ぐら姐のよくばりイタリア

イタリアにはまってかれこれ25年。イタリア人て面白い、から始まって、イタリアは美味しい、イタリアは美しい、イタリアの田舎が素敵、イタリア美術や建築も面白い…とずぶずぶ深みにはまっている私「ぐら姐」のイタリアなんでもありのブログです。

2024年05月

パオーラはコゼンツァに行くのに通過しただけです。
'07年夏にソレントからシチリアまで行くときに、列車でただただ長い変化のない白いビーチを通過して、この辺りの海もきれいだなあと思ったのがパオーラの辺りでした。

’17年冬にコゼンツァに行くときに、パオーラからレジョナーレでコゼンツァに行く予定でしたが、列車はキャンセルされていて、代替のバスが出ると表示されていました。

窓口で確認すると、やはりバス。
どこから出るか訊いてみたら、地下通路を通って駅の裏にいきなさい、とのこと。
こういうことに表示が全くないのが、イタリアなのですよね。

駅には、バールだけじゃなくてターヴォラ・カルダ(出来合いの簡単な料理を温めて出してくれるような店)がありました。
30分ぐらい時間があったので、ズッキーニのパルミジャーナをいただきました。

こういうのを食べると南に来たなあと言う感じがします。
これとアランチーノ(写真無し)を食べて、駅の裏のバスが出るという場所に。
何もありません。



奥の柵の向こうはビーチ。冬なのでそそられませんでしたが。

Trenitaliaの人がいたので、どこから出るのですか?と訊いたら、
ここだよと言うだけ。ここから並ぶという目印もないのです。
でそこらに立って待っていたら次々と人が来て、バスがやってきたらぐちゃぐちゃっと固まってあちこちから横入りして乗り込み、
荷物をバスの下のトランクに入れいていた私は、ほぼ最後となったのでした。
これがイタリアですよね。
これだけのパオーラですが、夏に見た海は穏やかで澄んでいて、のんびりするのにいいかも、と思ったのでしたが、後にもっと南のトロペーアに魅力を感じてパオーラはいつも素通りしています。

1度しか行ったことがありませんが、'12年夏のことです。
大好きな海辺のバカンス地です。

何と言ってもこの海の景色!





宿は、B&Bが別棟で所有するアッパルタメントで、朝食付き。
朝食はB&Bの方へ食べに行くのでした。
これまでイタリアで食べた朝食の中で、私にとってはいちばんリッチな朝食でした。







アッパルタメント







3泊して、中2日海辺暮らしを楽しみました。





ちょっと泳いで行かないと辿り着かない秘密のビーチもありました。



散歩も楽しめるところでした。











アッパルタメントなので市場やアリメンターリで買い物をして食事を作るのも楽しめました。





部屋ご飯は胃にも財布にも優しくていいです。

スティーロの続きです。
ラ・カットーリカは、まちの高い方にあり、まち歩きには下りて行きます。









下から見上げるとこんな感じです。

街の中心の広場にある教会(ドゥオーモではないようでした)

こんなに人が多いのは、葬儀が行われているからです。

私たちの宿。珍しく大きなホテルです。

翌朝の散歩。





バールで朝飯前のカッフェ

この日もいい天気になってきました。

市が立っていました。



州やまちの地図入りのティータオルとかエプロンを見るとそそられます。
昔はイタリア地図入りで満足していましたが、近頃は州とかまちとかでないと買いません。





この田舎感、大好きでした。
また行きたいです。

’18年夏に訪れました。
ここも、2日前に書いたサン・デメトリオ・コローネのサンタドリアーノ教会同様、「イタリア古寺巡礼」の本で見たラ・カットーリカを見るために行きました。

チケット売り場で購入後、このゲートを入って行きます。



ラ・カットーリカ聖堂は、11世紀につくられたビザンツ中期のギリシャ十字形のヴォールト天井の乗る建物です。
イタリアでは他に例を見ないたいへん珍しいものだとのこと。
堂内の柱はすべてペロポネソス半島から運ばれた古代建築の再利用品。
中央のアプシスには栄光のキリストが描かれていて、ここに祭壇があったことが分かるのだそう。
これがその聖堂です。

大きさが分かるように入り口に人が立って撮ってみました。

キノコのような屋根がほんとにカワイイ!

