ぐら姐のよくばりイタリア

イタリアにはまってかれこれ25年。イタリア人て面白い、から始まって、イタリアは美味しい、イタリアは美しい、イタリアの田舎が素敵、イタリア美術や建築も面白い…とずぶずぶ深みにはまっている私「ぐら姐」のイタリアなんでもありのブログです。

カテゴリ:州別 > カンパーニア州

スパッカナポリ散歩の続きです。

まあ。若かりし頃のアラン・ドロンではありませんか。
美しいですねえ・・・
実は、このポスターのあった店のウィンドウに、素敵なものを見つけてしまって。
それは素敵な、だけどおもちゃのようなアクセサリーなのです。
おもちゃのようなのに、なんとエトロ製で、エトロにしたら安いけど、
おもちゃのようなアクセサリーにしては高いという、微妙な製品。

二人で、あれこれ言いながら、店内に入って見せてもらうことに。
見せてもらったら欲しくて、買っちゃうのは分かっていつつ・・・
で、買っちゃいました。
写真は部屋で撮ったものです。

ね、おもちゃみたいでしょ。
それでいて、アクリルのリボンのところの柄や色がエトロっぽくて。
ピアスとセットです。
MMさんも、ちょっと違うけど似たタイプのものを買いました。
そしてさらに散歩。
こんなところで結婚アルバムの撮影をしていました。
おっきなババが飾ってある店。
ほんとは、もっと左に巨大スフォリアテッラも飾ってあるのだけど、
その写真にはMMさんが大きく写っているので載せられず。
当然彼女は、ここで我慢することのできない好奇心の持ち主なので、
小さなババを買って味見したのでした。
お昼は、ピッツァ。
ダ・ミケーレは待っている人たちがいっぱいだったので、
すぐ近くのトリアノン・ダ・チーロに行きました。
モッツァレッラ・ディ・ブーファラのマルゲリータと、チーズ無しのマリナーラ。
半分ずつ分けて食べました。
美味し~い!とナポリ・ピッツァ初体験のMMさんが喜んでくれて、本当によかった!
彼女は、今でもナポリ楽しかったね~、美味しかったね~と言ってくれて、
ちょっと慌しいナポリ滞在だったけど、行ってよかったと思います。

この後ローマに向かい、MMさんはローマ2泊で、久々のローマ観光。
(高校生のときに訪れて以来とのことなので○十年ぶり)

私は、空港近くに1泊して帰国しました。
’14年の初夏の旅、これにておしまいです。

サンテルモ城に行きました。
辿り着く前にMMさん、グラニータにちょっとそそられてお買い上げ。
味は・・・まあこんなものでしょう。
シチリアが懐かしくなりました。

サンテルモ城に入りました。
真ん中を真っ直ぐに通る、スパッカナポリ。
遠くが霞んではいましたが、とりあえず眺めを楽しみ、
外に出たところで、ちょっとカメオ屋さんに寄りました。
作り方やいろいろな貝(色が違う)を見せてもらいました。
MMさん、お姑さんに1個お買い上げ。
私も釣られて小さいものを買ってしまいました。

フニコラーレでまた下におりました。
ごった返す安売り店。
それから、サンタ・キアラ修道院のキオストロへ。
続いて、スパッカナポリを歩きました。
おもちゃみたいな、安~いアクセサリー屋さんで、
かわいいブレスレットやピアスがあるのに、MMさん大感動。
もちろんお買い上げ。
上が、猫。下がフォーク。
どちらも5€。
今思えば、私も欲しかったな。

サンタ・ルチア地区の散歩です。
卵城
もう夕暮れ。
6月中旬なので、このぐらい明るくてももう8時近くです。
さあ、晩ご飯を食べに行かなくちゃ。

同行のMMさんが、初ナポリなので彼女のガイドのようになってしまいましたが、
私もそれだけのためにナポリに行く気になったわけではなく、
美味しいトマトソースのパスタを食べるという目当てがあったのです。
こんななんでもない店なのに、以前ここで食べた味が忘れられず・・・
きました!
うふふ。やっぱり美味しい!
MMさんは魚介のリングィーネ。
そして前回、指をくわえてよそに運ばれるのを見ていた、野菜のフリット。
もう1つ。これはシラスの掻き揚げのようなもの。
満足して、お腹がいっぱいだったので、ホテルまでぶらぶらと歩いて帰りました。

