そのフォルトゥーナ神殿です。
当時どのようなものだったのか、模型で再現したものが博物館にありました。
博物館の建物は、この神殿の上に建てられた17世紀のバルベリーニ宮殿です。
私が博物館の方を見始めたのとほぼ同時に、どやどやどや・・・と日本人のツアーご一行が来ました。
こんなところも観光に組み込んでいるツアーがあるのですね。びっくり。

すごい望遠レンズをつけたカメラで写真取り捲りでグループから遅れがちの人もいれば、
親に連れてこられて、こんなもん見ても全然面白くないといった感じの十代の子など、
ツアーだといろいろな人がいますね。

フォルトゥーナ女神の頭部
三神殿。一つの石塊から掘り出された点で稀少な例なのだとか。
さて、いよいよ目当てのモザイクのエリアに入ります。
それはまた次回。

グッビオからローマに戻り、翌日ペコさんが帰国するので、
午後は彼女の買い物に付き合ってローマ散歩。

夜はYukoさんも加わって夕食に行ったのですが、ローマのことは最後にまとめて報告するので、
今日はその翌日、12月30日のことを書きます。

ペコさんを11時ごろにテルミニで見送って、
いくつかローマからの日帰りプランを考えていた中から、
この天気ならば遺跡日和!と思って、パレストリーナへ行くことにしました。

ローマ周辺には、古代ローマを建設するにあたって大胆な実験的建設が試みられた都市がいくつもあるのだそうです。
その好例が、ティヴォリやオスティア・アンティーカ、そしてここパレストリーナなのだそうです。

実は私、遺跡にとくに興味があるわけではなかったので、
ティヴォリにもオスティア・アンティーカにも行ったことがありません。
こういうものも見てみたいと思うようになったのは割と最近のことで、
でも今回パレストリーナを選んだのは、他の2つには夏に行ってみたいと思ったからです。

私の旅の友、宮下孝晴さんの「イタリア美術案内」(全5巻)によれば、
現在のような魅力的な街に変貌したのは、第二次世界大戦後のことなのだそうです。
1944年の連合軍の爆撃で中世以降に建設された住宅群が爆破され、
偉大な過去の姿が出現したのだとか。
その後の発掘と修復作業の結果、古代ローマ将軍スラが紀元前1世紀に建設した
「ギリシアを越える壮大なスケールの神殿」の全貌を目にすることができるようになったのだそうです。
そして博物館には、素晴らしいモザイクが展示されていると聞けば、
行ってみたくなると思いませんか。

地下鉄B線のポンテ・マンモロまで行き、そこからCotral社のバスで1時間ほど。
平日は約1時間おきにバスが出ていると書いてあったので、時刻表も調べずに行ってみると、
昼時はちょっと間が空いて、11:30にポンテ・マンモロに着いたのに、次のバスは12:50発。

切り売りピッツァと飲み物を買って、待合室でゆっくり食べて、
さぼっていた旅の日記数日分を書いているうちに、時間になりました。

このバスターミナルは、空港のように、
モニター画面に何時何分どこどこ行き、何番乗り場から発車、という表示がありました。

乗り場にバスが来ていますの表示や、途中に通るまちも表示されています。
乗り場も広くて、きれいです。
バスがやってきました。バスもなかなかきれいです。
乗ること55分ほどで丘の上に建物がへばりついているまちが見えて来て、じきに到着。
本によれば、ともかく高い方へ上れと書いてあったので、上を目指すことにします。
もしかしてここは遺跡の入り口?
でも閉まっています。まさか冬は入れないなんてことは・・・
少し不安な気持ちでしたが、遺跡らしきところを横目に、ともかく上へ。
もしかして、ここが神殿の一番下の部分?
でもひたすら上ります。
見晴らしのよさそうな公園がありましたが、それもパスして上へ。
だいぶ上まで来たので、下の方を見てみると、なかなかの眺め。
いよいよ上りつめた地点が見えてきました。
上りつめた地点から程近いところにインフォメーション発見。
中には、老シニョーレが座っていて、考古学博物館の入り口はどこかと聞くと、
わざわざ立ち上がり、外に出てあっちだよと示してくれました。

歩きながら、日本の方ですか?と聞かれたので、そうだというと
「こんにちは。ようこそパレストリーナへ」と日本語で言うではありませんか。
日本語が話せるのですか!?と聞くと、以前ローマで海外からの電話予約受付の仕事をしたそうで、
簡単な言葉を数ヶ国語話せるようになったのだそうです。
韓国語も話せると言うので、お礼を韓国で言ってみたら、あなたも話せるのですか!?
と今度は彼が驚いていました。私の知っている韓国語はほんのわずかなのですけれど。