内部です。



天井









ここは人気の観光地らしく、夏の海に来ている人たちが気軽に見に来るようで、小さな聖堂の中に結構な人が訪れていました。
あちこち写真を撮りながら、人がいなくなるのを待って、また撮り直したりして。
本当に素敵なところでした。

ここへ向かう入り口のゲートの近くに土産物屋があり、ジェラートやグラニータを売る店もありました。

この地域の特産にベルガモットがあり、是非ともベルガモット製品を食べたり買ったりしたいと思っていたら、ありました!



どちらにしようかなあ…と迷っていたらお店の人がメタメタ(半々)もできるわよ、と言ってくれたので、そうしてもらいました。

グラニータは思った通りの味でしたが、ジェラートにはベルガモットの皮を刻んだものが入っていて、ベルガモットの香りとほろ苦さがある大人の味です。
こんな観光地のバールのグラニータやジェラートがこんなに美味しいとは...
今思い出すとまた食べたくなります。
私にとってこの夏の旅行で食べたジェラートの中で一番美味しいジェラートでした。

まち歩き写真は、次回に載せます。

17年12月に行きました。
「イタリア古寺巡礼―シチリア→ナポリ」でサンタドリアーノ教会のぐるぐるヘビの写真を見て、行ってみたくなってしまって。

日本にいたときから現地在住の日本人にこの教会の予約とタクシーの手配をお願いしました。(Facebookで知り合っていた方です)
135€です。高いですが、教会の予約は電話のみでしたし、タクシーも、私が見ている間は待機してもらう必要があったし、しかも19日にローマに着いて翌日7時間ほど(バスの代替があったので)かけてコゼンツァに移動し、その翌朝のピックアップだったので
日本の方に間違いない予約をしてもらった方が確実だろうと考えたのです。

タクシーはちゃんと時間前に来て待っていてくれました。
手配をお願いした方と同じまちに住む女性がドライバーでした。
荷物を積んで乗り込み、出発。

初めは高速を、降りてからは曲がりくねった田舎道を進んで行きました。



そしてさらに途中ちょっと興味をそそられるまちを遠くに見ながら進み、到着。

思っていたほど小さな集落ではないようで、隣は高校なのでした。

そしてそこから鍵を持っている人が出てきて、開けてくれたのした。
あの蛇が施された床は、鉄の柵で保護されていました。

全部で4つあるんだよ、と鍵を開けてくれた若者たちが言いました。
あ、これこれ。
入り口に一番近いところに、写真でみた蛇がありました。
思っていたより小さいものでした。
細工がとても細かいのです。

モザイクのようですが、モザイクとも違うオプス・セクティーレという技法で、細かく切った色大理石を組み合わせて描いた蛇などの図があるのです。

ほかの3つ。
別なパターンの蛇。

ライオン。

最後の一つは、大分欠けています。

そもそもは10世紀にギリシア人の修道士が庵を結んだ場所で、11世紀末から12世紀初頭にカラブリア伯の寄進によってベネディクト会の修道院が建てられました。

17世紀にはアルバニア移民のために学校として使われ、その際に鐘楼や玄関間などが取り壊されてしまったそうです。

主祭壇。







中庭というか裏庭に出る出入り口。





独り占めでゆっくり見せていただき、お礼を言って外に出ました。





この日は、とても寒い日でしたが、晴れていてよかったです。
タクシー運転手のシニョーラは、去年も寒波は来て山に雪が降ったけど
今年は11月に寒波が来てからずっと寒くて、
こんなに寒さが続くことはめったにないのよ、と言っていました。
この寒波は、このあとナターレまで続きました。

それから、彼女の住んでいるまちや、他のまちのことをいろいろ聞きました。
ビザンチンの教会があるまちがいくつもあるそうで、いつか行ってみたいと思いました。
コゼンツァの駅で降ろしてもらい、次の目的地に向かいました。

