ぐら姐のよくばりイタリア

イタリアにはまってかれこれ25年。イタリア人て面白い、から始まって、イタリアは美味しい、イタリアは美しい、イタリアの田舎が素敵、イタリア美術や建築も面白い…とずぶずぶ深みにはまっている私「ぐら姐」のイタリアなんでもありのブログです。

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ロレートには、レカナーティに日帰りで行った日が26日で、祝日のためバスが無く、行くときも帰りもタクシーを利用し(4人いたので強い)帰りはせっかくだからロレートに寄ってみることにしたのです。

ドゥオーモの近くで車を降りました。

ドゥオーモ

ドゥオーモの中に入りました。
内部は撮影禁止なので、写真はほぼありません。

ロレートは、世界で最も重要な巡礼地のひとつなのだそうです。
「聖家」(Santa Casa) は、イエス・キリストがナザレ(イスラエル北部の町)で生活した家と言われ、
その後、天使たちがイタリアへ家を運んだとされています。
天使たちによって空を飛んできたなんて奇想天外なことと思う私は不信心者。

ヨハネ・パウロ二世は、
「ロレートの『サンタ・カーザ』(聖なる家)は、
聖母に捧げられた全ての巡礼聖堂の中で世界的に第一のものであり、
キリスト教における聖母マリアの、まことの中心地であります。」
とおっしゃったそうで。

カラヴァッジョも「ロレートの聖母」を描いているぐらいだし、
レカナーティに行ったついでに立ち寄ろうと思ったのでした。

教会内部は撮影禁止でしたが、プレゼーペなどは撮影してよいことになっていたので、ついでにステンドグラスの写真も撮りました。




ステンドグラスの色合いがとても美しいです。



ものすごい数の巡礼者が訪れるため、相当富裕な教会なのでしょう。
内部の豪華さと言ったらすごいものでした。
売店では飛ぶように記念の品が売れていました。

サンタ・カーザは、なんと朝6:15から19:00まで巡礼できるのでした!
巡礼者に親切なのか、商売熱心というのか...。

ロレートのまちを少し歩きました。



高台から景色が眺められました。







駅までは少し距離がありますが、ずっと下るだけなので、歩くことにしました。

ドゥオーモの裏側



これにて、マルケ編は終了です。

このまちには、ロレンツォ・ロットを知るきっかけになった絵、受胎告知を見るために日帰りで訪れました。

日帰りではあったのですが、同じ旅行で2回訪れました。
最初は’17年、クリスマスの翌日に、2度目はその2日後の28日。
nasakuraさんと27日に合流し、
それまで一緒だったペコさん、アキヤンが28日に帰国し、
nasakuraさんもレカナーティが見たいでしょうし、私にも再訪したい気もあったので
この前書いたように、行くルートを変えて行ったのでした。

このまちの宝とも言える、ロレンツォ・ロットの「受胎告知」を知った時、
何と… 驚いて何も言えませんでした。
ご存じない方のために写真を載せますが、
これまでに数多くの画家が描いてきた、マリアの前に大天使ガブリエルが跪いて、
厳かに受胎告知をする画面を観てきましたが、全然違うのです。

ガブリエルが跪いてはいるのですが、

受胎したことを告げられたマリアは驚いて、
エーッとびっくり逃げ出すかのように
おそらくは本を広げて向かっていただろう机から体を翻して逃げるかのような状態。

そして猫も驚いて跳ねている…
本物を見たくてたまらなくなり、計画を立てたのでした。

行ってみたら、ロットの絵も、美術館の他の展示作品も素晴らしかったですが、
まちが可愛らしくて、とても気に入りました。
バスでないと行かれないまちですが、ここは皆さまにもかなりお薦めです。

まちの写真を載せます。
中心の広場



この塔には上れます。




上からの眺め。







ナターレの時期だったので飾りも可愛らしくて。









花の飾り方も素敵でした。





ここに行きたくなった方、訪れたら帰りのバスについては要注意です。

バスのチケットを買い、ついでにバス停の場所を訊きました。
横の細い通りを降りて行くとバスの通りに出るよと教えてもらい、
その通りに行くとありました。
バス停にはベンチがあり、屋根がついていたので座って待ちました。
そろそろ来てもいい頃なのにバスは来ません。