カロヴィーニョ発12:05に乗り、バーリで高速列車Frecciargentoに乗り換え、
さらにカゼルタで乗り換えて、ナポリに17:00着。
なんとすべて定時運行で、奇跡的!と思えるほど。
やればできるじゃないか、トレニタリア!
(やらないことが多すぎ・・・)

駅から比較的近いところだけど荷物があったのでタクシーに乗りました。
定額で、近くても港の方まででも20エウロだとのこと。
乗っていたら行き過ぎたようで、戻ることになりました。
ホテルは、右側にあるのに中央に分離帯があって、戻ると簡単には右側に行かれず、
結局かなり駅近くになって、分離帯が切れているところで、
ほんとはいけない場所なのに強引にUターンして右側に行っちゃいました。
私とMMさんが「えーっ、こんなとこで~~~」と言うと、
運転手氏「これがナポリだよ!」とウィンク。
はい、ナポリに来た実感が早速湧きました。

さらに、お宿にチェックインしようとしたら、
レセプションのお兄さんが、
「部屋に水が溢れて、今閊えない状態なんだよ、
うちのチェーンの近くのホテルに予約を入れておいたから案内するよ」と
二人分の荷物を持ってゴロゴロと。
水が溢れて使えない話が本当なのか、
なぜ別の部屋の人でなく私たちの部屋なのか、
(満室だから他の部屋には移動できないって言われたのです)
本当に同等のホテルなのか、
全然分からなかったけど、この手のことはこれ以上がたがた言っても、
ナポリであることを考えれば時間の無駄と思われたので、
すんなりと受け入れました。
移動した先のホテルも思ったより悪くなかったので、まあよしということで。

宿に荷物を置き、早速まち散歩に出ました。
初ナポリのMMさんを案内して、夕方18時近くから翌日午後までの
短時間でのナポリ巡りです。

バスが便利なので、1日バス券を購入。
まずはヌオーヴォ城へ。
ウンベルトⅠ世のガッレリアへ行き、
中央のモザイクのMMさんの星座のところで写真を撮ろうとしたら
自転車を乗り回している少年たちが、イエイーイって感じで入ってきたので
一緒に撮りました。
名物の店でスフォリアテッラを買って食べ、
老舗カッフェ、ガンブリヌスでカッフェを立ち飲みし、
プレビシート広場へ。
そしてサンタ・ルチア地区へ向かいます。

サン・マウロ・ラ・ブルーカのアグリに2泊して、
もうローマへと発つ朝がきました。
朝食後、マウロの車に乗せてもらうまでの間、アグリの外や中を撮りました。
寒いけれど、いい天気です。
猫も犬も日向ぼっこ(見えますか?)
アントーニオが作った造語
Cilento(チレント)とCibo(食物、食材)とをかけて、
Cibo lento(=Slow food)
lientoとあるのは、方言らしいです。

10:41発の列車なので、10:10に出ようと言われました。
ロマーノオジチャンだと、10:20でいいねと言って、
結果は10:25に出て、ぎりぎり飛び乗るというパターンになりそうだけど
マウロは堅実です。

夏に来るとゲストでいっぱいになるダイニングルーム。
車に乗りました。
またね、プリスコ!
大晦日はすごいチェノーネをやったらしいので、
今度の冬はここでもいいかな、なんて。
↑の下の方に見えている黒い鉄の箱でポルケッタを作ったのだそうです。

ピショッターパリヌーロの駅まで送ってもらい、
ちょっと時間があったので、マウロがカッフェをご馳走してくれました。
そして列車が無事にやってきて、バーチでお別れ。
2泊だったけど、のんびりできてよかった。
でも、もっともっとのんびりしたい、と思いながら列車に乗り込み、
ローマへと向かいました。

