ぐら姐のよくばりイタリア

イタリアにはまってかれこれ25年。イタリア人て面白い、から始まって、イタリアは美味しい、イタリアは美しい、イタリアの田舎が素敵、イタリア美術や建築も面白い…とずぶずぶ深みにはまっている私「ぐら姐」のイタリアなんでもありのブログです。

カテゴリ:州別 > ヴェネト州

こここそ、まさにそれどこ?とイタリア人でも言うかも。

訪れたのは'90年代末。
'98年の冬に訪れ、その宿が気に入ったのでその場で夏の予約を入れて'99年夏にも訪れたのでした。
(それ以降は全く訪れていないのですけれど)

そもそもよく一緒に旅をするイプさんが、
ヨーロッパのだかイタリアのだか忘れましたが、
素敵な宿をいくつも載せている本を買い、
ここに泊まってみたいという宿があるのがそのまちだったのです。
当時はファクスかメールで予約を入れていました。

ヴェローナ郊外にある、ブドウ畑の中にある館のアッパルタメント。
https://www.seregoalighieri.it/it/la-tenuta
'98年冬は、私、イプさんともう一人の3人。
'99年夏は、私、イプさん、ペコさんの3人。
フィルム写真をデータ化した者しか残っていないし、数も少ないので、
夏冬ごっちゃで簡単に。

その邸宅は、門から100mぐらい歩かないと入り口に辿り着かないぐらいの敷地にありました。
葡萄畑もヴィーノのカンティーナもある敷地に泊まった建物もあるのです。
部屋の中
夏に行ったときは寝室が2室あり、じゃんけんで私がシングルルームになりました。
自分たちの部屋以外にも座れる場所はいろいろありました。
売店
まどから見える他の建物
葡萄畑
↓ 珍しく棚づくりの葡萄がありました。(食用?)
アマローネと言うヴィーノは、木のラックに入れて乾燥させ、糖度を上げてから仕込みます。
12月末で、まだ干していました。
まち歩きを楽しめるでもなく、結構歩いてバス停があり、
日に何本かのバスがあるのに、切符を売っている店までも遠いのでした。
つまり車で動けないと辛いところです。
でも歩いて行けるところにまち1軒のリストランテがありました。
写真はこれしかないのですが、冬に行った時はメニューがなくて、
親父さんが、えーと今日は、〇〇と△△と▢▢があって…と口頭での説明のみでしたが
夏に行った時はメニューがありました。
そんな店でもとても美味しくて。
車があるなら、是非再訪したいと思います。

’04年5月、白アスパラガスを食べたい一心でバッサーノ・デル・グラッパに向かっているときにバスで通りかかって、気になっていたまちで、’06年冬にパドヴァに滞在したときに日帰りで訪れました。

気になったのは、こんな城壁で囲まれているまちだったからです。

中世に自分たちの街をまもる前線基地としてトレヴィーゾがつくったまちなのだそうです。
1辺が230mという正方形の城壁をもつ小さなまちです。
つまり城壁を1周しても1㎞未満と言う。

門をくぐってまちに入ります。
城門を入って真っ直ぐ行くと、もう反対側の門が見えます。
ナターレの時期なのでイルミネーションのラインが見えますが、
日帰りなので明かりが灯ったところは見られませんでした。
ドゥオーモです。
夭折の画家、ジョルジョーネの生まれたまちで、ドゥオーモにも彼の描いたフレスコ画があります。また、ドゥオーモの隣にある彼の家(この写真の左の黄色い壁の家)の壁面上部には、モノクロのフレスコ画があり、当時の楽器や武具などが描かれていて、興味深かったです。
この絵のことを何も知らずに絵の前に立ちました。
何も知らないのに、不思議に引き付けられ、暫く動けずに絵の前にたたずみました。
ジョルジョーネの「王座の聖母子と聖リベラーレ、聖フランチェスコ」という作品だそうです。

聖堂の名称ともなっている同地の守護聖人リベラーレと、
アッシージ生まれの聖人フランチェスコが描かれていて、
聖母子の姿がかなり高い位置に描かれているのは、
聖母子、特にキリストの神秘性、神聖性を強調するためだと考えられているそうです。

私は、この絵の前に立った時に、聖母の赤い膝掛と聖人リベラーレに特に引き付けられました。
なぜなのかは自分でもよく分かりません。
リベラーレは守護する者として、魔を退ける力を持つ銀の甲冑を身に着け、左腕には正旗を掲げているのだそうです。