ふと、嫌な予感がよぎって、ちょっと逆側のバス停をを見に行ってみることに。
道がカーブしていて、見えないのです。

そうしたら、ちょっと離れた逆側のバス停にバスが来ています!
「nasakuraさ~ん、バスが来ているよ~!」と後ろに叫びつつ
バスに向かって走りました。
ちょうどいい具合に、ここから乗った女性が切符を持っていなくて、
運転手から買っていたお陰で、何とか間に合いました。
やれやれ。
nasakuraさんには、ぐら姐さんの野生の勘が働いたね、と褒めて?いただき、
ポルト・レカナーティ行きのバスはロレート経由だったので、
ロレートで降りてアンコーナに戻りました。
(ロレートにもTrenitaliaの駅があるのです)

バスの出発時刻だけではなく、どこ経由のバスで、どちら側に停まるのか、
事前に調べておくことをお薦めします。

あ、一つ追記します。
このまちは、イタリア人が愛してやまない18世紀の偉大な詩人
ジャコモ・レオパルディの生誕地でもあるのです。
ムゼオにも展示がありました。
そちらに興味がある方にもお薦めです。

’18-19年年末年始の旅で行きました。
マチェラータには、チンゴリに行くために1泊しただけですが、
とても良いまちでした。

旧市街は駅から少し離れたところにあります。
駅前にはタクシーがいて、すぐに乗ることができ、
ホテルまで8€と良心的な料金でした。(’18年末)

着いたのが昼過ぎで、チンゴリには翌日行くので午後はまるまるまち歩き。
大学がありました。
中心の広場
時計塔の時計が素敵でした。
ナイスなタイミングで市立博物館でロット展をやっていたので、観に行きました。
ポスターに使用されていた絵
イタリア語タイトルは、
Svenimennto della vergine durante il trasporto di Cristo al sepolcro
キリストの墓への搬送の間の聖母の卒倒と言ったような意味合いです。
日本でのタイトルは「キリストの埋葬」とか「嘆き」などの題名が付けられることが多いそうですが、
この作品は気を失った聖母に重点が置かれて描かれているところが異なる所だそうです。

受胎告知にしても、このキリストの埋葬にしても、
ロットの視点と言うか、何を描くかというのが面白いと思います。

クリヴェッリの作品もありました。
チケットに含まれているので、
地下にある馬車の博物館も見ました。
見て特別面白いものではなかったのですが、1つ、面白いものがありました。
馬車に乗る体験ができる偽物馬車です。
上の写真の馬車は板に描いてあって、真ん中のステップから乗り込み、
中の箱に馬車の座席が向かい合わせに作ってあります。
乗り込む前に、どこを走りたいか、蕎麦に置いてある中から1枚行き先のカードを取り、馬車に乗ったら、窓際の挿入口にカードを差し込みます。
すると乗車口のカーテンが自動で閉まり、
前方、後方、右横の窓に映像が映し出され、
馬車がガタンゴトンと揺れ始めるのでした。
ほんの数分間ですが、馬車で田舎道の景色を楽しむ体験ができてなかなか楽しめました。
さてまちの様子に戻ります。

翌朝、チンゴリに向かうバスターミナルへの道すがら。
このまちには、1820年代に建設された新古典主義建築の競技場アレーナ・スフェリステリオというところがあり、毎年夏に、野外オペラが行われるのだそうです。
訪れてみて初めて知りました。
宿の近くにその劇場があったようなのですが、
外観の写真を撮り逃してしまいました。

アンコーナ滞在中にレカナーティに行くのに、通過したまちです。

レカナーティに行くのはロレートからでもポルト・レカナーティからでも行けます。
この旅行で私はレカナーティに2度日帰りしたのですが、1度はロレートから、
2度目はポルト・レカナーティから行きました。
ポルト・レカナーティからのバスは、駅前ではなく別の広場から出発です。

その広場に向かったら、その日は市が立っているのでした。
市のためにバスの乗り場が変わって大変な思いをしたことは以前「イタ困」シリーズで書きました。
そしてそのせいで1台乗り遅れて時間があったのでまち歩きをしたのでした。

駅からほどなくしてたくさんの店が。
サンタさんの絵がついてるガラス皿にとてもそそられましたが、ぐっと我慢。
市のために変更されたバス乗り場を探して歩いたときに見かけた飾り。
そしてナターレの展示。
キリストは馬小屋ならぬ船で生まれています。
普段ならバス乗り場が周りにある広場のバール
広い通りのあるまあまあ大きなまちでした。
大晦日の夜は赤い下着を身に着けると翌年善いことがあるとかで、ずらりと。
日本だと、赤い下着を身に着けると年老いてから下の世話にならずに済むというのだとか。
普段とは違うまちの顔をちらりと見ただけですが、なかなかいい感じのまちなのでした。

