ぐら姐のよくばりイタリア

イタリアにはまってかれこれ25年。イタリア人て面白い、から始まって、イタリアは美味しい、イタリアは美しい、イタリアの田舎が素敵、イタリア美術や建築も面白い…とずぶずぶ深みにはまっている私「ぐら姐」のイタリアなんでもありのブログです。

カテゴリ:ジャンル別 > まち歩き

'13年夏、私が最初に出発してその翌日にペコさん、その5日後にイプさんが飛んできて3人揃ったらシチリアに向かうことになっていました。
私は1泊だけカンポバッソに行ってローマに戻り、ペコさんと2人でスルモーナ、その後テルモリを訪れてローマに戻ったのでした。

スルモーナを選んだのは、「イタリア好き」という小冊子でこのまちのお店が美味しそうで感じがよさそうだったから。
2泊してからテルモリに向かうことにしたのです。

それだけの理由で行ったのに、午後到着して宿に向かう途中で中世の衣装の行列に出くわしたのです。
しかも行列を見ようと待機している人たちの前を荷物を引きながら歩いているときに少し先のところからパレードが始まって動けなくなったので、絶妙な場所で見学することができて。



こんな感じの行列の写真をアスコリ・ピチェーノのジョストラを見に行った時に載せたので、祭りの写真はこのぐらいにしておきます。

そしてお宿が思いのほか素敵で、朝食は屋上でいただけるのでした。
しかも超充実の内容で。







まちの様子



ドゥオーモ

このまちは、第二次世界大戦で壊滅的に破壊され、まちの人々ができるだけ元通りの町並みを、と再建したのだそうです。
ですから古いものはあまり見られません。

コンフェッティ(砂糖でコーティングしたアーモンドのお菓子)がまちの名産品です。
コンフェッティは白いのですが、カラーセロファンでぴったり包んでお花などにまとめてお土産屋さんで売られていました。













コンフェッティの工場見学もしました。





目当ての店には’13年の時も’15年の時も行きました。









お料理の写真ももっとあるのですが、このぐらいにしておきます。
ここは見どころがあるわけではありませんが、居心地のよいまちでした。

ポテンツァは、サン・デメトリオからメルフィに行くのに、万が一予定の列車に乗り損ねたり、列車が遅れたりすると一気にメルフィまで行くのはかなりきついと思い、1泊することに決めた、バジリカータ州の州都です。

全然下調べをしていなくて、駅に降り立って、びっくり。
まちまで離れていることは覚悟していましたが、目の前がいきなり高くなっていて、宿まで歩こうなんて気持ちは一気に消え失せました。

エディコラのオニイサンにチェントロにはどうやって行けるか訊いてみました。
「あそこのバス停からバスがあるよ、次は...18:05発だよ。」と言われて時計を見ると17:06!
1時間待たないといけないのはいやなので、タクシーの電話番号を教えてもらおうと思ったら、呼んでくれました。
イタリアでは、こういう時に親切な人が多くて有難いです。(あ、日本もですね)

ドライバーのお爺ちゃんが、「ホテルの前の通りは今補修中でね。すぐ近くまでは行ってあげられるから、心配はいらないよ。」と言います。
そして途中で宿に電話して、「今お宅に向かう客を乗せているから、〇〇広場の方まで迎えに出てくれ。」というのです。
お爺ちゃんは、ちょっと足が悪いのに、広場の手前に車を停めると、私の荷物を転がして、広場の向こう側まで案内してくれました。
そして細い通りを指さして、ほら宿の人が出てきているのが見えるだろ、あそこだよ」って。

部屋に入って一息ついてから、ホテルの人にお薦めの店を訊いて食事のために出かけました。
夜のまち歩き。



ナターレの時期だったので、イルミネーションがきれいでした。







翌朝の駅までの散歩は、州別シリーズを終えた後の州都シリーズで載せますね。

ボルツァーノの12月の写真を載せます。
’10年のことです。
通りにはナターレの飾り。

そしてクリスマス・マーケットが。



夜になると明かりが灯り。



いろんなものが売られていました。









広場の一角で大きなポリタンクに入った温ワインを飲んでいる人たちがいました。

仲間に混ぜてもらって、少しお話をしたのですが、彼らの会話はもちろんドイツ語。
私はイタリア語を話すのが躊躇われ、私たちと彼らは英語で会話しました。
チロルの民族としての強い誇りをもち、イタリアを嫌っている雰囲気があったのです。

特に南イタリアを毛嫌いしていて、
「ここには、山があり、この地は豊かだ。僕たちはしっかりと働いている。なのに南は全然働かない。」
と言っていました。

イタリア大好きだし、南の人たちの中にもよく働く人はいるし、働きたくても働くところがない人たちもいるでしょう、南にもいい人たちはたくさんいるのよ、なんて言いたくても言えませんでした。
南の人が気持ちを入れ替えれば簡単に片付くという問題ではなく...

