ぐら姐のよくばりイタリア

イタリアにはまってかれこれ25年。イタリア人て面白い、から始まって、イタリアは美味しい、イタリアは美しい、イタリアの田舎が素敵、イタリア美術や建築も面白い…とずぶずぶ深みにはまっている私「ぐら姐」のイタリアなんでもありのブログです。

カテゴリ:州別 > バジリカータ州

ポテンツァは、サン・デメトリオからメルフィに行くのに、万が一予定の列車に乗り損ねたり、列車が遅れたりすると一気にメルフィまで行くのはかなりきついと思い、1泊することに決めた、バジリカータ州の州都です。

全然下調べをしていなくて、駅に降り立って、びっくり。
まちまで離れていることは覚悟していましたが、目の前がいきなり高くなっていて、宿まで歩こうなんて気持ちは一気に消え失せました。

エディコラのオニイサンにチェントロにはどうやって行けるか訊いてみました。
「あそこのバス停からバスがあるよ、次は...18:05発だよ。」と言われて時計を見ると17:06!
1時間待たないといけないのはいやなので、タクシーの電話番号を教えてもらおうと思ったら、呼んでくれました。
イタリアでは、こういう時に親切な人が多くて有難いです。(あ、日本もですね)

ドライバーのお爺ちゃんが、「ホテルの前の通りは今補修中でね。すぐ近くまでは行ってあげられるから、心配はいらないよ。」と言います。
そして途中で宿に電話して、「今お宅に向かう客を乗せているから、〇〇広場の方まで迎えに出てくれ。」というのです。
お爺ちゃんは、ちょっと足が悪いのに、広場の手前に車を停めると、私の荷物を転がして、広場の向こう側まで案内してくれました。
そして細い通りを指さして、ほら宿の人が出てきているのが見えるだろ、あそこだよ」って。

部屋に入って一息ついてから、ホテルの人にお薦めの店を訊いて食事のために出かけました。
夜のまち歩き。



ナターレの時期だったので、イルミネーションがきれいでした。







翌朝の駅までの散歩は、州別シリーズを終えた後の州都シリーズで載せますね。

'17年冬、カラーブリアのあのぐるぐるヘビの教会を見た後に行きました。
そう、ここでも観たいものがあったのです。
Chiesa Rupestre di Santa Margherita(サンタ・マルゲリータ洞窟教会)です。

この教会を見るには、メルフィの観光協会のサイトにある番号に電話して予約しなければいけません。
2、3日前に電話してその日は都合が悪いと言われては元も子もないので、3週間ほど前に電話予約していました。

3時にドゥオーモ広場へ行くと、約束通り待ってくれていてすぐに車で出発しました。
町からは外れますが、それほど遠いところではありません。
水道か何かの施設の駐車場に車を停めて降り、
こんなところを下って行きました。

錠前を開けて中に入りました。
バジリカータには、13世紀に異教徒として追放されたキリスト教徒たちが、
こうして洞窟教会を作ったのだと聞いたような気がします。
(話はもっと複雑でした...)

「生者と死者の出会い」

生者と死者を同画面に描いた珍しいものだそう。
生者は、フェデリーコ2世と3番目の奥さん、そして子どもだそうです。
フェデリーコは、髭もじゃの顔で描かれることが多いけど
この絵のフェデリーコが、一番本人に似ている顔なんだよ、と言っていました。

「生者と死者の出会い」は、入ってすぐ左のサン・ミケーレのクリプタの
右横の壁にありました。
こちらがサン・ミケーレのクリプタの正面。

左横の方にもサン・ミケーレ。
こちらの方がはっきりしています。

正面祭壇。
そのほかにもいろいろな場面のフレスコ画がありました。
この空間も解説も独り占めで見られたのは本当に幸せでした。

翌日は、また別な方にサンタ・ルチーア洞窟教会を案内していただきました。







ここを見るために車を停めたところからのまちの眺め。



ドゥオーモ



カステッロもありました。

中は、ムゼオになっています。



まち歩き













食事の店も美味しくて、全然高くなくて、居心地のよいまちでした。

’04年にポリニャーノ・ア・マーレに2泊+3泊で滞在し、その中日にポリニャーノのホテルに荷物を預け、1泊分の荷物を持ってアルベロベッロとマテーラに行ったのが最初です。
アルベロベッロは立ち寄り、マテーラは宿泊しようと思ったのは、夕に夜に朝に見て素敵なまちだろうと思ったからです。