イエージの項で書きましたが、
'17年冬にイエージから日帰りで行こうと思ってダメだったのです。
諦めきれずに、'18-'19年の冬に、今度はマチェラータから日帰りで行きました。
ちゃんと日本を発つ前にバスの時刻表を調べて確認しました。
チンゴリに行く目的はただ1つ、
ロレンツォ・ロットの「ロザリオの聖母」を鑑賞するためなので、
事前にチンゴリのコムーネにメールを送り、
「ロザリオの聖母」が本来置かれている教会が修復中で、
ムニチピオの一室に置かれていることは調べて分かっていたのですが、
観られるかどうか、私が行く日にちを知らせて、時間の確認もしました。

冬の寒い日に、チンゴリのバス停に降り立ちました。
人口1万人ほどのまちですが、立派な門がありました。
門の近くの城壁は、住まいにもなっているようでした。
ムニチピオに向かって進んでいきます。
(といいながら、気になると横道にそれて見ちゃったりして)
小さな泉がありました。
「悪天候の泉」という可笑しな名前ですが、
鹿と木は、チンゴリの紋章にもある象徴なのだとか。
時計塔のある広場の辺りがムニチピオ(市庁舎)のはず。
可動式の鉄柵。CINGULMと言うのは、その昔の呼び名でしょうか。
入り口が見えました。
「ロット、ベッリンゾーニ、サリンベーニ
修復中の場所のチンゴリの宝は、パラッツォ・ムニチパーレに置かれています。」

建物の中に入ると受付のような小さな部屋があり、
そこで、ロットの作品はここにあるのでしょうか、と訊いてみると
ちょっと待ってね、と受付の男性は内線電話を掛けて、相手となにやら話した後、
私についてきてください、と言って案内してくれました。

展示室に着くと、別の男性がいて
「こんにちは、あなたからのメッセージに今朝返信しましたよ。」
と言うのでした。
実は、昨日の夕方、
「マチェラータのインフォで、金曜は開いていないと言われたけれども、
本当に開いていないのですか?
これを観たくて以前問い合わせをし、
28日は午前中開いていると返信をもらったので日本から観に来たのですが」
とメールを送ったのです。
そのメールを彼は今朝開けて返信したようです。

そして、
「私は、以前あなたに開いていると返信しました。
嘘はつきません。どうぞゆっくりご覧ください。」と。

そこは、6m四方ぐらいの小さな部屋でした。
壁にその祭壇画が飾られ、それを鑑賞するのによい位置に
木製の椅子が4、5脚横に並べられているだけ。
そこで私は独り占めで鑑賞できるのでした。
パソコンの画面でこの作品を初めて観たときに、
画面上半分の、まるでクリスマスツリーのオーナメントが飾られているような構図に惹かれました。
下半分の、幼子を抱き、ロザリオを持つ手を伸ばしている聖母の動きや
聖母を囲む人々、
その下で花びらを撒いている天使たちもなんと素敵なのでしょう。
初めはその程度。

ちょっと調べてみたところ分かったことがいくつもあります。

聖母は、聖ドミニクスにロザリオを与えているのだそうです。
聖ドミニクスはスペインの国家聖人の一人で、ドミニコ会の創立者でもあるそうで、
聖母マリアに対する独特な祈りである「ロザリオの祈り」は、
彼によって創始されたと伝えられているのだそうです。

ロザリオは、祈りの回数を記憶するために考案されたもので、
キリストと聖母の喜び、悲しみ、栄光の玄義を黙想しながら天使祝詞を150回唱え、
10回を一連、五連を一環として三環で終わるように考えられているのだそうで、
一連ごとに一玄義を黙想するため、「ロザリオの十五玄義」と言われるそうです。
(玄義とは、キリスト教で、啓示によってのみ示される信仰の奥義だそうです。)

そして上半分のオーナメントのような円の中には
「ロザリオの玄義」と呼ばれるキリストの誕生から死、
そして復活までが順に描かれていて
それらはすべて、祈りの際に瞑想すべき場面なのだとのこと。

