ぐら姐のよくばりイタリア

イタリアにはまってかれこれ25年。イタリア人て面白い、から始まって、イタリアは美味しい、イタリアは美しい、イタリアの田舎が素敵、イタリア美術や建築も面白い…とずぶずぶ深みにはまっている私「ぐら姐」のイタリアなんでもありのブログです。

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ひとつ抜かしていました。アスコリ・ピチェーノに泊まった翌朝のことです。
順番がずれましたが、素敵なお店での朝食だったので、
順番がずれてしまいましたが、載せます。

普通は泊まったお宿で朝食が提供されるか、
好きに食べてねと言う感じで朝食用の食べ物・飲み物が置いてあるのですが、
ここでの宿は、キッチン付きなので、朝食は付かないものと思っていたら、
近くにあるバールで朝食をどうぞ、と食券をいただきました。
という訳で朝一で行ってみたら、
そこはとても素敵な、このまち一番の老舗カフェなのでした。
朝食券をもらっていなかったら、多分入ることもなかったかも・・・
と何だかウキウキと入って行きました。

一流と言われる店や宿は、本当に心地よいサービスをしてくれるものですね。
この店も、気取ったところはまるでなくて、
でも大変気持ちのよい朝食を出してくれました。
オレンジジュース、とっても美味しいものが、たっぷりありました。
カップッチーノも、大変美味しゅうございました。
コルネット、大きなサイズだったのに、あっという間にペロリと食べてしまいました。

素敵なお店だったので、写真を撮ってもよいかきくと、
にっこりと微笑んで、どうぞ、と言ってくださいました。
カップチーノのカップの横に、小さな飴の包みが付いていて、
それを開いて食べたら、あら?この味は!
前日の昼食をいただいた店で飲んだ食後酒の味に似ています。
びっくりしてその包み紙を開いてみました。
そして、ぼうっとしていた3人は一気に目が醒め、
この店の名前もMELETTIだったことを思い出しました。

興味がある方のために酒造とカッフェのサイトを載せておきます。
酒造
Anisetta Meletti :: L'aristocrazia dei liquori italiani, dal 1870

カフェ
Home - Caffè Meletti (caffemeletti.it)

もしかして、酒造がこのカッフェをやっているのかしら、と思ったら
シニョレッリさんが、
Palazzo del Capitaniの隣の建物が通称Palazzo di Melettiで、
この建物に酒造会社があったので、そう呼ばれるようになったと聞いてます。

今、二つのサイトを覗いたら、
カッフェは経営難で一時閉鎖された歴史があるので、
現在のカッフェの経営は酒造会社とは関係がないようです。」

とのことでした。

海辺のお宿での最終日、朝の散歩の続きです。
朝の海、朝の空の清々しいこと!
宿は海辺なのに、遠くには美しい山々も見えます。
さて、散歩から戻り、お宿のビーチで過ごすのもこれが最後です。
波打ち際には、吊るしのビーチウェアや全て1エウロのアクセサリー屋が出ていました。
食材がけっこうあったので、この日は昼も夜も部屋ご飯です。
昼は、前夜の残り物のポロネギバター炒めとサルシッチャのパスタと
トマトたっぷりのサラダ。
ポロネギとサルシッチャは、私は前夜ちゃんと食べたのですが、
小食のイプさんがほとんど食べなかったのです。
ペコさんも、半分ぐらい。
というわけで、見かけは美しくなくても美味しいパスタができたというわけです。
トマトは、アスコリの市で買ったクオーレ・ディ・ブエ(牛の心臓)という品種。
本当に鮮度がよかったのでしょう、月曜に買って、この日は金曜なのに
まだシャキッとしていました。
午後もまたビーチ。
大きいお宿なので、こういうのや
こういうのが、
無料で使えます。
今回は、どちらにも乗りました。
こういうのもあったのですが、
あ、これウィンド・サーフィンです。
これは、やったことがなく、挑戦する気もなかったのでパス。
ペダル・ボートは快適だったし、
オープンデッキのカヤックは、すごく楽しかったです。
漕ぐの大好きなのです、私。

