ぐら姐のよくばりイタリア

イタリアにはまってかれこれ25年。イタリア人て面白い、から始まって、イタリアは美味しい、イタリアは美しい、イタリアの田舎が素敵、イタリア美術や建築も面白い…とずぶずぶ深みにはまっている私「ぐら姐」のイタリアなんでもありのブログです。

カテゴリ:州別 > アブルッツォ州

そしてスカンノに向かいます。
結構な距離を走りましたが、途中に小さな素敵そうなまちがたくさんありました。
スカンノって2つあって、チェントロ(中心部。古い町並みの残る私たちが行きたいところ)と、
もう1つは、湖のほとりのリゾート地なのでした。
何かする?ペダルボートにでも自転車にでも乗っていいよ、と言ってくれたけど
私たちは古いスカンノを歩きたかったので、それはしなくていいと言ったら、
車を止める場所がないからぼくはここで待つけど、
この先に湖のほとりの階段を上っていく教会があるから見てくるといいよ、
というので行ってみました。
へんてこな十字架です。
階段を上った入り口の反対、湖側の手すり。
中に入ると驚くほどひんやりしています。外はとても暑いのに。
特別古い教会でも、豪華な飾りがあるわけでもない、とても小さな教会、
いや教会と言うより礼拝堂といったところなのですが、
とても神聖な雰囲気がありました。
祭壇のある壁は剥き出しの岩肌。
信心深そうな2人の、多分地元の女性が訪れていて、
そのうちの1人は、私たちがいる間中お祈りの言葉を捧げていました。
その長い長いお祈りもあって神聖な雰囲気が増したのかも知れません。
さて、また車に乗って古いスカンノへと向かいます。
見えてきたところで止まってもらいました。
まちの様子は、また次回。

またペスココスタンツォのまち歩きを続けます。
フランコが眺めのよいところに連れて行ってくれました。
その途中で振り返ると、まちをちょっと見下ろす形に。
上にあるのは教会?
その階段をのぼらずに奥へと行くと、なかなかの見晴らし。
見えているのはまちではなく、お墓です。
フランコがそろそろおなかが空いた?と
パニーノが食べられるところに連れて行ってくれました。
飲み物は、私たちはビール、フランコは水でした。
まちを出る辺りで、スキーリフトが見えました。
この辺りは冬はスキーリゾートとして賑わうのだとフランコが言うので、
フランコもスキーをするの?と聞いたら、
「いや、僕はスキーはしないよ。実は僕はナポリの人間なんだ。
22のときに母の故郷であるこのまちに移り住んだんだ。
僕にはもう1つ仕事があって、それは歌手なんだよ。」
というので私たち2人はびっくり!

フランコに歌って歌ってーとせがんでも、後でねと言う感じだったのですが、
私が「サンタルチア」の出だしを口ずさむと、続けて歌ってくれました。
さすが、歌手というだけあって、なかなかの声量です。

つづけて「オーソーレミオ」を私が口ずさむと
これまた情感たっぷりに歌ってくれました。
ちゃんとナポリ発音です。

なんでも、結婚式やまちの催し物のときにお声がかかるのだとか。
そんな話をしながら次へと向かったのでした。
公共交通ではなく、
こうした運転手付きのトラスポルトの車を利用するのも面白いものですね。

次に向かったのは、ペスココスタンツォです。
途中、フランコが、きれいで美味しい湧き水があるんだよ、って車を止めてくれました。
手に掬って飲んでみました。
冷たい!そして美味し~い!
ここで飲むだけではもったいなくて、ちょうど残り少なくなっていたペットボトルがあったので
その水を捨てて、この水を詰めました。
再び車に乗り、ペスココスタンツォに向かいます。
まちの入り口近くにけっこう大きな駐車場がありました。
観光客がけっこう訪れるのでしょうか。
そこで降りて歩いて行きます。
あ、生パスタのお店。美味しそう・・・
ここでも、フランコは何人かの人たちと挨拶をしています。
フランコは、送迎車の運転手だから、
私達を降ろして、待っているのが普通なのに、
まるでガイドのように、あっちこっちと連れて行ってくれます。
自分が分からないことは、まちの人に聞いてくれもします。
いい人です。