’18年夏に再訪しました。
このときは、前回の反省を踏まえて観る順番を決めました。

まず’04年の時の写真を載せます。(もうこの頃はデジカメを使用していましたが、カードの容量が大きくなかったので今ほど取り放題ではなかったです)自分が写っていない写真もたくさん撮りました。







歩いているうちにサッシ群を谷越しに見られるビューポイントがあり、谷越しの向こうからこちらを見たら面白いのでは?と思いつき、タクシーの運転手に話して行ってもらったら、予想通りの眺めだったのです。
ただ、訪れたのが午後だったため、逆光で美しさも中くらいなりという感じだったのが心残りでした。


夕暮れのサッシ

夜のサッシ

ここからは’18年に行った時の写真を載せます。
初めて行った頃にはまったく知らなかった、「原罪のクリプタ」と言うのがあることを知り、是非とも見たいと思ったのでした。


原罪のクリプタとは、山の中の洞窟礼拝堂で、8世紀から9世紀に絵が描かれ、礼拝堂として使われていたのだそう。
発見されたのは1900年代に入ってからとのことで、つくられた当時のものがそのまま残っているのです。
予約制でのガイデッドツアーのみで公開しているとのことで、日本から予約して行きました。

タクシー(こことその前に行きたいところがあったので、事前に連絡を取って予約していました)で受け付けの建物まで行って、予約確認。
案内の人の車の後について、私たちも再びタクシーに乗り込んで5分ほどだったでしょうか、え?こんなところに?というような山道の途中で車は止まり、そこからはこんな道を下りて行きました。

ちゃんと扉が付けられ、施錠されています。

中は薄暗く、一人ずつあなたはここへ、と腰掛ける場所(岩の上)を指定されて
全員座ると、まずはアナウンスが流れます。
そしてフレスコ画の一つ一つが順に灯りで照らされ、説明がなされます。
分からないところがいっぱいでしたが、事前にモモ先生の本で読んでいたので
ある程度は理解ができました。

中は撮影禁止なので、写真は1枚もありません。
これは公式サイトから拝借した写真

素晴らしいかったです。
くっきりと1本ずつの線が残り、聖母子の顔もはっきりと分かります。
そして赤い花の色も鮮明に残り、全体を素朴で可愛い感じにまとめ上げています。

他のフレスコ画もいくつもあって、それが暗い中でひとうひとつ浮き上がるのでとても印象的でした。

一通りの"ショー"が終わると、実はここは半洞窟で、開いている方にシャッターが取り付けられていて、それが上げられると自然光がふわーっと入ってきました。
直射日光は入らず、それでも明るくなったのでそのままのものを近寄って見ることができました。



原罪のクリプタの前に行ったのが、初めの方で書いた谷越しにサッシを見られるビューポイントです。
’04年の時に学習していたので、まずは朝のうちにこちらを見ておきたいと思ったのは大正解でした。
これから行かれる方、そこはBelvedere di Murgia Timone(ムルジア・ティモーネ)と言うところなので、是非午前中にどうぞ)





ね、午後は逆光になるので、ここに行くなら絶対に午前中ですよ。

マテーラは、教会などの観光も、まち歩きも楽しめました。
以前のブログに詳しく載せているので、よろしかったら検索して見てみてください。
最後に早朝のサッシ群を眺めに行った時の写真を載せます。




バジリカータ州にも少ししか行っていません。
どこに行ったかしら、とバジリカータの地図を見ていたら、意外なことに気が付きました。
私の感覚だとバジリカータって海無し州と言う感じだったのに、
ティレニア海側はカンパーニア州とカラーブリア州の間に20㎞弱ぐらいの海岸線があり、
イオニア海側はプーリア州とカラーブリア州の間に30㎞ちょっとぐらいの海岸線がありました。
認識不足を反省。
そのぐらいこの州を訪れていないということなのですね。
行ったところは、やはり4つだけ。

1.カステルメッツァーノ
2.ポテンツァ
3.マテーラ
4.メルフィ

州都はポテンツァです。
州都はまとめてシリーズ化する予定なのですが訪れた年の数が少ないの州別シリーズにも少し入れます。

今日は早速1.のカステルメッツァーノを。
カステルメッツァーノを訪れたのは’19年のことで(現時点で、この時の旅行以来イタリアに行くことができていません)、ご覧くださった方も多いと思いますので簡単に。

ネットでIL VOLO DEL' ANGELO(天使の飛翔)というスーパーマンみたいに空を飛ぶようなジップラインがイタリアにあることを知り、そういうアクティヴィティが大好きなので、行ってみたくてたまらず、調べてみたのでした。

