ぐら姐のよくばりイタリア

イタリアにはまってかれこれ25年。イタリア人て面白い、から始まって、イタリアは美味しい、イタリアは美しい、イタリアの田舎が素敵、イタリア美術や建築も面白い…とずぶずぶ深みにはまっている私「ぐら姐」のイタリアなんでもありのブログです。

2023年12月

このブログを始めたのは’19年7月のこと。
こんな風に書いていました。

毎年夏のイタリアバカンスをしていたけれど、今年は行きません。
いろんな状況が今年から変わったもので。
その代わり、秋に行きます。航空券は安いし、美味しいものはたくさんあるし。

でも、テレビで明日から学校は夏休み、なんて聞くと
夏のイタリアの海辺のパラソルの下で、のんびりしたい気持ちがむくむく。
というわけで今日からしばらく、昨年の夏に行ったときの思い出をつづって行きます。」

その後’19年秋に1月ほどイタリアを旅しましたが、
コロナ禍は収まらず、そのうちウクライナの戦争が始まってロシア上空を飛べなくなり、
円安はあれよあれよと進み…
もうずっとイタリアに行くことが叶わずに今日まで来ました。

’06年以来、某サイトに私のイタリア旅行のことを書き綴っていたのですが、
もしかするとそのサイトの存続が危ないかも…
これまでの私の旅の記録が消えてしまうのは悲しい…
そう思って、’19年の旅の記録を終えてからは、
以前の旅行のことをずっと遡って書いてきました。

’11年の夏まで12年分遡ったので、ここで一区切りをつけます。
今日は大晦日でよい区切りでもありますし。

次に予定しているのは’24年6月下旬から3週間。
マイレージでチケットを予約しました。
その時改めて旅報告を書きますが、それまでまだだいぶ間があるので、
新年(と言っても明日ですが)からは、新企画を始めます。

皆様、どうぞよいお年をお迎えください。



イタリアでは、1月6日までは飾られているツリーの写真を最後に載せます。

14:09のレジョナーレに乗って、ローマに向かいました。
アペニン山脈越えのこの路線、初めて乗りましたがとても眺めがよくて、
ここをドライブして好きなところで泊まりながら超えるのもいいだろうなと思いました。

この列車、本来はローマ・ティブルティーナに着くのですが、
多分フェラゴストの時期の鉄道工事が入って、テルミニ行きに変更になっていました。
ラッキー。

今回のホテルは以前泊まったことのあるテルミニ近くのホテル・ピエモンテ。
ツインを取ったのに、部屋はトリプルで、それも3人目の人が泊まれるベッドは別室!
手前のツインから、奥が見えています。(ドアなし)
ああ、誰か泊めてあげたい、もったいない。
でも3つ目のベッドは、ツインの方のよりも柔らかめだったので
ペコさんと仲良くツインの方で寝ました。

久しぶりにサンピエトロ寺院に行きたい、とのペコさんの要望でバスに乗りました。
バスの中で、日本人男性と金髪の女性が流暢な英語で会話していたかと思ったら
(話の中にTOKYOと出てきたので、日本人だなとと思っていました)
彼女が突然私たちに、バスの中は本当に危ないから、カバンに気をつけてくださいね、
と日本語で話しかけてきてびっくり。

なんと彼女は、今は仕事でローマに1年住んでいるけど、
その前は神戸で暮らしていたのだとか。
そして彼らの会話に出てきたTOKYOは、私たちが東京の言葉で話しているから
首都圏の人だね、と言っていたのだとか。
そんなことで彼らとおしゃべりしていたら、バス停1つ乗り過ごしてしまいました。
全くもう。

ペコさんが見たがっていたのは、これ。
二重の柱が1本に重なって見えるポイントがあるというのを何かで読んで、
そこに立ってみたかったのです。(私も初)
これがそのポイントです。
その後スペイン広場近くで夕食。
もう8月14日なんて観光客目当ての店しか開いていないので
開いているところに適当に入りました。
それぞれプリモとセコンド2皿ずつ。
全く期待していなかった割には、まあまあの味だったけど、
デッラ・カーサのヴィーノが、地方に比べると味が落ちるのに、値段だけは結構して、びっくり。