長い階段を上っていく教会がありました。
いいところだから行っておいでとフランコ。
階段を上るのはいやなのでしょうねえ、下で待っていてくれました。

こんな小さなまちにしては、随分と立派な教会です。
教会を出て、またまち歩きを続けますが、それは次回にあらためて。

さてさてスルモーナからの日帰り3村巡りの車がやってきました。
運転手のフランチェスコ(以下フランコ)は、
とても穏やかで誠実そうな人でした。

まずは、すぐ近くにあるパチェントロを訪れました。
3つの村の中で一番小さいところです。
まちに入るとすぐの教会と噴水
さっそくまち歩き開始。
家々の番地が、焼き物で作られていました。
普通の家の入り口
おめかしをした人たちがたくさん歩いていて、
そのうちの1人がフランコに話しかけてきました。
(フランコにはあちこちにたくさん知り合いがいるようでした。)
その人の話で、今日はこの村で結婚式があることが分かりました。
歩いていると、この日結婚する2人のお知らせの写真が貼ってありました。
まち外れから、スルモーナが見えました。
左側に尖塔が見えるでしょうか。うちの宿のテラスから見えていた塔です。
この村は、焼き物を製造しているところがあって、
この人形や表札もここで作っているそうです。
家々が花を飾ってとてもきれいにしています。
カステッロがあるんだよ、だいぶ崩れてしまっているけどね、
と言ってフランコが連れて行ってくれました。
彼は、車を運転して私達を行き先に連れて行くだけでなく、
そのまちの案内までしてくれるのでした。
お城が見えてきました。
フランコの言うように、あちこち崩れていて、外側から見られるだけでした。
つぎのまち、ペスココスタンツォに向かって走り始めてまもなく、
パチェントロのまちを見下ろすところがあったので、停まってもらいました。

翌朝は、8時から朝食。
眺めのよい屋上テラスで。
素晴らしいご馳走が並べられています。
写真右側のハムサラミのお皿の手前にある、カチョカヴァッロのような形をしたものは、
ナチュラルバターよ、とお母さんが言っていました。
この容器の中でどこまでがチーズでどこまでがバターなのか分からなくなる感じ。

生ハム・サラミ類は、ここの女将のお父さんの手作りだそう。
そしてこちらの焼き菓子系は、女将のお母さんの手作り。
アプリコットや、パイナップルやオレンジのケーキでした。
中央手前の扇形は、フェッラテッレ(ferratelle)というこの辺りのお菓子で
ワッフル型を浅くしたような焼き型で焼く、おせんべいのようなものです。
そういえば、この焼き型を売っている店を昨夜の散歩のときに見かけましたっけ。
カンポバッソでも見ましたけど。
こちらを見るとその焼き型の写真やレシピ(イタリア語ですが)が見られます。
http://blog.libero.it/wildberriesfield/11365455.html
このお宿のは、なんとドナルドダックの模様でした。
私の1皿目。
卵も食べる?と訊かれたので、並んでいる全種を食べたいから、
卵はいらないわと答えると、お母さんちょっとがっかりした顔。
そうなの?パンチェッタも入れるわよ、2分で焼けるわよ、
と新しく買ったらしき器具を使いたくて仕方がない様子。
明日は食べるから、と言って翌日本当にいただきました。

さて、お母さんが前日のチェックインの時に、
私達には車がないのでタクシーを頼んで出かけたいと言うと、
タクシーよりずっと安く行ってくれる車があるから、
明日相談しましょうということにしていたので、
お母さんにそのことをお願いしました。

この辺りにはI BORGHI PIU' BELLI D'ITALIA(イタリアの最も美しい村々)
に入っている小さな村がたくさんあるのです。

パチェントロは近いからついでに寄るとして、
ペスココスタンツォまでだと片道50€、
スカンノまでは片道60€、
しかもペスココスタンツォはスルモーナの南で、スカンノは西の方。
全部行くとなると、待ち時間もあるし、今はガソリンも高いし
お昼も食べることを考えると8時間ぐらいかかるでしょうから、
200€ぐらいかなあとお母さんが言います。

お昼は時間をかけず、パニーノで大丈夫と私が言うと
それでも180€ぐらいかな、とお母さん。

3人、4人もいればそれでよしとしても
2人ではちょっと厳しいねえ・・・とペコさんと相談し、
遠い2箇所のうちどちらか1つにするとしたらどちらが魅力的?と聞いてみると、
うーんそれぞれ違う魅力があるからねえとお母さん。

いくらなら出せるの?と言われ、私が120と言うと、
(これから交渉して上限は150のつもり)
お母さんがトランスポートサービスの人に電話をかけ、
いつも贔屓にしているらしく、かなり強気で押してくれて、
全部回って120でよし、ということになりました。
なんて素敵な!
ということで3箇所を回ることに決定。
3村めぐりについては、次回から書きます。

お腹がすいてきたので、お宿のお母さんが教えてくれた店に。
一番の店(実は私達もここは調べていた)は、昼だけの営業で
しかもこの日は土曜で日曜は休みとのこと(残念!)
他に2つ美味しいレストランがあるけど1つは休み、
1つは美味しいけど重めの料理だというのでこの日は止めて、
気軽に楽しめると言うワインバーに行きました。
ワインのカンティーナがやっている店でした。
ペコリーノとプロシュットの前菜を2人で1皿いただき、
プリモは、1皿ずつ。
私は、ヴォンゴレと海老とミニトマトの入ったストロッツァプレティ、
ペコさんは、地元のペコリーノを使ったフェットゥチーネ。
(パッパルデッレのような太さでしたけど)
どれもなかなかいけました。
食べている途中で、メイン通りの方から太鼓の音が聞こえてきて
行ってみたら、パリオが終了して、
それぞれのコントラーダへと帰っていくところのようでした。
この店、イタリアにしては小盛りだったので、ドルチェまでいけました。
レモンのクレマ、森のフルーツ添え。
これ、すっごく美味しかったです。