そうしたら、すごい田舎で、急峻な岩山に張り付くようにあるまちで、その景色も素晴らしく、行かずにはいられなくなったのでした。
なおさんという友人と行きました。
彼女は車の運転がとても上手でイタリアでの運転も慣れている人で、ローマから車を借りて行きました。

急峻な山にあるまちなので、必然的に道が狭く、住民以外の車は中に入ることができません。
まちの入り口で止められ、駐車場に置くように言われました。

まち歩き写真













アクティヴィティのルート

集合場所に行くと車で出発。
上の図の★印、ドロップポイントで降ろされます。
道標に従って上って行くとA地点に着きます。結構歩いて最後がきつい上りでした。
A地点からジップラインでB地点へ飛び、ピエトラペルトーザというまちを歩いてC地点まで行ってD地点まで再び飛びます。
そしてピックアップポイントまで歩いて車に乗り、街に戻ります。

ドロップポイントから歩き始めるところ。

最後のきつかったところ

ヘルメットをかぶり、ハーネスを付けて準備完了

スタート台で背中を吊られ、二人だったので軽い方の友人に重りを付けてバランスを取り、出発。
土踏まず部分に棒(空中ブランコで握るパイプのようなもの)を置かれて蹴るように言われました。
背中からその棒までにバネが入っていて、
足を延ばすと体が1本の棒のように水平にピンと伸びるのでした。

これは別の方が飛んでいるのを地上から撮ったもの

それはそれは楽しかったです。
なあおさんと2人でキャーキャー言って。

夜のまち







着いた日のお昼に食べたブッラータとトマトと生ハムのパニーノ

これが美味しいのなんのって。翌日の昼も行って食べました。

車がないと行き難いまちではありますが、1人でも行こうと調べていた時に
宿の方にお願いすると、もちろん多少払いますが、送迎してくれるところもあるようでした。

カステッロの考古学博物館を出ました。
少しずつ暮れて行く時間帯です。
振り返ると、カステッロにクリスマスのイルミネーションのつもりでしょう、ラインの灯りが…
う~ん、無い方がいい… と思いつつカステッロを後にし、部屋に戻りました。
初日に休みだったブラチェリアが20時開店なので、それまで部屋で待つことに。
テレビを見たりネット接続してあれこれして、時間を潰し、20時に出かけました。
まだ1組しか入っていませんでしたが、これが南イタリア時間なのですね。

カジュアルな店です。
テーブルの上のランプが素敵。
向こうのテーブルのも。
お肉だけ食べるつもりだったのに、メニューに
サルシッチャとゴルゴンゾーラとカボチャのカヴァテッリというのを見つけて
味が想像できなくて、食べなくちゃ!と思いオーダーしました。
店内が暗いので、赤く見えますが、実際の色はカボチャ色です。
味はというと、ゴルゴンゾーラとサルシッチャの強い味を、
カボチャがまとめている感じ。
美味し~い!
日本のカボチャのようなほくほく甘いカボチャだとこの感じにはならないのでしょう。
あっという間に食べ終わりました。

セコンドは、肉の炭火焼き盛り合わせ。ブラチェリアですものねえ。
12時の位置から時計回りに、豚肉(肩ロース)、鶏腿肉、サルシッチャ、羊(ラムラック)。
ものすごい量です。
コントルノにひよこ豆をいただいたのですが、これもまたなかなかの量。
パスタも食べたので、さすがにお腹いっぱいになり、豚肉を半分残してしまいました。
ヴィーノも半リットルいただいて、大満足。

部屋に戻って一息ついたころに私のイタリア携帯が鳴りました。
出てみると、声が聞こえません。
私の声も聞こえていないようです。
とりあえず切って電話番号を見たら、アレッサンドラからでした。
出ようとしたら、繋がりません。
またSolo emergenzaになってしまって…
アレッサンドラの家は、端っこにある階段を上って2階なので、
訪ねて行ってみました。

そうしたら、アレッサンドラが入って入ってと招き入れてくれて。
中には、彼女のマンマがいました。
食事はもう終わったと言うと、自家製のリモンチェッロをご馳走してくれて、
3人でおしゃべりしているところに初日に会った妹さんが婚約者を連れて入ってきて、
今度は5人でおしゃべり。
パパが、クリスマスのコンサートの音楽監督をしていて、
今日その打ち合わせをしているときに建物の段差で躓いて転び、鼻を打って大変という報告をアレッサンドラがすると、そこに鼻に絆創膏を貼ったパパが登場。