途中の車窓から。
サレルノで早い列車に乗り換えです。
数年ぶりのサレルノ駅が新しくなっていてびっくり。
駅の外には出なかったので駅舎がどのようになっているのかは分かりませんが、
通路に、アマルフィ半島にある陶器のまちヴィエトリ・スル・マーレのタイルが!
床にも
壁にも
以前このまちを訪れ、このシリーズの絵柄の陶器を買ったので、
とても懐かしい気がしました。
http://www.beach.jp/circleboard/ac48590/topic/1100098360849

フレッチャ・ロッサに乗り換えて無事ローマに到着しました。
(チレント編終わり)

ムゼオの続きと言うか別館に向かいます。
途中にあった教会。
ちょっとよさげな雰囲気でしたが、閉まっていました。
別館の中に入りました。
ここでは、これが一番素敵でした。
全部見終えて、帰ります。
村の入口の近くの木には、箱がたくさん飾ってありました。
クリスマスの飾りって、1月6日までは飾っているのです。
帰りの車の中でトニさんは熱く語っていました。
このロッカグロリオーザには、廃屋が何軒もあり、それを宿に改装して、
この村全体をリゾート村のようにして、観光客を呼びたいのです。
話によればチレント地方は、イタリアでも一番と言っていいぐらいのご長寿エリアで
それは、この地域の食べ物と空気の良さによるものなのだそう。
それをアピールして、観光客にこのエリアの食材を食べさせ、
景色や遺跡を見せたいのだそうです。
トニさんの計画が進むといいですね、などと話して別れました。

アグリに帰り、少し休んで晩ご飯。
お豆のパスタ。しみじみと美味しい。
この辺りの固有品種、ピショッターナ種のオリーブオイル。もちろん自家製です。
サルシッチャとチコリアのソテー(多分)
ドルチェは、撮り忘れました。
リンゴのトルタでした。

部屋に戻って、眠りに就きました。
あと1泊してもよかったなあと、今回の日程をちょっぴり後悔しました。

公立(市なのか町なのか村なのか、イタリアのコムーネはいろいろです)の
考古学博物館に入りました。
とても小さな博物館です。
管理人は、役所の仕事と兼ねていて、
遅い午後からでないとここを開けられないのだとか。

午前中に見た紀元前4世紀の墓からの出土品などが展示されています。
男性の墓(紀元前400~390年ごろ)から出土したもの。
この壺の取っ手がカワイイ。
ここの目玉は、女性(王女と彼らは言っていました)の墓から出土したアクセサリー類。
蛇が付いている腕輪
こういうのを発掘するのはワクワクすることなのだろうなあなんて思いました。
後はいろんな考古学博物館で見られるようなもの。
見終えて外に出ると、まだほかにも見どころがあるのだそうな。
村の中を歩いて少し上へと向かいます。
イタリア小さな村の物語に出てきそうな雰囲気です。
小さな礼拝堂に入るようです。
サンタンジェロ礼拝堂という名前でした。
ここも管理人が鍵を開けて入る
のです。うわあ・・・
中に入ってびっくり。
とても小さな礼拝堂なのですが、フレスコ画で覆われているのです。
祭壇には、最後の晩餐の絵。
芸術作品というよりは、素朴な信仰の場という感じの、
この小さな礼拝堂に入ると本当に敬虔な気持ちになるような空間でした。

床のタイル。
灯り。
これは、ものすごい音を出す装置で、何やらお知らせするのに使うらしいです。
外に出るともう日が暮れかけていました。
でも、まだムゼオの続きがあると言うのです。
どうやら村の既存の建物をムゼオにしているため、
2か所に分けて展示しているようなのです。
というわけで、さらに上に上って行きます。
(今日はもう時間がないのでまた次回)

昼食の後は、カステッロに行きました。
この日は雨だったのですが、山の方では雪が降ったようで、
うっすらと白くなっていました。
途中で羊の群れがいたので、車を停めてもらって、写真を撮りました。
美味しいチーズができるのでしょうね、なんて思ったりして。
カステッロへの登り口で車を停めて、ここらは歩きます。
かわいらしい花たち。
5分ほどで着きました。
カステッロは廃墟です。
ここは、カステッロが見どころと言うよりも、眺めが素晴らしいのだそうです。
残念ながらこんな天気だったので、あまり遠くまでは見渡せませんでしたが、
正面の山の左右に、2つの海(サレルノ湾とサプリがある湾)、
そしてサプリの向こうには遠くバジリカータの山やカラブリアが見えるのだそうです。
そして、彼らが私に一番見せたがっていたムゼオのある
ロッカグロリオーザへと向かいます。