もっとよく調べてじっくり見てくればよかったとちょっと公開。
でも、この絵の前に立った時の何とも言えない磁力のようなものに惹きつけられ
動けなかった感覚を今でも覚えています。
小さなまちですので、あっという間に歩けてしまいますが、その割りに、素敵なバールや美味しそうなリストランテがありました。

この日は、なんとも安易な名前のバールが昼と夜に主婦の手料理を出すという感じの店に入りました。
店の前に出してある、本日のメニューがこれ。
なんと均一料金で、プリミ・ピアッティが3.9€、セコンディ・ピアッティが7€。
ピアッティ・ウニチ(単数形ピアット・ウニコ。プリモとセコンドを兼ねるような1皿料理です)が5€と9€。
左下にある、午後18時過ぎからは、コペルト(席料)2€をいただきます、というのが見えるでしょうか。そう、ランチタイムは、コペルトも付かないのです。
いくら17年も前と言っても素晴らしいお値段です。

ここに料理の写真は載せませんが、〆のカッフェのカップが素敵だったので載せます。
まちの名前にぴったりだと思いました。

ヴィチェンツアには、'06年の冬、パドヴァ滞在中に日帰りで行きました。
ご存知の方も多いことと思いますが、
16世紀の建築家パッラーディオの設計した建物や、郊外のヴィッラなどが世界遺産に登録されているまちです。

パドヴァからは、列車で30分ほど。
パッラーディオ通りを、ガイドブック片手にあちらを見たりこちらを見たりしながら、はじめに一番奥にあるテアトロ・オリンピコに入りました。

アカデミア・オリンピアという古典研究学会のような組織に付属する劇場(テアトロ)で、
劇場は、学会の趣意により、古代ローマ時代の円形劇場のスタイルで建築されました。
パッラーディオは、これを設計したその年の夏になくなったので、ここが最後の設計になってしまったのだそうです。 これは、外観です。
テアトロ・オリンピコの内部です。
屋内の劇場ですが、客席の背後に高窓があるので照明がなくても結構明るい空間です。
天井には青空と雲がとてもリアルに描かれ、舞台背景も町並みを1枚の壁にして立ち上げています。
そして、そこに開けられた開口からは、向こうの景色が見えています。ただし、向こうに見えるのは現実空間ではなく、仮想の町並みが続いているような背景の一部が見えているのです。

パラッツォ・キエリカーティ。
パッラーディオ円熟期の建物ですが、建物南側の装飾をした後、工事が中断され、完成したのは17世紀末なのだそうです。
1839年に市が美術品展示の為購入し、現在は市立絵画館となっています。
14〜19世紀の絵画を中心に、バッサーノやヴェロネーゼなどのヴェネチア派作品、ヴァン・ダイク、ブリューゲル等の作品が展示されています。
中には入りませんでした。

ドゥオーモです。現在の姿に増築されたのが、13〜16世紀ごろだそうです。
正面ファサードは15世紀のもので、ゴシック様式によるもの。
ドゥオーモ!というほどの威厳も華麗さも無いのですが、中も同じような印象でしたが、ピンクの大理石がきれいでした。個人的には、パッラーディオのド〜ン!という感じより好きです。
普通、ドゥオーモというと、その前は広場になっていることが多いですが、ここのドゥオーモの正面は狭くて、この角度で、このぐらいに撮るのが精一杯でした。

ただの街角写真

パッラーディオの 最高傑作の呼び声高い「ラ・ロトンダ」
確か、この時は門が閉まっていてズームで撮ったのが最後の写真。
このまちは、私にとってはあまり心惹かれないところでした。

ヴェローナには3度行きました。
最初は'98年の冬、ガルガニャーゴ滞在中に日帰りで行きました。
見たものはガイドブックレベルで、アレーナとジュリエッタの家ぐらいのもの。
フィルムで撮った写真をデータ化したものがあるので載せます。
(もう四半世紀経っているので、顔出ししても友人も許してくれるかな)

アレーナで3人で歌を(小さな声で)歌いました。

ジュリエッタの像のところで写真を撮ろうとしたら、関係ないシニョーレも一緒に写してよと飛び入り。

次は'99年の夏、ガルガニャーゴの宿が気に入って再滞在したときに、
野外オペラを観に行きました。(今写真が見つからないので後日追加)