州別シリーズ、ピエモンテの3分の1を終えたところで、次はずうっと南下して、カラーブリアについて書きます。
少ないです。

1.コゼンツァ
2.サン・デメトリオ・コローネ
3.スティーロ
4.トロペーア
5.パオーラ
(6.レッジョ・ディ・カラーブリア)

以上。
レッジョは州都ですが、人口18万ほどですし、ここを載せないと寂しく終わってしまいそうなので含めて書くことにします。

カラーブリアの1.は、コゼンツァです。

2度訪れていますが、最初は’07年夏にソレントからシチリアまで行くのに、途中で1泊することになり、とりあえずこの辺りでとこのまちを選んで宿を取ったのでした。
ちょうどフェッラゴストの時期だったので、まちは閑散としていて、店も閉まり、暑いし、ちょこっと散歩しただけで終わりました。

ドゥオーモ

結婚式が行われていました。



食事ができる店を見つけるのも大変な状態で、宿に人に開いているところを聞いてなんとか食べることができました。

2度目は’17年12月。
この時は、一人で「イタリア古寺巡礼」の本に出ていたサン・デメトリオ・コローネのサンタドリアーノ教会や、メルフィ(バジリカータ州)の洞窟壁画などを観る旅をしました。
サン・デメトリオ・コローネに行くための足掛かりとして、コゼンツァに宿を取りました。

駅がきれいになっていてびっくりしました。

宿からの眺め。

1人で、ただ泊れればよいだけの宿だったのに、広くてびっくり。
キッチンまでありました。



食事を兼ねてまち散歩に出たら、これが’07年に泊まったのと同じまちなのかと驚くほどにぎやかだし、それなりに都会なのでした。

ナターレの飾りがきれいでした。









バンドの演奏もやっていました。



夏のバカンスシーズンでもなく、冬のナターレの時期でもない普段のときを見てみたいと思ったまちです。

'04年に白トリュフ祭りに行った時があまりに楽しくて'06年にまた行くことを決め、祭りや宿のことをいろいろ検索していたときに、オーストリア在住の日本人Kちゃんのブログにカネッリのアグリトゥーリズモのことが載っていて興味を惹かれ、彼女に問い合わせてみました。

すぐに返信をくれて、宿の名前は教えるけど、連絡や予約は自分でしてくださいとのことでした。(それはもちろんですよね)
それで宿にメールを送って、予約をすることができました。
以来、翌年もその翌年も通うように訪れました。
アグリトゥーリズモのことは次回まとめて書くことにして、今日はカネッリのまちのことを書きます。

カネッリのチェントロの方にある、スプマンテの大手業者、Gancia。

ここの創始者カルロ・ガンチャが、フランスのシャンパーニュ地方から2年間の留学を終えて帰国し、アスティ地方のマスカットから始めて造り出したのがスプマンテです。
マスカットの華やかな香りとやや甘口の爽やかな風味を持つスパークリングは、またたく間にこの地方を代表するスパークリングとなったのだそう。
この日は、日曜日で機械は止まっていましたが、見学と試飲はできました。私たちの他にも、大型観光バスでミラノからのイタリア人団体が見学にきていました。



試飲コーナー

2つ目は、ボスカという小ぶりのカンティーナ。
こちらも、スプマンテを中心に作っているカンティーナですが、ガンチャよりはずっと小さく、クラシック式、しかも手回しで作っているところです。





1831年創業だそうで、その頃の一番古い熟成庫は、現在のそれの下にあり、何が原因か地下に水が出て、100万本のヴィーノがだめになってしまったのだそうです。
その地下の惨状の一部が、見学コースに模型で作ってありました。
ユネスコが資金援助して、この地下セラーを存続させようとしているらしいのです。