夕方の、エクササイズを兼ねたダンス・タイム
上手い人、上手くない人、だれでも気軽に参加できる雰囲気がいいです。
奥様に付き合って一緒にやっていたシニョーレは、
深くかがむところで、何故か転んでしまい、
何回やっても転ぶので、奥様も、ご本人も笑いっぱなし。
私たちもつい笑ってしまいましたが、一緒に笑える雰囲気も楽しかったです。
シャワーを浴びて着替えてから、またまたアペリティーヴォに行きました。
そして晩ご飯。
お宿の敷地にあるスーパーにこの日入荷したブーファラのモッツァレッラと
クオーレ・ディ・ブエのインサラータ・カプレーゼ。
ラディッキオとルーコラたっぷりのインサラータ
なんと、ここに来る途中にボローニャで買ってきた何種類かのハム・サラミ類のうち、
クラテッロが最後まで残っていたのでした!
そしてこの、訳の分からない美しくない食べ物は、
マッシュルームのバター&オリーブオイルソテー、サマートリュフがけです。
パスタに使った残りがほんの少しだけあったのですが、
チーズおろしでおろしたら、こんなにたくさんでした。

翌朝けっこう早い出発なので、夜のうちにあらかたのパッキングを済ませ、
その後、最後の夜を楽しむべく、テアトロにショーを見に行きました。
写真は撮りませんでした。
最後の夜は、あっという間に更けていったのでした。

ジョストラを見終えたのが、19時ぐらいだったでしょうか。
観客が帰って行ったスタンド席の天辺に上って、スイングパノラマで写真を撮ってみました。
私たちも外に出ます。

この会場のある地域の人たちの反省会(?)の会場はこちら。
(この写真は朝撮ったものです)
帰りに見たら、もう座っている人たちが居て、
ぼちぼちと飲み会が始まっているようでした。
私たちもビールを飲みたいね~と隣のパブを見たら、満員。
立ち飲みの客もぎっしりで、もっと離れたところに行かないとダメみたい、
ということで宿の方に向かって歩きました。

途中、美味しそうなジェラート屋にひっかかり、
ピスタチオとノッチョーラの2種類をいただきました。
その後、生ビールを飲める店を探しながら歩いたら、
生は意外となくて、宿の近くでやっと見つかりました。
リストランテが、店の入り口近くの2テーブルをバールのようにしている不思議な店でした。

アペリティーヴォの時間なのに、出てきたのはビールだけ。
あら、寂しいねえ・・・
ということで、たまたまバッグに入っていた柿の種を出してつまんでいたら、
ビールを飲み終える頃に、おつまみが出てきました!
このお店、メインはリストランテなので、
バール用につまみの作り置きはせず、客が来てから作ったり切ったりするようで、
出てくるのは遅かったけど、
上の写真のピッツァ・ビアンカ(具無しのピッツァ)はホカホカ、
下の写真のブルスケッタも、揚げ物(ピッツァ生地にチーズが入っていました)も
出来立てのホッカホカ。
サラミもチーズも切りたてで、乾いていません。

ついついビールをお替りしちゃいました。
(これが店の作戦?)

けっこうお腹が膨れてきたけど、宿にも昼前に買っておいたものと
お昼の揚げ物の残りを持ち帰っているので、
ここのつまみも少し宿に持ち帰って、続きは宿で飲み食いしました。

地元のチーズと
地元のヴィーノ
そしてトマトやフルーツと持ち帰ったつまみに揚げ物がけっこうあったので、
買ったのに食べ切れないものもあって、
それは海辺の宿に持ち帰ることになってしまいました。