そして3度目は'14年冬。
一人旅だったので、そしてロマネスクを好きになって以降だったので
わずか1泊でしたがたっぷりと楽しめました。







エルベ広場

ドゥオーモ

雪が降っていました。

サン・ゼーノ・マッジョーレ聖堂。一番見たかったところです。





一番の目当ての入り口のブロンズ扉(この扉は大切にされていて、ここからではないところが今の入り口になっています)



近づいて1つ1つを見るのがとても楽しくて。



冬なので暗くなってくるのも早くて、ナターレの飾りの灯りがきれいに見えてきました。









’14年に訪れた時のことはこちらに詳しく書いています。
https://www.beach.jp/circleboard/ac48590/topic/1100201154920?sortList%5BsortType%5D=2

今度行くなら秋かなあ。
オペラ・オン・アイスを観に行きたいのです。
’20年を最後に開催していないようですが。
https://www.operaonice.eu/it/

トスカーナ、シチリア、カンパーニアと書いてきて(それぞれ半分~3分の1までですが)
4つ目の州はヴェネトにしようと思います。
ヴェネツィア以外にどこに行ったかしら…と振り返ってみると、
自分でもびっくりするようなことがあって。
まずは、訪れたまちを書き出してみます。

1.ヴェローナ
2.ヴィチェンツァ
3.カステルフランコ・ヴェネト
4.ガルガニャーゴ
5.キオッジャ
6.コルティーナ・ダンペッツォ
7.チッタデッラ
8.トレヴィーゾ
9.バッサーノ・デル・グラッパ
10.パドヴァ
11.ベッルーノ
12.ポルト・グルアーロ
13.マロースティカ

このトピックでヴェネツィアは取り上げないので、ここに何枚か写真を載せます。
これはクルーズ船から見た鐘楼とドゥカーレ宮

載せこぼしシリーズ、
今日はウーディネからピアチェンツァへの移動の途中のどうでもいい写真です。
1枚目は、ヴェネツィア・メストレ駅前のバールのトイレの入り口にあった表示。
さすが世界の大観光地ヴェネツィアですね。
いろんな国の言葉で書かれています。
私が分かるのは、上から4つ目のスペイン語まで。
「香水」ってどこの国または地域のトイレのことでしょう。
香港あたりだと「洗手間」と書いてありますよね。

2枚目は、電車の優先席のマーク
イタリアでもこれ以外のいろいろを見ることはありますが、
日本だと、これに骨折などで松葉杖を使用している人や赤ちゃん連れの絵などもありますね。

日本の方がマークの数が多いのは、表示しないと気が付かない人が多いからかな。
イタリアだと、こんなマークがなくても譲ってくれることが多いですね。
近頃はそうでもないのよ、と現地在住の人から聞こえてくることもありますけれど。

これは、遅れ遅れで運行中の電車内の運行表示。
次の停車駅はフェッラーラ、
到着時刻はN/D
遅延時間もN/D
N/DはNON DISPONIBILEのことらしいです。
つまり、見通しがなくて、表示できませんということ。
日本だと、こんなことになったら、もっと親切な表示やアナウンスが出ますね。
イタリアでは日常茶飯事なので、こんなものだし、
客も、またかい…とじっと我慢しているし。

本日は、公共の場の載せこぼし写真3枚でした。

夜は、ちょっぴりお洒落して夕食に。
メニューを観て決めていたお店に直行。
7時では、まだ閑散としています。
パン
プリモは、アジアーゴのトルテッローニ、カルチョーフィとイカのソース
トルテッローニが見えないので、アップを。
中にアジアーゴ・チーズの入った大き目の包みパスタで、
カルチョーフィもイカも好物なので、
メニューで見たときから美味しいだろうと思っていましたが、当たり!

セコンドは、白アスパラガスのバッサーノ風。
茹で卵は、丸ごとのが2個乗っていて、うっかり少し崩してから
あ、写真!と気付いて撮りました。
白アスパラガス10本。卵の茹で加減は抜群。

ヴィーノは、4分の1Lの白のデッラカーサをもらったら、
この店はそこそこの格式の店のくせにに、ヴィーノが味気なくて、
せっかくの白アスパラガスなのに、これではイカン!とプリモの時から思い
仕切りなおしにピノ・グリッジョのボトルを1本オーダー。
最初からこれにしておけばよかった。
気合を入れて店に行くときは、ヴィーノはボトルじゃないと、ですね。反省。