宿へ帰ろうと思ったら、スペイン広場の方から素敵な歌声が聞こえてきて、
行ってみたらすごい人だかり。
何かのコンサートをやっているようですが、誰が歌っているのか分かりません。
そこらへんの人に聞いてみても誰も知らないようでした。
後で調べたら、これだったのですね。

さて、翌日は最後の買い物(と言ってもスーパーで食材購入)をし、
フィウミチーノに向かいました。
いつも、ああ今年の旅行も終わってしまったなあ…という寂しい思いばかり。
帰りたいと思ったことって1回もありません。
冬もまた来られるといいなあ…空の上でそんなことを考えながら成田に着いてしまったのでした。
これで、’11年夏の旅報告もおしまいです。

翌日は朝から水着を着て朝食を摂り
その後ビーチに出かけて寸暇を惜しんで海水浴。
ジェラートのための小銭とタオルのみ持参。(ということで写真なし)

ペスカーラの海は超遠浅でなんとプイまで歩いて行け、しかもそこでさえ腰までの深さ。

老シニョーラが口広のペットボトルと網を持ってなにやら集めている様子。
私は海辺の生まれで、小学校帰りにランドセルを砂浜に放り、
スカートのすそをパンツにはさみこんで、足でアサリふみをして育った人なので、
ここもきっとと思って両脚を左右に動かして砂を掘るようにしたら
足指に軽く当たるものが。
足の親指と人差し指ではさんでとってみると、やはりアサリがありました。
小ぶりですが、パスタやみそ汁に使えなくもないサイズです。

ペコさんは、こんなとり方をするのが初めてだったそうですが、
狩猟採集民族の血を色濃く持つ彼女なので、もう夢中でとり始めました。
2人でとったものは、すべて老シニョーラに差し上げました。

満足して海から出て、昨日のジェラート屋で食べようと思っていたら、
まだ開店準備中でがっかり。
宿に戻り、タクシーを呼んでもらって駅へ。
昨日トラブッコの手配をしてくれたシニョーラがレセプションにいたので
とても楽しくて美味しかったよとお礼を言うと、彼女も喜んでくれました。

このホテル、街中の普通のホテルですが、レセプションのシニョーラは最高だったし、
朝食のコルネットがとっても美味しかったし、
部屋も快適で、次回来ることがあったら、絶対また泊まる!と思いました。

ペスカーラの駅がまた感激なんです。
(すでに前日着いたときに感激していたのでした)
イタリアの駅って、ローマ・テルミニなどのターミナル駅以外は、1番線に着かない限り、
たいていはスーツケースを持って階段を下り、そしてまた上らないと出口には出ないのですが、
ここペスカーラにはエレベーターがあり(それだけでも嬉しい!イタリアではまだ多くないので)、
下りると、その階が出口になっていて、もう一度上るということをしなくていいのです。

そして、その地上階が広くてきれいで、すべてのホームへのエレベーターが付いていて。
座って待てるベンチもたくさんあって(屋内なのでもちろん日陰)、言うことなし。

ベンチに座ってパニーノの昼食。
そろそろ時間になったので、ホームに行ったら、先頭の列車の窓を拭いていました。
柄のなが〜いブラシなど、お掃除グッズを積んでいる車があるのでした。

さて、仕方がない。ローマへと帰ります。

予約した車は、タクシーと言うか、スヴェレートのときのテデスキさんと同じで、
運転手付きのレンタカー(日本だとハイヤー)です。
大きな美しい乗用車で、運転手の初老のシニョーレも、感じのよい人でした。
(途中仕事の依頼だの、自分達の食事の店の予約だの、携帯電話で話しているときは
ものすごい早口で、ちょっときつく聞こえる話し方なのだけど、
私たちと話すときは、穏やかでにこやかなのでした)