ジョストラの開始は17時。
パレードをだいたい見て、16時頃に会場に向かいました。
私たちがパレードを見たのがスタート地点に近いところだったので
メインストリートは、会場に向かうパレードがまだまだ続いています。
裏道に入ったら、それぞれの地域の旗のスカーフを肩に掛けた人たちが
続々と会場に向かっていました。
会場まで、私たちはそれについて行けばいいだけでした。
パレードを見てから会場に入ったのでは遅かったようです。
何せ、自由席ですから、スタンドにはもうぎっしりの人、人、人。
それでも何とか隙間を見つけて、
私たち3人は話が届くぐらい近くに座ることができました。
あまりいい位置ではありませんが、仕方がありません。
(高いところの方がよく見えるのですが、私は下から2段目、
ペコさんイプさんは、下から3段目でした)

座席を諦めて、フェンスぎりぎりのところで応援する人たちもけっこういました。
すぐに競技が始まるのではなく、開会セレモニーがあり、
開会の挨拶などの後、先ほどパレードしていた鼓笛隊の演奏があり、

それに合わせて、各地域の旗振り隊の見事な演技。
その後でやっと競技が始まりました。

6地域の対抗戦で、代表の騎士は1人ずつ。
モバイル・タブレットや、紙の表に、
各地域の得点を記録している人たちがけっこういました。
近くの人が記録しているのを見て、
タイムと的を射た点数の合計で得点が決まるということが分かりました。

楕円のコースを3分の2周ほどして対角線のような直線に入り中央の的を射て、
直線を抜けるとまた楕円のコースを3分の2周ほどして
別の対角線の直線を走り的を射るという2回の槍突きがあります。
最後に3分の2周ほどして、ゴールなのでした。

3人走るとコース整備が入ります。
整備の車はさすがに現代のものですが、乗っている人の服装も中世のもの。
馬は、みんな聞き分けのいい馬ばかりでなく、
なかなか前に進みたがらずに後ずさりする馬や暴れる馬もいて、
6人の競技を終えるのにそこそこ時間がかかります。
競技は3回の試技の合計で順位が決まるのでした。
1回目の試技の2度目の槍突きで、槍を落としてしまった騎士がいて、
その地区は、もう失格で次の競技はできませんでした。

6地区の最後に試技を行う騎士の名前がコールされると、
会場内から、かなりなブーイングが起こりました。
彼の乗馬の姿勢は見事で、なかなかのスピードがあります。
そして的を射るのも正確で、100点(最高点)を2つ取って、トップに立ちました。
どうやら、先ほどのブーイングは、
一番強い騎士に対して他地区からのものだったようです。

2回目の試技では、馬場に出て、槍を受け取ってから、
馬がむずかったためにスタートするまで時間がかかりすぎて、
失格になった地区がありました。

というわけで3回目の試技は4地区対抗になってしまいました。
3回目は、これまでの順番と違って、順位の低い地区からの試技です。
結局最初にトップに立った地区が、2度目も3度目も最高得点をあげ、優勝したのでした。

優勝騎手、ルカ・イノチェンティ君の写真も、パレードのときにちゃんと撮っていましたよ。
昨年、スルモーナでは、競技は見られず、
馬が走っているのを隙間からちら見しただけでしたが、
こういう競技は、やはりちゃんと会場内で見てなんぼ、という感じですね。

競技が終わると、騎士だけでなく、鼓笛隊なども含めたチーム全員が、
自分の地区の応援席に凱旋の挨拶。
なかなか楽しめた競技会でした。

パレードの写真をもう少し載せますね。
ゴレンジャーではありませんが、5人の色違い紋章違いの衣装がなんかカッコイイ!
この、馬に乗っている男性が槍競技の騎士です。
そして横でもっている棒が、槍です。
さて、パレードの写真はこのぐらいにして、
馬上槍競技ジョストラの会場に向かいましょう。