皆さんでこれから食事だというのでお暇しようとしたら、
あなたも何か食べて行けば、と言ってくださったのですが、
もう食べ終わってお腹いっぱいだとお断りしたら、じゃあ飲み物だけ出すから
もう少しおしゃべりしましょうよということになって、
彼らの食卓でお酒だけいただいて、おしゃべり。

パパの鼻は、みんなが医者に行けというのに、パパは絆創膏を貼ったからもういいと言い、
そんなことしていると明日はもっと腫れるよ、と女性陣が脅し、
パパ、食べすぎはダメよ、今だってサンタクロースみたいなお腹なんだからと笑い、
アレッサンドラは歌が大好きで、歌の動画を撮ってはアップしているのを見せてくれ、
(ここで私と彼女はfacebookの友達になりました。歌を聴いてね、ということで。)
妹さんは漫画が大好きで、日本が大好きでいずれ日本に行きたいと思っていると、
彼女が書いた漫画(絵)を出して見せてくれました。
それから日本のことをいくつか質問され、
彼らは天皇が現役のうちに交代することも知っていて
日本人はそれをどう思っているのか、と訊かれもしました。

結局11時過ぎまで楽しく話しているうちに、
そういえばアレッサンドラの電話は何の用だったの?と思い出して訊くと、
翌日駅まで送るから何時の列車に乗るのか教えてというものでした。
お言葉に甘え、朝の約束をして部屋に戻りました。

翌朝は5時に起きて朝食、シャワー、パッキング。
ゆったりとお茶を飲んでから8時に部屋を出ると、約束通りアレッサンドラが来ていて、
車で駅に向かいました。
部屋に置いてあったアマレーナのジャムが美味しかったと前夜伝えたら、
もっと大きい瓶に入っているものをプレゼントよ、と持ってきてくれていました。
お礼を言い、また訪れる約束をして別れ、次の目的地アンコーナへと発ったのでした。

メルフィのカステッロの続きです。
見終わって、外に出ました。

メルフィのカステッロに向かいます。

だらだらと坂を上って行きます。
小さな広場に、どうしてこのような像があるのか…
ちょっと辺りを見回しましたが、それについて書いてあるものは見つかりません。
今度は長い階段をだらだら上って。
左に曲がると見えてきました。
ここからのまちの眺め。
さあ、入りましょう。
ここは、国立考古学博物館になっています。
チケットはこの門を入り、建物のドアを開けたところで買えましたが、
入り口は横の方でした。
入ってすぐのところにここの一番自慢の、古代ローマの石棺。
けっこう大きくて、長いところが2m以上あります。
メルフィは、フェデリーコ2世が住んだ場所で、
1231年にここで「シチリア法典」を公布したのだそうです。
この城は、ロベルト・イル・グイスカルド・ダルタヴィッラがプーリア公に任命された場所なのだそう。彼は、シチリア王国を建てたオートヴィル家の首領だそうです。
第1回十字軍が宣言された場所でもあり、
フェデリーコ2世も居館としていたそうです。

窓から見える塔が、カステル・デル・モンテに似ていないこともない感じ?
八角形はどこにもありませんけどね。

これも素敵!
残っている部分は、このドラゴンのような部分だけなのですが、
こうした円形の盾につけられていたものだそう。直径が80㎝以上もある大きさです。
これを見るとイメージが湧きますね。
そして兜が面白い!
あまり期待して行かなかったのに、面白いものがたくさんあったので
次回に続きます。

ドゥオーモの裏から少し行くと、わいわいがやがやと子どもや大人の声がして、
こんな人だかりが見えました。
小学校でした。
明日からクリスマス休みに入るので、子どもたちの声はとても弾んでいました。
友達に別れを告げ、家の人とうきうき家路についています。
学校の入り口までは保護者が送り迎えする、というのは当たり前のことなのに、
日本では、いつになっても義務化する動きはありませんね。
生活感があっていいなあ、なんて思っていたら、
全く生活感を感じない建物。
13世紀のサンタ・マリア・ラ・ノーヴァ教会の入り口だけが残っているようです。
別な入り口から出入りして、だれか住んでいるのでしょうか。
近くの公園で、小犬が大きい犬にじゃれていました。
じゃれている様子がかわいくてしばらく見ていたら
(でも動き回るので、まともな写真は撮れなかったのですが)
小犬の飼い主のシニョーラは、
「あの子はとっても気難しくて、他の犬を見ると逃げるのだけど、
あの犬にだけは気を許し、遊んでもらいたくて近づくのよ」と話すのでした。
我が家はもうすぐそこです。
部屋に戻って、昨日のお昼に食べなかったお弁当と
(といっても自分でパンに生ハムを挟んだだけのものですが)
さっき買ったモッツァレッラとビール、
そしてコゼンツァのスーパーで買った真空パックのラーペ・ロッセ(ビーツ)。
昨日と、今日の午前の部でこのまちに来た目的は果たし、
相当満足して少し昼寝をしました。
でも、朝に遠景を見てしまったので、その後はカステッロへと向かったのでした。