車はビュンビュン飛ばして、それでもずいぶん乗りました。
途中、San Vito Lancianoというところにちょと寄り道して、
ここのまちには、素晴らしい眺めのビューポイントがあるので、是非見せたいのです、と。

本当に素晴らしい夕暮れの景色が楽しめました。
おりしもこの晩は満月!
それからまた車に戻って、いよいよトラブッコが近付いてきました。
しばらく乗って(合計50分ほどでしょうか)やっと着きました。
運転手氏は、お勘定の30分前に電話しなさいね、
なんて言うけど、
絶対30分では来ないね、と思いつつ。

暗い空き地に降り立ち、運転手が指差す方向に歩いて行くと、見えました!

もう暗いので、あまりよく写らないのだけどこれがトラブッコです。
海に突き出て造ってあります。
私たちが着いたのが8時50分ごろ。
9時過ぎにほとんどの客が揃ったところで食事がスタートしました。
ここは、お任せコースの店だったのです。
スプマンテをいただいて。
前菜の数々
これ2人分一緒盛りなので、1皿ずつはそれほど多い量ではないのですが、
いかんせん、前菜が10皿!
どれも漁師の家庭料理と言う感じの素朴な美味しさです。
もうこの段階でお腹一杯で、この先がどうなるのかドキドキしましたが、
プリモは1皿(ほっ。でも1人に1皿です。)
烏賊の出汁を吸わせたパッケリで、見た目よりずっと美味しいです。
セコンドも1皿でした。(ほ〜っ。もちろんこれも1人に1皿) 
あまりにおなかが一杯で、魚の食べ方が下手な振りして、3分の1ぐらい残しました。

それでももうお腹パンパン。なのにフルーツが来ました。
これも1人に1皿。
そして、まだドルチェがあるというので、もうお腹一杯だからとお断りしたら
自家製の、このあたりの名物の焼き菓子だというので、とりあえずいただきました。
1個をペコさんと半分ずつに。
少し口に入れてみると、ほの甘くて、素朴な味がとてもいい感じです。
何かしら、この黒いあんこのようなものは?
聞いてみたら、自家製チョコレートだと言っていました。
なんだかもそもそとした食感で、豆?という感じもある、
初めてなのに本当に懐かしい味でした。

でもお腹一杯で1個余っているので、包んで持ち帰りにしました。
お勘定は、ワインやリモンチェッロも込み込みで1人50€。

もうデザートの前に運転手氏には電話をしたのだけど、
案の定、やってくるまで50分ほどかかりました。
また快適なドライブでホテルへ。
何と言う贅沢。
最後の最後で大名旅行となりました。
車は、とっくにカボチャになってもいいような時間に宿に着き、
バタンと眠りに就いたのでした。

そして海!
ペスカーラは、ごく普通の街の生活空間で、
イスキアのような夏の浮かれた感じが全くなかったですが、
海岸沿いの道を境に、がらりと雰囲気が変わり、夏の海のまちになるのでした。
ビーチが広い!
海の美しさは、昨年行ったサン・ヴィート・ロ・カーポとは比べ物になりませんが、
この広さとパラソルの多さに、あのまちを思い出しました。
ビーチバレーやフットサルに興じている人たちもいます。
期待していなかったのに、意外と楽しめそうで、ああ水着で来ればよかったと
イスキアのサンタンジェロに続いて後悔第2弾。
でも、こんなことでは諦めません。
翌朝少しでもビーチで遊ぶことを決めて、宿に引き返します。

途中のジェラート屋さんで、珍しくコン・パンナにしてみました。
蓋付きじゃないけど、なかなかのお味。
食事の帰りは遅くなりそうなので、先にシャワーを浴びてから支度をして出かけました。