この部屋、いいねえとパンパンに膨れたお腹をさすりながら寛いでいたら、
外から、太鼓やラッパの音が聞こえてきました。

窓を開けて下を見ると
パレードに向かうために、すでに隊列を整えて歩いている人たちが見えました。
始まる、始まる!
急いで、出かけました。

祭りの名前はLa Quintana(ラ・クインターナ)
辞書を引くと、quintanaもgiostraも馬上槍競技と出てくるのですが、
このまちでは、祭りをクインターナ、競技そのもののことはジョストラと呼んでいました。
多分、競技会場で競技を見たい人と、祭り全体を見たい人が混乱しないようにしているのではないかと想像します。

昨年のスルモーナのときは、本当に偶然にパレードの一番の観所で立ち往生して
ちゃんとそれぞれの地域や人を紹介する場所で観たのですが、
今年は、アナウンス無しでいいので、
パレードの始まりの、人があまり多くないところで観ることにし、
次から次と写真を撮りました。
(その割にシャッターチャンスを逃していたり、
よいアングルで撮れていなかったりなのですが、)
前が詰まっているので、一休み
当たり前といえば当たり前だけど、ちゃんと靴も当時のクラシックなデザインなのですね。
そして、ワンコに水を飲ませたときに水がこぼれて濡れた道を
後からやってきたドレスの長ーい引きずり裾が通って行ったのでした。

部屋に入れず、荷物を預けていた宿に戻って、今度は部屋に入ることができました。
1泊だけなのにキッチン付き、というのは分かっていたけど、
きれいで、広くて、3人で泊まるにはちょうどいい、というか1週間ぐらいいたい感じ。
寝室1
寝室2
洗面・シャワー室
LDK
食洗機も洗濯機もあります。
上の写真のキッチンの一番右の扉の中には大きな冷蔵庫!
冷凍庫も大きくて、本当に1泊だけなんてもったいない・・・と何度も話しました。
サービスの水とジュースも入っていたのですよ。

次に行くときも(絶対に行くつもりでいます)、またこの宿がいいなあと思っています。

お昼に入った店は、歩いているときに見つけた、
自家製のオリーヴェ・アスコラーネがあると書いてあったお店。
Nonna Nina(ニーナおばあちゃん)という名前ですが、
店で見かけたのはオーナーという雰囲気のオジサマでした。

外が暑そうだったので、店の中の席にしました。
冷房が入っているわけではないけど、風が通っていい気持ちでした。
(この日の最高気温は、真夏なのに27度ほどでした。)
メニューを熟読していたら、
オジサマが、
「このまちの特産品を使った色々な種類の揚げ物の盛り合わせプレートがお薦めです。
たっぷりあるので、前菜もなし、プリモもなしで、そのプレートはいかがですか。」と。

オリーヴェ・アスコラーネは確実に入っているでしょうから、
迷わずそれに決めました。
パンと同時に、このまちのエクストラ・ヴァージン・オリーブ・オイルを持って来ました。
「このオイルは、とてもサラリとしていて、香りが良くて、このまち自慢のオイルです。
パンにつけてどうぞ。」
ヴィーノは、「うちのデッラ・カーサの赤は美味しいですよ」というので
0.5Lをいただき、もちろん足りませんからお替りをしました。

揚げ物盛り合わせプレートがやってきました。
手前の平たいのが、骨付きのコトレッタです。
叩いて薄く延ばして大きくなったものですから、大きさの想像はしていただけるでしょうか。
奥の方のスティックがズッキーニとナスでした。
中間のあたりをアップで撮ってみました。
オリーヴェ・アスコラーネを初めて食べたのは、パルマでのことでした。
揚げたて熱々が美味しくて、いっぺんで大好きになりました。
アスコラーナ・テーネラという種類の大粒のオリーブの種を取り、
お肉3種類(鶏、豚、牛)にモルタ・デッラなども入れ、さらに隠し味も入れてこねたものを詰め
フライにしたものです。