部屋の冷蔵庫にモッツァレッラを入れて、すぐにドゥオーモに向かいました。
ドゥオーモの正面の写真を撮らなかったと書きましたが
横からなら1枚だけ撮っていました。
分かりにくいですが、ファサードはこんなことになっていたのです。
奥の白い覆いで囲われているのがファサードです。
中に入りました。
天井
だれもいませんでした。
このキリスト様は、オダギリジョーに似ていますね。
この日は12月23日なので、キリストはまだ生まれていません。
外に出ました。
ここは、何なのでしょう?
イタリアカトリックの活動の一環であることはわかるのだけど。
ファミリーサロンって?

美しい鐘楼。
↑ 真ん中の2つのアーチの真ん中にワイヤーで作られた天使が。
夜になると明かりが灯るのでしょうね。
裏の方へ抜けて、もう少しまち散歩を楽しみます。

目当ての洞窟教会2つ+1つを見て満足してまちまで送ってもらい
広場で降ろされるのだろうと思ったら、
ドゥオーモの近くの市立美術館に連れて行かれました。
ここにも僕たちアルケオクラブが保存してるフレスコ画があるんだよ、と。
16世紀のサン・マルティーノ洞窟から剥がしてこちらに持ってきたものだそうです。
あまりはっきりしてません。
これは、洞窟のイメージが伝わるような展示をしたものだそうで。
17世紀のものだそう。
うーん、あまり好みではありません。
ミケーレさんとヴィットーリオさんは、
明日から始まる展示会の準備をしている仲間と話し始めたので、
他のものもざっと見て回り、
彼らにお礼を言って、外に出ました。

駅の方まで行ってまちの遠景を見ておきたいと思っていたので、
一旦部屋に戻ってトイレを済ませ(こういう時に町中に宿を取ると便利なんですよね)出かけました。
ご近所の魚屋さん。
その隣にはテントの八百屋。
向かいにはハム・チーズ屋。
少し歩くと、まちの一番古い門が見えてきました。
ヴェノジーナ門という名だそうです。
外側から。
城壁の周りは緑地帯になっていて、
この時期ならではの飾りがありました。
笑っちゃうのが、この木。
CASA DI BABBO NATALE(サンタクロースの家)と書かれているのですが、
その裏は、
CASA DELLA BEFANA(ベファーナの家)
ベファーナは1月6日のエピファニアの日に箒に乗ってやってくるおばあさんです。
年が変わると、この木を付け替えるのでしょうか。
15世紀に4㎞にわたって張り巡らされた城壁です。
坂を下って駅の方へと向かい、振り向くとまちがちょっと遠景になりました。
お、水牛の看板。モッツァレッラを作っている店です。
駅に向かう右側には遠くの山が見えます。
駅に着きました。
この時期だからなのか、いつもなのか、駅は無人でした。
バールで切符が買えるか訊いたら、ホームに自動券売機があるよ、とのこと。
明日の移動の切符は、フォッジャからアンコーナまでのICの切符だけ安く購入していますが、ここからフォッジャまでのレジョナーレは安くならないので、ここで購入。
またまちに戻ります。

まちの入り口のセラミックの表示。
裏側。
さっきの水牛の看板の店に入りました。
なかなかの人気店らしく、皆さん6個とか10個とか買っていました。
豆腐屋さんみたいに、大きな桶から網杓子を使ってすくい取り
袋に入れて重さを量って値段を出してから、
今度は網ではない柄杓で桶から袋に水を加えて縛ってレジ袋に入れるのでした。
順番を待って、私はモッツァレッラを1個だけ購入。
ほかのチーズも売っていて、そそられましたが、
ダメダメ、明日の朝は移動じゃないの、と自分をたしなめました。
モッツァレッラを部屋に置いて、すぐに出かけます。
昼休みに入る前にドゥオーモを見に行くのです。
それはまた次回。

↑このページのトップヘ