本物を観たい、近くでつぶさに観てみたい、そんな思いが強くなり、
昨冬、アンコーナ滞在して、レカナーティやイエージを訪れてロット作品を観て、
残念ながらチンゴリに行きそびれたので、
観たい!という思いはより強くなったのでした。

その絵が、目の前にあり、間近でじっくりと観られる幸せ。
インターネットの写真ではよく見えなかったこの絵の背景は野ばらの木で、
その手前に木を組んであって円形のものが取り付けられている、
ということなのでした。
ちらちらとあちこちに小さな野ばらが咲いています。
聖母子
円形の中に描かれた「ロザリオの玄義」は、受胎告知から始まっています。
下の段の5場面は、受胎告知に始まる「喜びの玄義」と呼ばれるものだそうです。
この絵については、このぐらいでやめておきます。

近くで観て、離れて観て、立って観て、座って観て、
とても心地よい時間を過ごしました。

ロット作品を観終えて、すぐ近くのカフェで一休み。
朝、コルネット1個を急いで齧り、カップッチーノを大急ぎで飲んだだけだったので
落ち着いて座りたかったのです。
茶葉がたっぷり入った大きなティーバッグで、ちゃんと味のある紅茶でした。
美味しくいただき、ここまで来て観たかった作品を観ることのできた喜びを
じっくりゆっくりとかみしめました。

その後は、バスの時間まで少し間があるのでぶらぶらと歩きます。
マルケのバルコニーと書いてある、眺めの良いところがありました。
帰りのバスまで少しだけ時間があったので、公設市場を覘いてみました。
バスに乗ってマチェラータに帰りました。
わざわざ観に行ってよかったと今でも思います。
あの空間で一人でじっくりと眺める幸せ。
お薦めです。

ウルビーノの続きです。

ここで美術を学んでいた知人から紹介してもらった店で夕食。
夜道
何やらコンサートをやっていました。
その近くのバール
朝の散歩
本当に坂の多いまちです。
ラファエッロの像があります。
サン・ジョヴァンニ・バッティスタ祈祷所
ここの中のフレスコ画が大好きなのです。
’17年に行った時には、修復を終えてきれいになっていました。
ここには2度とも1泊ずつだったので、次回は連泊してゆっくりしたいです。

マルケの、訪れたまちとしてリストアップした中で、一番最初に行ったのがウルビーノです。
’05年夏に、友人たちとマルタ・シチリア・ナポリ近郊と旅して、友人たちは帰国し
私だけ帰国便を休みがとれるぎりぎりに取って、スポレートとウルビーノに足を伸ばしたのでした。

その後、’17年に再訪しました。
このときは、イプさん、ペコさんと一緒にずっと旅をしていたのですが、
ここでnasakuraさんも合流したのでした。

ウルビーノは、山の中の小さな都市ですが、
ルネサンス期にモンテフェルトロ家の下で最盛期を迎え、ドゥカーレ宮殿は、とても見事な建物です。
今は国立マルケ美術館になっていて、数々の美術品が展示されています。
ラファエロの生家もあり、「ウルビーノ歴史地区」は1998年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されました。

ドゥカーレ宮殿
大きな宮殿なのでまちにいると全体が見られなくて、
小高い丘からだと見渡せます。
1枚目は’05年、2枚目は’17年に撮ったものです。
1枚目が午後、2枚目が午前です。逆光でした。
もし行かれる方がいらっしゃったら、
高台には、是非午後に足を運ぶことをお薦めします。

まちの中だと、せいぜいこのぐらい。
入り口も素敵です。
’05年に行った時は、ちょうど古典楽器の演奏会が行われて、偶然見る(聴く)ことができました。
展示されている美術品の数々も見事です。
ピエロ・デッラ・フランチェスカのキリストの鞭打ち。
同じくピエロのセニガッリアのマリア。
書斎には、見事な寄木細工の数々もあります。
他にも素晴らしい絵画や彫刻その他の素晴らしい作品があるので、
このまちを訪れたら、この美術館は必見です。
この美術館の様子等、’17年に訪れた時に詳しく書いていますので、
よろしかったらご覧ください。
https://www.beach.jp/circleboard/ac48590/topic/1100204276476?sortList%5BsortType%5D=2

ラファエッロの家
この日は何かイベントがあったようで混んでいましたが、
’05年に行った時は空いていました。
ラファエッロが少年の頃に壁に書いたと言われる聖母子
’05年に行った時は、壁に描かれていました。
その後修復したようで、壁が新しくなり、
聖母子像は、壁ごと切り取られて新しい壁に展示されていました。