インフォのすぐ近くに入り口はあるのでした。
階段を上っていくと、この時期あまり訪れる人がいないのでしょうか、
猫ちゃんたちが入り口で日向ぼっこをしていました。

遺跡は、また次回。

グッビオには1泊だけ。
翌朝8:40のバスに乗ってフォッサートまで行き、
そこから列車でローマに向かいます。

バス発着所までスーツケースを転がして行き、
時間の余裕も見ると8時には宿を出たいのに、朝食は7時半からとのこと。
チェックアウトを先に済ませ、荷物を持ってダイニングルームへ行き、
朝食後そのまま出かけることにしました。

でもね、けっこう早起きなので7時半の食事まで手持ち無沙汰というか少し時間があるわけで、
ちょっとだけ友人のペコさんと散歩をすることにしました。
7時少し前に部屋を出ると、宿の中庭はまだ真っ暗。
その横の通用口から出かけて、坂を上り、ドゥオーモに行ってみました。
やはりまだ閉まっています。
その向かいのドゥカーレ宮ももちろん開館前。
グッビオは坂のまちなので、ドゥオーモ前の広場もつくれなかったのでしょう、ありません。
ドゥオーモ横の坂道を登ると、やっと鐘楼が見えました。
その少し上からの朝焼けのまちの眺め。
バス発着所の近くのサンフランチェスコ教会が見えます。
写真を撮っている間に少し明るくなってきました。
ホテルに戻って朝食。
私たちが一番の客で、ほかにはまだ誰も来ていません。
左側にクラシックなエスプレッソ・マシーンがありますね。
使っているのでしょうか。
これと同じものが以前東麻布にあったイタリアンの店にあり、
いつもこれでエスプレッソを淹れていただいていました。

さて、出発です。
坂道をゴロゴロ、ゴロゴロ下って
下って
バス発着所のある広場に辿り着きました。
近くの建物にある古い時計。バックに見えるのはサンフランチェスコ教会です。
驚くことに、ほぼ正確な時間を刻んでいます。(日本じゃ当たり前ですけどね)

広場に面したこの建物は、壁がなくて何に使っているのでしょうね。
土産物屋はもう開いていました。
前夜、ここで上に飾ってあるグッビオ柄のエプロンを買ったのです。
私とペコさん2人から、共通の友人達へのお土産です。
夏はイスキア柄のものを買いました。
我が家でパーティーをするときに、お揃いで身に着けて、調理や片付けをするのです。
10枚買うからおまけして、と言って1枚5ユーロのエプロンを10枚45ユーロにしてもらいました。

バスは定刻より少しだけ遅れて発車。
無事フォッサートで乗り換え、ローマに着いたのでした。

素敵なライトの巨大クリスマスツリーを見た後は、もう暗くなった道を街へと戻りました。
Yukoさんが、食べ物を買って部屋で飲みませんか?と誘ってくださったのですが、
私とペコさんは、せっかくトリュフが名物だというグッビオに来たので、
トリュフをかけたパスタだけでも食べたいねと話し合い、
その後にお部屋で飲みましょうと言ったら、結局Yukoさんもお付き合いくださることになりました。

パスタだけなのにまち一番だという店へ。
まだイタリアの食事には早い時間なので、私たちが最初の客です。
なかなか雰囲気のよい店で、パスタだけなのですが・・・と言う私たちを、
笑顔で席に案内してくれたカメリエーレ氏は、丁寧で感じのよい方でした。
パン
そしてストゥッツィキーノ(つきだし)が出てきました。
ワインは、カメリエーレに選んでもらいました。
パスタがやってきました。私のは、トロフィエみたいな手打ちパスタ。
生ハムの端っこを刻んで使っているようです。
他の2人は、ラビオリ
小食のYukoさんが、私にラビオリをいくつかくださいました。
さっぱりしていて、トリュフの香りが引き立ちました。
私のパスタは、生ハムの塩分と味がクリームにほどよく出ていて
クリームはくどくなく、さらっと使われていたので、
これまたトリュフとぴったり合って、美味しくいただけました。

そう言えば、所ジョージさんの番組「笑ってこらえて」のローマ支局長コマツバーラさんは
ウンブリアの白トリュフを紹介していましたね。
肉には黒が合うと言っていましたが、この私たちが食べたパスタにも少し肉が使われていて、
黒トリュフの香りとよく合っていました。

白の香りは格別なので、本当にシンプルな料理がトリュフを引き立てます。
サンセポルクロで食べたパスタは、まさにそれでしたっけ。

こういう店だとドルチェが絶対に美味しいはずなので、いただくことに。
私の、あったかいチョコの焼き菓子。
切ると、中からトローリとチョコソースが出てきます。
ペコさんのミルフィーユ
予想通り、どちらも美味しい!
やはりこういうところではドルチェをはずしてはいけませんね。