宿泊のアグリトゥーリズモでもヴィーノを作っています。
すぐ近くにも1軒、見学・試飲のできるカンティーナがあります。



カネッリのまちには、お菓子の工場もあります。
アグリのご主人がここからバターなどを購入しているようで、顔パスで中に入って見せてもらうことができました。





週2回市も立ちます。





ちょっと暮らしてみたら楽しいだろうなあと思えるまちです。

自分でも、そこどこ?というか、ゴルゴンゾーラ工場に連れて行ってもらったなあ...あれはどこだったのかしら...と調べて、そこがカヴァリエットというまちだと分かったのでした。

'07年3月のことです。
カネッリの馴染みのアグリトゥーリズモに滞在中に、滞在客がその工場を観に行くけど一緒に行く?とアグリのご主人と滞在中の私とKちゃんに声をかけてくれて、みんなで出かけたのです。

その女性と言うのが、イタリア人だけど少女の頃に家族で南アフリカに移住して、イタリアンレストランを経営している方で、
南アのイタリア料理界の重鎮になっているようで、店は子どもの世代に任せ、南アでイタリアのチーズを作ることにチャレンジしようとしていて、その研究の一環として工場に連絡を取り見学させてもらえることになっていたのです。
カネッリからはだいぶ北の方に有り、すごく早起きして出かけました。

8時半頃にゴルゴンゾーラ工場に到着。既に、ミルクを運ぶ車は着き、ほとんど工場内に入れ終わったようでした。ちゃんと、専用車です。

ロンバルディア州とピエモンテ州、ヴェネト州にまたがる限定された地域で産する牛乳から作らないと、ゴルゴンゾーラと呼んではいけないそうで、世界のあちこちで、同じ製法で作って、ゴルゴンなんちゃらという名称をつけることも違法なのだ、というようなお話をお聞きした後、靴にビニールのカバーをつけて、工場の中に入りました。

さすが、食品工場。清潔で、余計なものは何もありません。

この後のことはこちらで報告しているので、興味のある方はご覧くさい。
https://www.beach.jp/circleboard/ac48590/topic/1100048827196?sortList%5BsortType%5D=2

↑に載せなかった写真を少し載せます。
皆黙々と自分の仕事に励んでいるのが印象的でした。


かなりの重さのものを持ったり運んだりするのでなかなかの重労働だと思いました。

女性もいました。



熟成庫です。
すごい量! ゴルゴンゾーラ独特のカビとチーズの混じった匂いがします。
(大好きなので、口内に唾液が溢れて)

熟成を終えるとこのサイズで出荷するので

こんな器具でカットしていました。



見学した私たちこの大きな包みを1人に1つプレゼントしてくださいました!
そしてもう1ついただいたゴルゴンゾーラ用のナイフ。

今でも持っているのですが、日本で買うのはもっともっと小さいサイズなので、なかなか使う機会がないのが残念です。

'08年夏に行きました。

オローパは、「ピエモンテとロンバルディアのサクリ・モンティ」というくくりで世界遺産に登録されているうちの1つのサクロ・モンテ(聖山)があるところです。

山の中に複数の建物を作り、聖書の物語を絵や彫刻で順に再現し、これを巡って行くことにより信心を深めるという目的があるのだそうです。ここのサクロ・モンテには、12の礼拝堂があり、マリアの生涯が描かれています。

小ぶりのラ・キエーザ・ヴェッキア(古い教会)と大きなラ・キエーザ・ヌオーヴァ(新しい教会)があり、それらを含めてサントゥアリオ・ディ・オローパ(聖地・オローパ)と言うのだそう。

このサントゥアリオ・ディ・オローパについて検索すると大きなラ・キエーザ・ヌオーヴァ(新しい教会)を中心にした広大なエリアの画像が出てくるので、これが世界遺産なのだろうと思うのでしょうが、価値があるのは、どうやらサクロ・モンテの方と、古い教会らしく。

山の中にあるので、夏は涼しくていいかも、ということとお天気がよければ、山の景色も美しいかも、という2つの理由で出かけることに決めました。調べれば、宿泊施設も高くないし。(巡礼者用ですからね)

ビエッラからバスに乗ると、ぐんぐんと山道を登ります。お天気がいいので、いい気持ち!