まち角風景
もう少し載せたい写真があるので、次回に続きます。

イエージは、丘の上のまちです。
昨日の写真では分からなかったことと思いますが。

昼食後に宿にチェックインして荷物を置き、ぶらぶらとまちの麓まで下りて行ってみました。
まちの城壁です。
冬なので、4時ごろになると日が少しずつ傾きます。
別な門から中に入り、また坂道を上って行きました。
イタリアのまちのポーッと灯る柔らかい明かりが好きです。
奥に見えるのがドゥオーモ。
図書館
テアトロのある広場の夜の顔
翌日駅までスーツケースを転がして下りました。
前日まちに行くときには気が付かなったエレベーターがあり、
上り出気が付いていれば…と文句を言いながらも利用しました。
通路が立派でした。
前日はこの左側の階段を上ったのです…

イエージには、やはり'17年の冬、アンコーナに5泊した後に1泊しました。
アンコーナ~イエージは近いのです。
イエージに行ったのは、近くのチンゴリに行こうと思ったからです。
でも、朝のうちにイエージに行ったのですが、
この時期(年末年始の学校がやってないとき)にバスで日帰りするのは無理でした。
(見通しが甘かった...)
それでも、イエージも素敵なまちのようだったし、
数日前にペコさんたちが訪れて、美味しい店で食べたという話も聞いていたので
イエージを楽しむことに切り替えたのでした。

まちの中心の広場
劇場があります。
広場に面してバールがありました。その名も「AL TEATRO」
まだ午前の早い時間で、宿に荷物だけ置かせてもらおうと思ったのに連絡が付かず(常駐の人がいない)
ダメもとでこのバールの優しそうなシニョーラに、荷物を預かってもらえないかお願いしてみました。
そうしたら、嫌な顔もせずに引き受けてくれて、奥の、トイレに行く途中にあるドアのある仕事用スペースに入れさせてくれました。
ただし、1時から昼休みに入るので、1時前には戻らないといけません。
中には、往年の名優や歌手の写真がいっぱい。
午前の部のまち歩き。
いかにも老舗と言った感じのお菓子屋さんのウィンドウに心惹かれ。
ナターレは過ぎているので、展示はベファーナに変わっています。
1月6日のエピファニアの日(公現祭)に良い子にはお菓子、悪い子には炭を入れて行く魔法使いのお婆さんです。
お茶目な車止め
Arco Clementinoクレメンティーノ・アーチ。
ポルタ(門)ではありませんでした。
来た道を引き返しました。
市立絵画館へ。
ロココ調の素敵な建物です。
ロココ調は、それほど好きなわけではないのですが、
人口わずか4万の都市に、こういう建物があり、
そこに素晴らしい絵画の数々が展示してあることがすごいと思います。
多くの美術品の中の私の目当ては、
ロレンツォ・ロットの受胎告知する天使と受胎告知されるヴェルジネ(処女マリア)
絵画館を出て、荷物を預かってもらっているバールに行き
お礼を言い、心ばかりのお礼を渡すとシニョーラは「そんなこと気にしなくていいのよ」とおっしゃいましたが)、心ばかりだから...と受け取ってもらいました。

荷物を持ったまま、ペコさんたちが行ってよかったというカジュアルなお店で昼食。
茹でたジャガイモ、ラディッキオ、グアンチャーレ(ほほ肉の生ハム)にスカモルツァをどんと乗せて焼いたもの。
カルチョ―フィとグアンチャーレのタリアテッレ。
その後、ドルチェにクレマ・カタラーナ、〆のカッフェをいただいて、
その後やっと宿にチェックイン。

イエージは丘の上のまちなので、離れたところから見上げてみたいと思い、
散歩に出ました。
長くなったので、次回に続きます。

アンコーナ5泊の内、前半3泊はHiroさんと言う友人と同宿、
別の宿にペコさんともう2人いて4人で観光したりクリスマスランチをしたりし、
後半2泊はNasakuraさんと一緒でした。

Nasakuraさんと合流してからもアンコーナのまち歩きをしましたが、
前半は快晴、後半は冬らしい曇り空だったので、
同じまちとは思えないほど写真の印象が違います。
お屋敷街のようなエリア
お店のウィンドウ
天気がぱっとしなくても、夜になれば同じことで、ナターレの時期は綺麗です。

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