私は北も好きだけど、南も大好き!
ドイツ語を嫌いというつもりはないけど、イタリア人がイタリア語で話しているのを聞くのが好き。
イタリア人の人間らしさが大好き。
心の中でそう思いながら、複雑な思いで聞いていました。

さて、再び昼のまちのナターレに浮かれる雰囲気を。






ヴァッレ・ダオスタ州には、'98年に1度だけ訪れたきりです。

行ったのはアオスタだけ。
日帰りでクールマユールとグラン・サンベルナール峠に行ったので、とりあえず

1.アオスタ
2.クールマユール
3.グラン・サンベルナール峠

と3つに分けて書きます。

この当時は、いつまで興味が湧いたところにどんどん行っちゃえ!という感じで行っていたし、コースを組むのにインターネットのサイトが充実していなかったので、ガイドブックを頼りに予定を組んでいました。

アオスタにはイプさんと2人で行きました。
いつもコースを組んでからフライトの予約をするのではなく、
休みを使えるだけぎりぎりの日数でフライトを予約してからスケジュールを組んでいたので、
この時はミラノから帰国するのに最終日のミラノ泊を除いてあと4泊をどうしようかと相談し、
アオスタに3泊して、その後バルバレスコに1泊だけすることにしたのでした。
アオスタでは、山歩きをしようと言うよりは山を見て楽しむ程度でいいかな、と。

1.のアオスタです。
フィルム写真をデータ化しているのでぼんやりした写真ですし、自分が入っている物ばかりでろくなのがないのですがご容赦を。

アオスタの駅。今はだいぶ変わったでしょうか。(何しろ26年も前)

その頃古代ローマに着いては何も知らなかったので、まちに残るローマの遺跡を見ても、へええ…2000年も前の…ぐらいにしか思わなかったのですが、まち中に古代ローマの遺跡がありました。





もうこれしか、無いのです。
あとは食事中に撮ったものだけで。
短いですが、とりあえず今日はこのぐらいで。

州都なので州都シリーズで書くべきなのでしょうが、5で終わってしまうのは寂しいのでざっと書いておくことにしました。

’18年夏に訪れました。
海岸線と平行に走るメインストリートを歩いていると交差点に差し掛かると海、そしてシチリア島が見えるのがなんだかわくわくしました。



メインストリートは思っていたより都会でびっくりでした。

クラシックなお店もありました。

国立考古学博物館の目玉は、1972年にリアーチェ沖の海底から発見されたブロンズ像2体です。
イオニア海の底に沈んでいるのが発見されてから四十年以上が経過し、
2013年の末ようやく本拠のレッジョ・ディ・カラーブリア国立考古学博物館に戻ってきたのです。

Uomo maturo(壮年の男)

こちらは、Giovane(若い男)



紺色のきれいなチンクエチェントが停まっていました。

海辺





ジェラート屋さん

とてもとても庶民的な(というより労働者のための)食堂がありました。

ちゃんと美味しくて、信じられないほど安くて、感動した店でした。

スティーロの続きです。
ラ・カットーリカは、まちの高い方にあり、まち歩きには下りて行きます。









下から見上げるとこんな感じです。

街の中心の広場にある教会(ドゥオーモではないようでした)

こんなに人が多いのは、葬儀が行われているからです。

私たちの宿。珍しく大きなホテルです。

翌朝の散歩。





バールで朝飯前のカッフェ

この日もいい天気になってきました。

市が立っていました。



州やまちの地図入りのティータオルとかエプロンを見るとそそられます。
昔はイタリア地図入りで満足していましたが、近頃は州とかまちとかでないと買いません。





この田舎感、大好きでした。
また行きたいです。

州別シリーズ、ピエモンテの3分の1を終えたところで、次はずうっと南下して、カラーブリアについて書きます。
少ないです。

1.コゼンツァ
2.サン・デメトリオ・コローネ
3.スティーロ
4.トロペーア
5.パオーラ
(6.レッジョ・ディ・カラーブリア)

以上。
レッジョは州都ですが、人口18万ほどですし、ここを載せないと寂しく終わってしまいそうなので含めて書くことにします。

カラーブリアの1.は、コゼンツァです。

2度訪れていますが、最初は’07年夏にソレントからシチリアまで行くのに、途中で1泊することになり、とりあえずこの辺りでとこのまちを選んで宿を取ったのでした。
ちょうどフェッラゴストの時期だったので、まちは閑散としていて、店も閉まり、暑いし、ちょこっと散歩しただけで終わりました。

ドゥオーモ

結婚式が行われていました。



食事ができる店を見つけるのも大変な状態で、宿に人に開いているところを聞いてなんとか食べることができました。

2度目は’17年12月。
この時は、一人で「イタリア古寺巡礼」の本に出ていたサン・デメトリオ・コローネのサンタドリアーノ教会や、メルフィ(バジリカータ州)の洞窟壁画などを観る旅をしました。
サン・デメトリオ・コローネに行くための足掛かりとして、コゼンツァに宿を取りました。