まだ開いていないので、ちょっとバール前で待つことに。
15分ほど待ったでしょうか。
やっとムゼオの管理者がやってきました。
いよいよ中に入ります。(つづく)

このアグリトゥーリズモは、カンパーニア州のチレント地方、サン・マウロ・ラ・ブルーカというところにあります。

到着翌日、実質的にはこの日だけが丸1日過ごせる日です。
早く目が覚めましたが、朝食は8時半。
それまでは部屋でおとなしく過ごします。
でもテレビもあるし、wi-fi接続もできるので、退屈はしません。
夜明け前の空。
朝食に下りていくと、暖炉に火が入っていました。
自家製のトルタ。
このヨーグルト、とっても美味しかった!味が濃厚で。
ちゃんと拘って選んでいるのだと思います。
パンもジャムも蜂蜜も自家製で、種類は少なくてもリッチな朝食。
朝食を出してくれたのも、昨夜と同じ長男のマウロでしたが、
私を今日連れ回してくれるのは、三男のアントーニオです。

彼は、少し前までミラノで働いていましたが、結婚するので故郷に戻り、
平日はミラノでやっていたのと同じグラフィックデザインの仕事をし、
週末は実家でピッツェリアをオープンしたのだそう。
この日は金曜で、アントーニオが明日の仕込みのためにもう働いていました。
ああ、残念。もう1日ずれていればこれも食べられたのに…
日程を決めたのは私なので、仕方がありませんが、
彼のピッツァは本当に美味しいのです。
初めての時に、一族郎党が集まってピッツァパーティーをやり、
私もご馳走になったのです。(当時は実家で暮らしていました)

写真を撮り逃しましたが、マウロの子どもたちが、
お姉さんの旦那さんと出かけていくところを見送りました。
前回訪れたときにまだ赤ちゃんだった末っ子、
お祖父ちゃんと同じロマーノなので、ピッコロ・ロマーノと呼んでいた子が、
もう8歳になり、とっても大きく(横にも)なっていてビックリでした!

マウロの奥さんとも久しぶりに会って、挨拶を交わしました。
彼女もとっても料理上手なのです。

この日は、小雨が降る寒い日で、
ワンコも丸まっていました。
準備ができたよ~とアントーニオに呼ばれていくと、
彼と組んで一緒に新たな仕事をしようとしている
トニさんという男性もいるのでした。
それについて、こんなところに出ているので、よろしかったら見てみてください。)
http://crea.bunshun.jp/articles/-/11742
彼らはチレントがどんなに素晴らしいところか私に見せようとしているのでした。
(私はここでは食べてばかりで、あとは夏に海辺に行っただけなので…)

車に乗って、トニさんの彼女の家に寄り、彼女も合流。
3人で私を案内しようというのでした。

ここは、紀元前4世紀のこの辺りの王女の墓なのだとか。
雨なので、車から見ました。
そして、この墓から発掘された埋葬品などが、
ロッカグロリオーザというまちの博物館に展示されていて、
それが見事なので私に見せたいと思ったのに、行ってみたら閉まっていたのでした。

どうしても見せたいと思う彼らは、近くのバールに入り、
管理人の連絡先を訊いて連絡していましたが、遅い午後でないと開けられないそう。

ひとまず次に行こうということで、また車で移動し、
この辺りの伝統料理を出す店に早めのお昼を食べに行くことになりました。
入ると、まだ準備中なのに、座らせてくれました。
素敵なお店です。
素敵な老シニョーラが、この店の女主人です。
(その後ろにいるのがトニさん)
ここで賄飯を食べ終わったばかりのようでした。
トニさん、アントーニオが老シニョーラとチレント地方の料理の話や
この店のことをあれこれ話し、
チレントらしい料理を見繕って出してもらうことになりました。
出て来た料理の数々。