着いたのは夕方5時半頃でしたが、たくさんの観光客がいて、観光バスもたくさん。ああ、これが世界遺産効果なのだと思いました。

なんだかイメージ的には「善光寺」。たくさんの巡礼者が来て、そのための土産物屋や、食堂があったりして、「門前町」なんて言葉も浮かんできてしまいました。

教会の中やサクロ・モンテの見学は翌日に回すことにして、少し部屋で休んでから外に行くことにしました。部屋はこんな感じです。

6時半ごろに外に出ました。さすがにもう日帰り観光の客足は引き、ゆったりと敷地を歩けます。

こちらが、古い教会。

左側から見ると、なんと大きな岩が、教会にめり込むように見えています。

翌日中に入って、どうなっているのか確かめてみようと思ったのに、すっかり忘れてしまって。

新教会



山を背負っていて、その向こうに日が沈むので日陰になっていて、写真は翌日撮ることに。だんだんと夕暮れてきました。
建物に明かりが灯り始め、空も夕暮れから夜へ。





前夜、早めに寝たからか、夜中2時ごろに目が覚めました。せっかくなので、外に出てみました。
夜気は、ヒヤッと寒いぐらい。何しろまちではないので、満天の星!そしてビエッラのまちの灯りも!
写真に撮りたいと思ったけど、私のカメラでは無理でした。
あの素晴らしい星空は、私の脳内にだけ取ってあります。

さて翌朝。部屋からの眺めがこうです!

山は朝日に照らされていますが、まだ新教会の天辺には当たっていません。
朝食前に刻々と変わる光を見に、散歩に出ました。
途中の門のところに、日が当たってきました

新教会にも。

でも中にはまだ入れませんから、先にサクロモンテへ。
サクロ・モンテには、こんな感じで礼拝堂が建っています。



下から順に、マリアの誕生から戴冠までを12に場面に再現しているそうですが その程度しか知らずに近付いてみると、ドアは固く閉ざされています。あら?中に入れないの?と窓を見れば、窓には金網が...。なーんだ...と中を覗いてびっくり。

内部空間全てが絵と人形で描かれた場面の展示スペースとなっているのです。金網の目にレンズをうまく潜り込ませて、
カメラをしっかりと固定し、ノーフラッシュ、セルフタイマーで撮ると

意外にきれいに撮れるではありませんか。

楽しくなって、順に辿りながら半分まで、次々と写真を撮りました。でもお腹が空いてきたし、教会も見たいし、ということで残りは後で続きをみることにし、教会へ向かいます。なにしろ観光客が押し寄せてくる前に、見てしまわないと。



まずは古い方のキエーザ・ヴェッキアへ。

古いフレスコ画は、かなりの部分が剥がれ落ちていますが、見えている部分はきれいです。

ここには、黒いマリア像が祀られています。言い伝えによると、4世紀、オローパでのキリスト信仰の創始者とされているヴェルチェッリの司教であった聖エウゼビオがエルサレムで見つけた、聖ルカが彫ったとされる木彫りの聖マリア像を持ち帰って、ここに祀ったのだとか。

新教会キエーザ・ヌオーヴァに向かいます。

グループで訪れている若い人たち(宗教関係のグループのようでした)が、体操したり、歌を歌ったり。

扉が開いて入れるようになりました。

こちらにも黒いマリアが。

キエーザ・ヌオーヴァは、デーンと大きくて、妙にきらびやかで
あまり好きではありませんでした。

この後、朝食を撮り、ビエッラの街までバスで出かけました。本当は観光するつもりだったのですが、観光案内所で地図をもらって出たら、向かい側がスーパーマーケット!
実はユーロ高だから(この当時もそうだったのです)節約したいという思いがあるところに、宿泊に19€プラスすると、指定レストランで2食付にできると聞き、それを選んだのですが、ダイエットにいいような質素な食事だったのです。
巡礼者用とはそんな程度なのですね…ということで普通に美味しいものに飢えていました。
つい入ったら美味しそうなものがいろいろあり、すぐ食べられるパスタや、野菜、ジュースなどを買ってしまって観光する気はすっかり萎えて...