駅がきれいになっていてびっくりしました。

宿からの眺め。

1人で、ただ泊れればよいだけの宿だったのに、広くてびっくり。
キッチンまでありました。



食事を兼ねてまち散歩に出たら、これが’07年に泊まったのと同じまちなのかと驚くほどにぎやかだし、それなりに都会なのでした。

ナターレの飾りがきれいでした。









バンドの演奏もやっていました。



夏のバカンスシーズンでもなく、冬のナターレの時期でもない普段のときを見てみたいと思ったまちです。

アルバの続きです。

焼き栗屋さん。焼きたての熱々が買えるのは嬉しいです。

白トリュフ祭りだからなのか別のお祭りがあるのか、地区の旗が出されていました。





グリッシーニづくりの実演イベントもありました。

さて、白トリュフ祭りではないときに1度だけアルバに行ったと書きましたが、2回でした。
’08年の夏にイプさんと合流するときにちょこっと寄って昼食をいただいたのですが、
なんとほんとに料理の写真しかありませんでした。
あとの1回は、’10年の冬にPapalinaさんの運転で車で北イタリアを旅したときに1泊だけしました。
車であちこち寄って夜に到着し、目当ては食事だったので、これまた料理写真がほとんど。
でも、ちょっとだけ夜のまちの写真を撮っていました。
載せますね。
一番大きな広場サヴォーナ広場です。

明るすぎなくていいですね、と思ったら明るいところもありました。

これは派手過ぎ。

この掲示板で何度も書いていますが、ここを訪れたのはほとんど白トリュフ祭りのためです。
(そうでないのが一度だけありますが、それはたまたま通っただけ。)

初めて訪れたのは'04年。
「地球の歩き方掲示板」がまだあったころです。
掲示板でのやりとりで親しくなった人たちと一緒に白トリュフ祭りを楽しんで、
1泊して別れた人もいれば、翌日まで一緒だった人も。
'04年の秋のことです。

ミラノで集合して、一緒にアルバまで電車で行きました。
(まだこの頃は、電車の運行がありました)
賑わっている通りを歩いて会場に向かいました。

入場料を払って中へ。
会場に入った途端白トリュフの香りがブワンと鼻腔に届きます。
ウェルカムドリンクをまずいただいて。

白トリュフ祭りではありますが、トリュフを売るスペースのほかに、

この地域の特産物(もちろんヴィーノも!)をいろいろ試食販売していています。





↑ 上の写真のシニョーレは、15年経った’19年にも健在で、とても嬉しかったです。

あ、このシニョーレも。



白トリュフ祭りには、’04年、’06年、’07年、’08年、’19年と5回行きました。
開催の形は行く度にちょこちょこ変わっていて、間が空いた’19年には、とても変わったなあという印象がありました。
世の中のものごとは変わらないものって少ないのだなあと齢を重ねて実感するこのごろです。
それぞれの年の特徴的な写真を少しずつ載せます。

’04年
入り口で迎えてくれる太鼓隊

チョコレートイベント

’06年
これは会場入り口ではなく、広場でのイベント。

クラシックカーパレードをやっていました。

’07年
会場前の巨大白トリュフを積んだ車

この年は、私が行った日に、取り立てて楽しいイベントは行われていませんでした。

’08年
この年は会場が変わっていました。

この年も特別なイベントはなかったようですが、展示はありました。



そして’19年。会場はまた元の場所に戻っていました。

この年もイベントはありませんでした。

これから訪れようと思っていらっしゃる方、日程の融通が利くならイベントをチェックしてから計画を立てるのが良いと思います。

今日は白トリュフまつりのことだけで長くなってしまったので、次回に続きます。

テルメ(温泉)がありますが、そして温泉施設にも泊まりましたが、
何と言っても美味しいお店があるところ、そしてまち歩きが楽しいところです。
カネッリから車で行くことができます。
(カネッリも、アルバも、ピエモンテ州の南の方にあります)

’04年にアルバの白トリュフ祭りに行き(’04・’06・’07・’08年と立て続けに行っていました)、’06年に行く前に知人からカネッリのアグリトゥーリズモのことを聞いて訪れ、それ以来通うように訪れ、’07年のときにアックイ・テルメにも足を伸ばしたのでした。

泊った宿のことはすっかり忘れましたが、温泉施設のある宿です。
写真は撮っていなくて、この1枚だけ。
温泉施設内で履くビーチサンダルのようなもの。
右のようにぺちゃんこなものを左のように組みます。

まちの中の、温泉が湧いているところ。

容器を持参して詰めていく人も結構いました。
飲用にする人が多いのです。

ここはライトアップされるととても綺麗でした。

まち歩き写真









この時にふらりと入った昼食の店のトリッパが最高に美味しくて感動ものでした。
見た目は普通ですが。

それと、夜にカネッリのアグリのご主人が紹介してくれた素敵なお店の夕食。
お店も美しく、料理はすべて美味しかったのですが、
特に美味しかったのがプリモの兎肉のラグーのタリオリーニです。

14年経ち、その後もイタリアのあちこちでいろんな食事をした今でも、ペコさん夫妻と人生で一番美味しいウサギ料理だったと話しています。

翌朝見た市場も楽しかったです。

’10年にも行きました。
温泉施設のプール。

年末だったのでナターレの灯りがきれいでした。

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