旅もいよいよ終わりに近づいてきました。
この日は、ペスカーラへの移動です。
昼の列車なので、車内でパニーノと水のランチです。
ほぼ定刻通り15時少し前にに到着。タクシーで宿に向かいました。

ペスカーラに取り立てて観光するようなところはありません。
ここでやりたかったことはただ1つ、トラブッコで食べることです。

プーリア州のガルガーノ半島の辺りに、
トラボッコとかトラブッコとか呼ばれる海に張り出した漁をする施設があって、
そこで獲れた魚介を食べさせてくれるところがあるというのをずいぶん前から聞いていました。
ところがガルガーノ半島の夏は、1泊では泊めてくれるところが少ないし、
交通の便も悪くて、1週間ぐらいまとめて滞在できるときでないと行くのは困難なようなのです。

それが、たまたま検索していてペスカーラの近辺で行って来たと書いているブログを見つけ、
今回ペスカーラ行きを決めたのでした。
でもね、その後いろいろ調べても、具体的にトラブッコの名前や場所や電話番号は出てこなくて。
おまけにgoogleマップの航空写真で見てみると、だいぶ南に下らないとないようで。
でもその辺りまで下ると、翌日ローマに帰るのも大変だし、
まあ、ここは奮発してタクシーでもいいか、と言うことでそのままペスカーラ行きを決行することに。

ホテルに着いてすぐ、部屋に入る前にレセプションのシニョーラに、
トラブッコで食事をしたいのですが、どこかご存知ですか、と聞いてみました。
彼女、とってもとっても感じがよく、気の利く人で、
「すぐには分からないのですが、訊いてみましょうか。
ただ、ここからは30㎞以上離れたところになると思いますが、それでもいいですか?
それから、トラブッコは人気があるので、予約した方がいいですが、
見つかったら予約を入れますか?大体1人50€ぐらいになると思います。」と。
それで、予約を入れてくれるように頼み、ついでにタクシーも予約してくれるようお願いしました。

しばらく部屋でお茶を飲んでくつろいでいたら、
レセプションのシニョーラから電話がかかってきて、
トラブッコの予約はできたこと、それからタクシーは片道40分以上かかり
往復で120€になりますとのこと。
せっかくここまで来たのだもの、エイッ!と奮発することにしました。

このまちで特にしたいことはないので、部屋でしばらくごろごろしていました。
広い部屋ではないけれど、なかなか快適な感じのいい部屋です。
アメニティ・グッズもお洒落。
ごみ箱もかわいい!
机の上には、お茶セット
さて一休みしお茶もいただいて、移動の疲れも癒えたので散歩に出かけます。
普通のまちで、本当に何も見るところは… 
海に行ってみることにして歩いていたらこんなお店が目に留まりました。
「太」に見える字はAで、MANGA MEという漫画ショップです。
面白そうなので入ってみました。
すご〜い! 古い時代のものから最新のものまで、いろんな日本のマンガの品揃え
懐かしい、「Happy!」もありました。
日本の漫画って、本当に人気があるのですね。
もちろん、全部イタリア語訳してあります。
ワン・ピースの第1巻を買ってしまいました。3.90€もしたのだけど。

そして海へ!
でも今日はここまで。また次回。

11時まで散歩をしました。
実はお店を探していたのです。
前夜食べたンドゥーヤのブルスケッタがとっても美味しかったので
ンドゥーヤを買おう!と。
でも、そういうものを売っている店がなくて、結構歩いてしまったというわけです。

港の近くの城(?)
海越しに見える大聖堂
海で何か獲っている人がいました。
まちへ、店を探しながら歩きつつ、パチリパチリ
肉屋の看板。お土産にして部屋に飾りたい感じ。
旗飾りが多いのは、2日後に迫ったフェラゴストのためでしょうか。
まだ目当てのものは見つからなくて、もう少し散歩を続けました。