満足して宿に帰ります。
そしてYukoさんのお部屋に行って、続きの飲み食いをしたのでした。

等身大プレゼーピのエリアを見終えて、もう少し街散歩をしました。
小さな川が流れていました。
下へ下へとおりてきて、バスの発着所のある広場まで来ました。
向こうに、サンフランチェスコ教会が見えます。
ここのプレゼーピは別棟につくってありました。
グッビオのまちのプレゼーピで、建物に明かりが灯っているのがきれいでした。
さてそろそろ日も沈み大文字焼き風クリスマスツリーに灯った明かりが、
きれいに見える時間帯になってきたようです。
街からは、部分部分が見えるだけだったり、形がきれいに見えなかったりするので
ビューポイントへと向かいます。
それほど遠いわけではないのに、あっという間に暗くなり、
そこに着いたときには、明かりがきれいに見えるようになっていました。
見えました!
この写真を撮って、私&ツリーの写真も撮って、しばらく見て、帰ります。
帰りがけのどこかの店の駐車場からだと、建物の明かり無しに、電飾だけが見えました。
さて、街へと戻ります。(つづく)

Yukoさんの言うサプライズとはこれのことでした。
この通りと、交差している通り全部に等身大のプレゼーピが展示されているのです。
けっこう楽しいつくりのものあれば、不細工なのもあるのですけど、
いろいろあって、なかなか面白い。
ちゃんと食べ物屋のエリア、繊維のエリアなど職業別になっていて、
糸屋のコーナーがきれいでした。
こちらでイエスが誕生しました。
東方三博士とラクダ
病気や怪我をしている人たちがたくさんいるコーナーがあり、
ちょっと怖い・・・と思っていたら、そこにはサンフランチェスコがいて、
小鳥とお話しているのでした。
彼らは、サンフランチェスコに直してもらいたい人々だったのですね。
大勢の人が見物して、それぞれ気に入ったプレゼーピのところで自分が入って写真を撮っていました。
もちろん私たちも。

もう少し街歩きを続けたのですが、それはまた次回。

下界に戻って、ホテルに向かいます。
本当に坂のまち
グッビオは陶器のまちでもあるそうで、こんな感じの土産屋がけっこうありました。
チェーリの祭の様子を描いた絵皿がありました。
イタリアに留学していた友人がこれを見たことがあるそうで、
だんじりと山笠を合わせたような迫力があるとのこと。
リタイアしたら・・・の楽しみがまた増えました。

グランデ広場
その真ん前にあるこの建物に、私たちのホテルがあります。
このホテル、入り口は別な通りに面していて、この建物の正面には、ホテルのカフェがあるだけでした。
初めに到着したときに知らずにとりあえずカフェに入っていくと、
カフェのスタッフがレセプションに電話をしてくれ、
すぐに男性が下りてきて、私と友人の2つのスーツケースをひょいと持ち、
トントントンと階段を2階分上がって行きました。
1つ上まで上がるとエレベーターがあったのに。

そしてレセプションのところにスーツケースを置いて出かけたのですが、
山から戻ってレセプションへ行くと、部屋は別棟なのでした。
こちらが、レセプションのある棟
不思議な感じがしませんか。
広場からみたあの大きな建物に入ったのに、2つ階を上がるとこの建物って。

部屋はなかなかいい感じで、
友人と「バスタブがある!」とか「きれいな部屋じゃないの」なんて話していたら、
ドアをノックする音。
出ると、そこにはYukoさんが立っていたのでした。

前日からここに泊まっているYukoさんの部屋は向かいでした。
「昨年泊まってよかったので、今年も泊まりたい。今年は、是非眺めのよい部屋にしてください。」
とホテルにメールを送っていらしたそうで、窓を開けると、素敵な眺め。
そしてこの写真を見ると、さっきのレセプション棟の謎が解けた気がしました。
ね。
教会で、ファサードだけが立派で建物自体は小ぶりというのがよくありますが、
このお宿の建物もそんな感じなのですね。
広場側から見て想像する奥行きの広さを、この斜面のまちに確保することは無理なのです、多分。

さて、Yukoさんと一緒に3人でまち歩きにでかけます。
途中で見かけた水道。
中の部分にも素敵な建物のミニチュアがあります。
是非見せたいものがあるのよ、案内するわ、とサプライズ(いったいなんでしょう)のある方向へと連れて行ってもらいました。
そのサプライズは、また次回載せますね。

教会を後にして、もっと上を目指すことにしました。
巨大クリスマスツリーの天辺の星の部分がみえました。
さらに登ると、古いロッカ(城砦)が。
無理かな・・・と思ったら上に登れるようになっていました。
そして上からの眺め!
星の裏側も見えました。
グッビオの目当て2つ(この鳥かごと巨大クリスマスツリー)は、
どちらも雨だと楽しめないので、冬の旅行でお天気が心配でしたが、
これ以上望めないような晴天。おかげさまで晴れ女なのです〜。

さて、下界におりてホテルにチェックインすることにしましょう。
帰りもまた鳥かごに乗って。
下の乗り場近くにオリーブの畑が見えました。
つづく。

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