ヒヨコ豆のパスタ
赤インゲン豆(?)のパスタ
辛い調味料(名前は不明)
トマトソースのニョッキ
そしてトマトソースのラヴィオリ(中身はリコッタ)
どれも美味しいのですが、一緒盛りの容器から取り分けるその量が
皆1人前ずつぐらいあるので、
プリモ4種でもうお腹がすっかり一杯になってしまいました。
さすがのイタリア人3人もお腹一杯のようで、注文の仕方を間違えた…という表情。

そこへセコンドの1皿目登場。
ポルペッティ(肉団子)、サルシッチャの煮込み、肉と野菜の重ね焼きのようなもの。
ここで、堪りかねたトニさんとアントーニオがストップをかけました。
というわけで、コントルノのポテトまでは出ましたが、
次のセコンドは無しに。(よかった…)
ドルチェも無理…と言ったのに、これはクリスマスのお菓子だからと出てきました。
(前夜のストゥルッフォリとこれとがあるらしいです)
そして自家製の食後酒3種。
私は、ミルツァという緑色のをいただきました。
もう、お腹がパンパン…
車に戻って、次の目的地へ向かいました。(つづく)

シラクーザを7:32に出たICは、14:18着の予定でしたが、
なんと14:16に到着しました。
迎えに来てくれたロマーノおじちゃんもびっくりしていました。
早く着くこともたまにはあるんですね~

久しぶり~ という感じでバーチ。
車に乗って30分ほどで着きました。

'02年に初めて訪れてから、けっこう続けて4回訪れて
なんとなく馴染みのようになってしまったアグリトゥーリズモ・プリスコ。

初回は、1月下旬でした。
こんな時期にイタリアに行けたのは仕事だったからで
(後にも先にも仕事で行ったのはこれっきり)
ここには、仕事の合間の一休みということで3泊したのです。

客が私一人だったので、同じ建物内の自宅の方で食事をさせてもらい、
いっぱいお話してもらい、仕事の合間のはずだったのに、
仕事がらみのところを見せてもらうためにあちこち連れて行ってもらい、
初回ですっかり親しい感じになりました。

ここのご主人ロマーノおじちゃんから、
このところずっと来ていないけど、うちにもおいでよ、
と夏にfacebookにメッセージが来たのですが、
既に予定が決まっていて日程がとれないと返事をしたのですが、
秋に、冬こそは来るんだろ?ってまたメッセージ。
2泊がやっとだけど、せっかくお誘いをいただいたので行くことにしたのです。

ああ、部屋からの懐かしい景色。
奥さんのリタにご挨拶。
ロマーノおじちゃんもですが、すっかり年取って、小さくなってしまった印象。
初めての時から15年も経っているのだから無理もありませんが、
淋しい気持ちになりました。
リタは、膝が痛くてキッチンに立つのがやっとなのだそうです。

2回目以降の滞在の食事は、いつもゲスト用のダイニングルームでしたが、
この日の昼は、自宅のキッチンでリタが作ってくれました。
遅い昼なので簡単にパスタだけ。
トマトソースのシンプルなパスタだけど、しみじみ美味しいパスタです。
ここはいつもお替わり自由なのが嬉しい!

チェファルーからずっと持っていた
フィアスコナーロのパネットーネをお土産に差し上げました。
一緒に食べられるだろうと思ったのですが、
この後最後まで彼らに会うことはなかったので、
(アグリは息子たちの代になっていたのです)
一口も味見することができませんでした…

懐かしい部屋。
早起きしていたので、部屋でゆっくり休み、もう夜。
8時半なると夕食だよ~と電話があり、ダイニングルームに下りて行きました。
長男のマウロが食事を出してくれました。
他に英語を話すカップルが滞在していました。

プリモは、茸のタリアテッレ
セコンドは、ズッキーニのフリッタータ
コントルノはサラダ
ドルチェのストゥルーフォリは、この地方のクリスマスに作るお菓子だそうです。
これに自家製のヴィーノ、
そしてこの食後酒は何だったか…これも自家製です。

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