偶然通りかかったオンニ・サンティ聖堂が、小さいながらもとても素敵でした。
魚介を売っているという市場へ行ってみると、その市場はどうやら場所が変わったようで跡地のみ。
ならば、船から揚がったものを売っているという港の方へ行ってみると、
もう終わっていたのでした。(買うわけじゃないけど見たかった…)
片付けて、家に帰る青年(少年ですね)
そろそろ宿に戻る時間です。
さて、ホテルが見えてきました。ドゥオーモの鐘楼が見えます。
チェックアウトし、お願いしていたタクシーに乗り、駅へ。
水を買いに、スーツケースをペコさんに見てもらって、アリメンターリを探して、またちょっとまちを歩きました。
最後にトラーニの駅を撮りました。けっこうきれいです。

いったん外に出て大聖堂の周りを歩いてみます。
正面の入り口
入り口のアーチを飾る彫刻が美しく、そして細部を見るとそれはそれは楽しくて。
そして、この緑の葉の束は何?
と思って中に入ると、花屋さんたちが来て、結婚式の準備をしてるのでした。
中も、本当に美しい聖堂です。
床の素朴なモザイク
これは、正面の扉のオリジナル
外に出て、だいぶ日が回ってきていたたので(と言ってもまだ横からだけど)
また遠くから撮ってみました。

起きてすぐ、朝食前にすっぴんのまま朝日に映える大聖堂の裏側を見に行きました。
ホテルを出るとすぐそこ。
やっぱりファサードは、朝はダメですね。
完全に逆光。
それでも、美しくてついついあっちもこっちも撮って。
いつまでもこうしてはいられないので、宿に戻って朝ご飯。
部屋からの眺め。
部屋は11時にはチェックアウトしないといけないのだけど、
最後にトイレなども使いたいし、
もしかして早く戻るようなことがあったら少しくつろげるので
それまでキープすることにし、ホテルのレセプションに、
11時にチェックアウトして駅に向かいたいので、
その時間にタクシーを呼んでくれるようお願いしました。
前夜のことを考えると、このまちにタクシーが何台あるのか不安だったので。

改めて大聖堂へ出かけます。
横から中に入ってみました。

この聖堂は、もともと、7世紀にサン・レウチョの聖遺物が祭られていた場所に、
9世紀前半サンタ・マリア聖堂が建てられ、その上に、現在の大聖堂が建てられたのだそうで、
こちらは、サンタ・マリア聖堂の部分です。
そしてこちらが、大聖堂が祀っている聖人サン・ニコーラ・ペッレグリーノの地下礼拝堂
いったん外に出て再び大聖堂の周りを歩いてみたのですが、きょうはひとまずここまで。
もうたくさん同じような写真ばかりと言わず、どうぞ次回もお付き合い下さいね。

イスキアの港から10:40発の船に乗りナポリへ着き、タクシーで駅へ。
この日は8月12日。
イタリアの8月15日は日本のお盆のようなもので、
この日に向けて故郷へ帰る人も多いし、バカンスに出かける人も多いのです。
でもあまりガチガチに予定を決めるのも・・・と思って
この日の移動の切符を、日本からネット予約はしていませんでした。

数日前にカンピーリアの駅で自販機で買ったときには、もうよい時間帯の列車がなくて
イスキアを朝早く発たないといけないものと、
トラーニに着くのが夜になってしまうものしか買えない状態でした。

3人ともトラーニへ移動なら早朝発でもよいのですが、
1人は分かれてローマへ行くのに、一緒に無理させるのも申し訳なく…

迷った挙句、遅い方を購入したのです。
本当は、夕陽に映える大聖堂のファサードを見たかったのですけど。

でも、もしかしたらその後キャンセルが出たかも知れず、
もしお昼の列車に替えられるものなら替えようと窓口の行列に並んでみました。
・・・結果・・・敢え無く撃沈。

ローマに向かい、翌日帰国するリトルさんと最後に駅の近くのお店で昼食を共にしました。
リトルさんを見送った後、私とペコさんはちょっと時間があるので、
バスに乗ってガンブリヌスのカッフェを飲みに行きました。