大満足して、やっと暗くなったまちを歩いて宿へと帰ったのでした。

夕方のまち散歩に出ます。
この時期は21時ごろまで明るいので、19時近くても散歩は余裕です。
散歩の時間帯なので大勢の人で賑わっています。
パリオに合わせて家族連れでバルーンアートの露天を出していました。
このローマ時代の水道橋の向こうがパリオの会場ガリバルディ広場。
中に入れない人が何とか高いところから見えないものかと覘き見を試みています。
私達もいろんな場所からチャレンジしてみました。
会場の向こうには、山
散歩をもう少し続けましょう。
このまちの名物のお菓子コンフェッティ屋さんを何軒も見かけました。
アーモンドをチョコと砂糖でコーティングしたもので、色は白なのですが、
カラフルなセロファンで包んで花束などを作ってあるものが並べられていて、
お花屋さんのように見えます。
そろそろお腹が空いてきました。つづく。

素敵な宿です。
ダブル・ルームにエキストラを入れてもらいました。
ダブルでもよかったのだけど、この日の朝到着したペコさんがゆっくり眠れるといいだろうと思って。
屋上テラス(朝はここで食事)からの眺めが素晴らしいんです。
お宿のお母さんは、私達を待ちかねていました。
何故って、この日の祭りのメインはパリオで、これから開催されるのだそう。
それを彼女は観に行くので、その前に私達を迎えたかったからです。

それでも、適当にではなくちゃんと部屋の設備や3個ある鍵の説明をし
屋上テラスにも案内してくれ、
まちの地図を広げて見どころや食事処を教えてくれ、
翌日の観光についての話も軽くしてくれました。

さて、まち散歩に出ます。

スルモーナの時代行列の続きです。

楽隊(太鼓とラッパ)、旗振り隊、騎士、いかにも領主夫妻と言った感じのカップル、
武器を持っている人、そして鷹匠(本当に生きている鷹も一緒!)までいました。
この馬車が来る前には、Regina(女王)の馬車だと言っていました。
残念ながら、中は見えず。
結局最後まで見て、やっと宿にたどり着いたのは18時半になってしまいました。

スルモーナのことやアブルッツォの味わいある小さなまちの数々のことはすでに書いているのですが、
何しろこのブログは私の保存用に遡って書いているので、
このエリアを訪れるのはこの時(’13年夏)が初で、
読んでくださる方には違和感があるかもしれませんが、悪しからず。

旅2日目は、9時半にカンポバッソを後にして

ローマ、ティブルティーナにて日本からやってきたペコさんと合流。
そこらで昼食をすませ、15時発の長距離バスに乗って、
今度はアブルッツォ州の山の中のまちスルモーナへ。
こちらは所要2時間10分。

途中ラツィオとアブルッツォの州境辺りには山の上の小さなまちが
あちこちにあって、寄り道したくなりました。
車だったらそういうことが自由にできるのにねぇ。
山の景色も美しく、途中で結構激しい雨も降り、
それもあっと言う間に上がりました。
ここにはバスターミナルはないのだけど、バス停から宿までの道は分からず、
でもこちらから訊く前に運転手のオニイサンが、
君たちはどこまで行くの?と尋ねてくれて、
宿の住所を言ったら、なんと誰かに電話をかけて道を訊き、教えてくれました。
カンポバッソの人も、スルモーナの人も、他の場面でも穏やかで親切でした。

さて、それでも道がよく分からなくて、ひとまず主要な広場へ。
ところがその広場が目隠しネットで囲われていて、外側を通るしかなく、
工事中?なんて思いつつ歩いていました。

何かの冊子を配布しているおじいさんがいて、
その人に訊いたら道を丁寧に教えててくれたのでその方向へと進むと
人がやたら多くて、これは夕方の散歩時間だからかと思っていたら、
教会の階段のところがまるで観客席でもあるかのように
人がずらっと並んで座っています。

その向かい側には可動式の柵が置かれ、道路の真ん中は空いているのに
柵から道端には歩けないぐらいの人、人、人。
えええー、宿には18時ごろには着くって知らせてあるのに~
歩けない~、真ん中を突っ切っちゃおうか?と思っていたら、
なんとなんと、道の奥からパレードが始まったではありませんか!!

中世の衣装のパレードです。
さっき道を教えてくれたおじいさんからパンフレットもいただいたけど
お祭りがあるからだったのね、なんてペコさんと話しながら、
その場でパレードを観ることにしました。
(私たちは絶好の位置で、しかもスーツケースがよい柵になり、
他の人が前に出てこられないという状態でした)
写真がたくさんあるので、また明日続きを載せます。

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