ええい!宿に戻ってのんびり部屋ご飯だ、と思って戻ったら、部屋に着いた途端、雨が降り出しました。朝はあんなに天気がよかったのに...
本当にお天気運が良くて、旅先で傘を差すことはほとんどないのです。

ここに来る前に立ち寄った小さな村の人々が、口々に「あそこはいつも雨が降っているから...」と言っていたのを思い出しました。それにしちゃあ、前日の夕方といい、この日の朝といい、本当にいい天気だったのですね。

窓から、観光に来た人たちを見ていると、寒くてフリースや合羽を着ている人たちがたくさんいます。

ああ、泊まってよかった、朝のうちに見ておいてよかったと独り言。
(2泊して中1日を観光と言うか見学にあてていました。)

昼食を摂り、昼寝をして、ついでにちょっと部屋でお絵かきなんかして。
そしたら、雨が上がったので、サクロ・モンテの後半見物に出かけました。

ここでしたことといったらこれだけなのですが、やはり泊まってゆったりと見られてよかったと思いました。日帰りで来て、雨に打たれながら教会の内部だけ見ても、信心の無い私には、ありがたみもないですから。

ここで一番心に残っているのは、写真にはない夜中に見た満天の星空です。
あんなに美しい星空はそうそう見られるものではありません。
忘れがたい思い出です。

ピオッツォにあるクラフトビールの醸造所バラデンの宿、カーザ・バラデンに2泊したのですが、その後トリノに向かうのに時間がちょこっとあるのでレセプションで近くに見所がないか聞いたら教えてくれたところです。
2つ教えてくれて、そのうちのモンドヴィは、眺めが素晴らしくまちがなかなかな素敵で、ヴィコフォルテはサントゥアリオ(至聖所)のクーポラに上るのが面白いのだそう。
クーポラに上るのはガイデッド・ツアーになっているとかで、その時刻を調べてプリントアウトもしてくれました。

時間的に両方行くのはきつかったのでモンドヴィをパスしてヴィコフォルテに向かいました。
(いつかチャンスがあったらモンドヴィを訪れてみようと思います。)

ヴィコフォルテのサントゥアリオ。
両側が、鐘楼です。

さっそくツーリストインフォ兼チケット売り場へ。
11時からのツアーがあるはずだったのに、この日はなぜか11時半。
ひとまずチケットを買い、それまでとりあえず普通に見学。

名称は、ナティヴィタ・ディ・マリア・サンティッシマ聖堂(Basilica della Natività di Maria Santissima)、
1596 年建設開始、1731 年ドーム建設、1880年に国宝に指定されたのだそうです。
このクーポラは、世界最大規模(長軸 37.15m,短軸 24.80m,高さ 16.60m)なのだそうです。

中に入ってみました。
これが楕円形のクーポラ。

上の写真のクーポラの天辺の小さな楕円形クーポラ。
ツアーではそこまで上ることができるのです。

クーポラに上るガイデッド・ツアーの集合場所は、チケット売り場。
奥にロッカーがあって、バッグなどの持ち物すべてを入れます。
カメラは、首から下げられる人は持参OK。
スマートフォンには首から下げるケースを貸し出していました。(無料)

その後、不織布のシャワーキャップ型のものを被ってからヘルメットを被り、
ハーネスを装着します。
そして説明を受けます。
見本の鉄骨や梯子があり、鉄骨のくぐり方、
梯子への安全器具の取り付け方を聞きました。
そしていよいよクーポラへと向かいます。

こんなところや

こんなところ

そしてこんなところも通って、

途中の景色を眺めたりしながら



上に辿り着きます。



真下を見ればこんな感じ。

改めて聖堂を見ると、

あの天辺の、クーポラの上のクーポラとでもいえるようなところまで上ってきたのだということが分かります。

なかなかよそではすることのできない楽しい体験でした。
インフォの入り口。

煙となんとかは…の類の高いところ大好きな方には超お薦めです。

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