本当はちょっとじゃなくてだいぶ時間があったのですが、
今回の旅行中、列車の遅れに2度やられているので、

この日は、余裕をもって乗換駅のカゼルタまで移動し、カゼルタ駅のバールでお茶しながら、
日記を書いたり、絵葉書を書いたりしてのんびり過ごし、余裕をもって列車に乗りました。
カゼルタの駅舎がとてもきれいになっていて、美しくて涼しくて、
おまけにナポリほどの人もいないので騒々しい音もなく、危険な雰囲気もなく、快適でした。

ほぼ定刻どおりとは言え、トラーニの駅に着いたのは20:33。
やはり、日は落ちて夕焼けの時間も過ぎています。
タクシーに乗ろうと思ったら、AVの列車が着く時間でもタクシーは来ていなくて
電話で呼ぼうと思ったら、どこにも電話番号が書いてない。
結構バールの近くにカードが貼ってあったりするものなのに。
バールのおにいさんに聞いてみたら、なんと彼は「いつ乗りたいの?」って。
タクシーって、そんなに早くから予約するものなのか?!

結局彼はタクシーの番号なんか知らなくて、歩いても10分ぐらいだよと言う始末。
(こちらはとりあえず地図サイトで調べたものを持っているわけで、2~30分かかるのは知っている)
バールの客の母娘(娘さんは20代後半ぐらいで英語を話す人で、とても親切でした)が、
ホテルに電話して、タクシーを駅によこしてもらうのがいいと言ってくれました。
でも、結局歩くことに。途中で地図を見ていたら、親切なお爺さんが教えてくれて、
途中まではその通りに行き、最後は道の表示(宿はドゥオーモの裏なので)に従いました。
あとで思えば、スーツケースを転がすならお爺さんが教えてくれた道が一番でした。

スーツケースをゴロゴロと転がしながら、賑わう夜のまちを歩いて歩いて。
結局28分かかって宿に着きました。
間近に、ライトアップされたドゥオーモが見えたときは本当に感激でした。

早速ホテルにチェックイン。ホテルは小さいけれども、エレガントな宿です。
ホテルに向かって歩いているときから、音楽とアナウンスと人々のざわめきとが
ものすごい音量となって聞こえていましたが、部屋の窓から港の方を見ると
何やらダンスイベントをやっているようで、まちの人が大勢出てきているようです。
お腹も空いているので早速出かけました。
美しいロマネスクのドゥオーモがライトアップされています。
ああ、夕映えの時間帯前に着きたかった… 返す返すも残念。
写真を撮りながら、絶対にまた来なくちゃと心に誓いました。

ペコさんが、冷静で、ホテルに向かってスーツケースを転がしているときに目をつけていた店がありました。
イタリアではあまり見ない雰囲気のアメリカ風のBirreriaです。
何だか面白そうだったので入ってみました。
日本の居酒屋みたいに、小サイズで値段の安い、いわゆる「つまみ」がたくさんあります。
チキンナゲットみたいのや、ポテト&チーズコロッケ、鶏のスパイシー唐揚げなどを食べてビールをプハッ!
おかわり!
たまにこの手のものを食べるのもいいもですねって感じでした。
ンドゥーヤ(辛いサラミだけどペースト状になっている)を塗って、
その上にトマトとルーコラを載せたブルスケッタです。
これは、ものすご〜く私好み!
辛さとトマトの美味しさが本当にいけます。
ンドゥーヤは、この地方ならではのもの!と思ったら大間違いでした。
同じ南イタリアでも、ンドゥーヤはカラーブリアのもので、
プーリアにはカラーブリアほど辛いものはほとんどないことが後から分かりました。
あんまりンドゥーヤが美味しくて翌日買って帰ろうと探したのですが
どの店にも無かっただけでなく、ンドゥーヤを知らない人もいたのです。

お腹も膨れ、翌朝のドゥオーモ見学を楽しみに眠りに就きました。

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