ほかに、ポテトのコロッケやチーズ・ポテト・コロッケ、
楊枝に刺してあるのは、オリーブの間にチーズを挟んでありました。
揚げ物だけでなく、焼き野菜もでてきました。
揚げ物がでてくる前に美味しいオリーブオイルを付けて、パンをけっこう食べたので
3人でこれ全部は食べられず、夕食用に少し残して持ち帰りました。
それでもドルチェは食べられない・・・
そこへ、オジサマが、お酒の瓶をもってやってきました。
アニスの食後酒です。
アニスのお酒というと、ギリシャのウゾや
フランスのパスティスを思い浮かべますが、
あれらも美味しいですが、このMelettiはもっと飲みやすくて、
実はウゾもパスティスも苦手なペコさんが、
これなら飲める!と言ったほどでした。
ちゃんとアニスの香りはあるのですが、甘くて、それでいて爽やかなお酒でした。

カッフェで〆て、宿に戻りました。

アスコリ・ピチェーノの続きです。
たった1泊なのに、キッチン付の宿を選んだので、
宿に向かう途中にも、アリメンターリやサルメリアを覗きました。
買うなら、昼休みに入る前の方が確実ですからね。
こんな大きいのは買えないけど、中には4分の1カットしたものも売られていました。

語学教室があり、日本語を見て、びっくり。
この文字は、日本人ではない人が書いたものですね、きっと。
このまちに住んで私が日本語を教えましょうか、なんて考えたりして。
ここにもチョークの絵
広場に出ました。
素敵な泉がありました。
お、ツーリスト・インフォがありました。
入って、馬上槍競技のことを尋ね、地図をいただきましょう。
この日の、パレードのコースや時間、槍競技のチケット・オフィスの場所などが分かりました。
早速、チケット・オフィスに向かうことに。
座席指定券の高いところは50€もしたので、
15€の自由席券を購入しました。

インフォでもらった8月のイベント・スケジュールを見ると
ポルケッタまつりだの、茸まつりだのといろんなイベントがたくさんあって、
この段階で、次にここを訪れるのはまた8月、
そして1週間ぐらい滞在しようと心に決めました。

まちには、こんなミニ・トレインも走っていました。
素敵なポルティコを通って、お宿へ。
お宿は、ブティックなどの入っている建物の通路の奥にチェックインカウンターがありました。
チェックインの手続きはしたものの、
部屋はまだ準備ができていないとのこと。
まだ11時半ぐらいですから仕方がありません。

たとえ1泊分でも、さらに身軽になりたいので、
荷物を置かせてもらって、夕食のための買い物と、
昼食を摂るために出かけました。

野菜とチーズと生ハムを買い、
それから、歩いている途中で見つけたよさげな店にお昼を食べに行きました。

新しい年が幕を開けましたね。
ご覧くださっている皆様、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

アスコリ・ピチェーノに着いたのが、10:45。

あのきれいな電車は、定時運行でした。
それだけで感動してしまうイタリアの鉄道事情っていったいなんなんでしょ、とも思うわけで。

駅から街までは比較的近いので、
おまけに持ち物は1泊分の小さな荷物だけなので、
宿へ向かう足も、あっちへふらふら、こっちへふらふら、
途中でカメラを取り出してパチリ、という感じでした。
今日は、私と一緒に散歩するつもりで見てくださいね。

駅を出てじきに橋を渡るのですが、その少し前のところにある噴水。
反対側には、同じような噴水だけど、上の像が女性でした。
橋を渡ります。
祭りに向けて、橋の上の路上にチョークで描いたものでしょうか。
橋の下を覘くと、かなりな深さがありました。
遠くに山が見えて、いい感じです。
橋を渡り終えると、すぐに興味を惹かれる建物が。
まだ準備中ですがここは、いい雰囲気のパブでした。
その先に行こうと思ったら、左奥にまた、何だかいい感じの建物があり
そちらの方へと入って行きました。
どうやら、この建物の奥の方のスタンドのあるところが、
ジョストラ(馬上槍競技)の会場のようでした。
またもとのメインストリートに戻ります。
つづく。

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