ボトルを入れたにしては、お昼の適当な店より小さなグラス。
いくら安めの価格帯とは言え、デッラカーサと同じとは・・・
この店、味はいいけど、サービスはちょっとちょっとな店でした。
前日の昼の店がとっても感じが良かっただけに残念な感じ。

ドルチェの代わりにマチェドニア
カッフェで〆て、宿に帰りました。

6月はいつまでも明るくて、外はやっと暗くなってきたところ。
さて、翌朝はボローニャに移動です。
安いB&Bでしたが、朝食のサロンはなかなかいい感じ。
自分でカッフェが淹れられるネスプレッソのような機械もありました。
見残したところもあるし、
市場で食材を買って作って食べたいし、
このまちにもまた戻ってこなくちゃ、という気持ちで次のボローニャへと向かったのでした。

まち散歩の写真の続きです。
サン・ニコロ教会。11-14-15-16世紀と表示がありました。
閉まっていましたが、外観だけでもよくみると素敵なところでした。
老朽化して危険だから補強しているのでしょうか。
川沿いの鴨ちゃんズ
カルミネ聖堂は残念ながら閉まっていました。
何時に開くのか、その表示も見つからず。
しかたがないので、部屋に戻り、遅い昼寝をしました。

この旅行の間に、このパドヴァを皮切りに、あちこちで満開のジャスミン見かけました。
ジャスミンの写真を見ると、これからずっと後も、
あの華やかな匂いが思い出され、この旅行のことも思い出すような気がします。

ダルメシアン2匹を連れて散歩中のシニョーラ。
聖アントニオ聖堂に着きました。
聖アントニオは、パドヴァ縁の聖人で、
溺死した女性や、彼の妹の子どもを生き返らせたり、
嫉妬に駆られた夫に刺された妻の傷を癒したり、
切断された若者の足をくっつけたりという
数々の奇跡を行なったとされる人であること、
奇跡は、彼が亡くなっても遺体の周辺で起こり、
そして巡礼者が集まるようになり、
それが今でも、イタリア中から巡礼者を集めているのです。

その聖アントニオの遺骸を納めた棺の他に、
舌だけのミイラが残っていて、
舌だけが残っているのは、聖人の中で彼だけであり
いかに神のことを良く述べ伝えたかを示すと言われているのだそうです。

この日もたくさんの巡礼者が。
観光バスでやってくる人たちも大勢います。

中に入って写真をたくさん撮ったのですが、最後の方になって、
ノー・フォトと言われました。
入り口に表示があったのでしょうか。気が付きませんでした。
せっかく撮ったので、いずれたっぷり時間のあるときに載せることにします。

聖堂の前にあるドナテッロ作「ガッタメラータ騎馬像」(1453年)
高いところにあるので、近付くと上が見えない...
聖堂の近くの店で売られていた、ヨハネ・パウロ2世のフィギュア
高さ20cmぐらいので124€もしていました。

また中心部に戻る途中でパスタのみの昼食。
適当な店に入りました。
ごくありふれたパスタだけど、
グラスでもらったヴィーノの盛り(?)がよくて嬉しい♪
一口グビリと飲んだ後でこの量。
その後は散歩。
つづく。

屋内は、フィレンツェやトリノの市場と同様に、肉屋や魚屋が入っています。
鶏肉屋の店頭にアヒルの風船(?)が。
これ、本当に風船みたいにふわふわ浮いている感じで、
脚がペラペラの紙のようなものなのですが、
底面におもりが付いているのでしょうね。
こんなカワイイのを見ると、鴨肉が食べられなくなっちゃう・・・(ウソ)

こんなサラダバーみたいなお店もありました。
ああ、ここでキッチン付きに3泊ぐらいにすればよかった・・・
(その後のフォリーニョでは、市場を見なかったのです)

久々に、聖アントニオ聖堂も見ようとそちらに向かいます。
気の向くままに小路に入ると、ゲットーのエリアに。
1本ずつ石が違う円柱。
聖アントニオ聖堂に向かう途中にあるサンタ・マリア・デイ・セルヴィ教会にも立ち寄ります。
面白い扉です。
何か大きなものを出し入れするときは、この周りの木の部分も開くのでしょうね。

あら残念。ドナテッロは修復中。
十字架はあるのに、そこに架けられているはずの像が不在。
内部を気の向くままに撮ってみました。
さあ、聖アントニオ聖堂に向かいましょう。つづく。

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