ぐら姐のよくばりイタリア

イタリアにはまってかれこれ25年。イタリア人て面白い、から始まって、イタリアは美味しい、イタリアは美しい、イタリアの田舎が素敵、イタリア美術や建築も面白い…とずぶずぶ深みにはまっている私「ぐら姐」のイタリアなんでもありのブログです。

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完成したトルテッローニは、セージバターを絡めていただきます。
フライパンにバターを溶かして、菜園からセージを摘んできて加え、
香りが出たら、トルテッローニを絡めます。
初めは2個入れましたが、たくさんあったので、あとでお替りもしました。
もちろん、ヴィーノとともに。
プリモを仕上ている途中で、コントルノ(付け合わせ)ペペロナータの準備をし、
ナスを焼きました。
プリモを食べ終わってから、トマトを入れてペペロナータを完成させ、
セコンドの鶏腿肉を焼きます。
小麦粉にさまざまな色のペッパーを混ぜてまぶし、それをフライパンで焼きました。
完成して、盛り付けした皿。
どれもどっさりあったので、お替りして満腹になりました。

が、このあとズッパイングレーゼを作って、いただき
上から見たところ。
〆に、ラッラのお手製のリモンチェッロをいただきました。
気が付けば17時過ぎから始まった料理教室も、すでに22時半です。
タクシーを呼んでもらおうとしたら、混み合っているようで、無理。

そうしたら、ラッラと今日の生徒のうち2名に車があるということで
分乗して、駅まで送ってくれることになりました。
私たち3人はラッラの車で、駅まで楽しいおしゃべりをしながら帰ったのでした。

学校3日目、学校の催し物は、午後はなしで、夕方5時から料理教室がありました。
もちろん、申し込みをして出かけました。

郊外にある、先生の自宅で行われるので、
クラスメート2人とともにバスで行くことにして、バス停で待ち合わせ。

3人とも約束の時間までにちゃんと集まったのに、バスが待てども待てども来ません。
さすがに、20分も来ないのはおかしいでしょ、といことでバス停のあちこちを見てみたら、
小さな紙に、この日「このバス停は工事のため使用せず」だそうで・・・
ああ、やっぱりイタリア!
もうちょっと目立つ表示をしてくれてもよさそうなものなのに。

仕方なく、タクシーで行きました。
代替のバス停が書いてあったのですが、
つぎのバスでは、間に合わないかもしれなかったので。

先生のラッラは、パワフルなオバチャンです。
ご主人を病気で亡くし、娘さんは嫁いですぐ近所に住み、
息子さんは遠くでリストランテをやっていて、独り暮らしなのだそう。
でも、かつてはリストランテで働き、
今は、結婚式のパーティーなどがあれば呼ばれて作りに行き、
市長の料理人としてもう十数年働いているバリバリのオバチャンで、
家も、ちょっとしたパーティーが開けるような大きな家です。
学校の生徒が6人、かつての生徒で、アレッツォに住んでいる女性とその友人、
仕事でイタリアに来ていて、ラッラの教室があるときくと必ず参加するという
料理大好きなドイツ人の女性、合計9人で行われました。

料理を始める前に、ラッラがみんなにアペリティーヴォを注ぎ、
用意してあったストゥッツィキーニ(つまみ)をすすめてくれました。
ちゃんと開始時刻にあわせて作っているようで、温かい!
その後、全員用意されたエプロンを着用し、
パスタ作りをしました。
ラッラの飼い猫。
なかなかの別嬪さんですね。
でも料理教室が始まるので、外に出されてしまいました。

レシピを渡され、皆が順番に読まされます。
ラッラはイタリア語教室の方から、ちゃんと全部イタリア語でやるように頼まれているそうで
レシピの読み方も、おかしいところは全部直してくれました。
それから調理器具の名前も教えてくれました。

まずは、パスタの手打ち。
全員にちゃんと手打ちさせてくれるのが素晴らしいです。
(デモンストレーションの見るだけというのも多いですからね。)

粉の真ん中に窪みを作って、卵を割りいれ、最初はフォークで
卵を崩しながら粉と混ぜていきます。
あらかた混ざったら、手で捏ねて。
ようく捏ねたら、最後に丸めて、ラップを掛けて冷蔵庫で寝かせます。
待っていられないので、
ラッラが事前に捏ねて寝かせておいたものを使って続きをやしました。
(みんなが捏ねたものは、寝かせた後に冷凍して次に使用するそうです)

次は、トルテッローニの中に入れる具を作ります。
買ってきたリコッタを、さらに数時間水を切って使います。
この量!
ほうれん草を茹でて刻みます。
リコッタとほうれん草とその他の調味料と混ぜます。
味見させてもらいました。
ああ、これだけで十分に美味しい・・・

パスタ生地を麵棒で軽く伸ばして、
それから機械で何回か伸ばして、
作った中身を生地に乗せて、もう1枚生地をかぶせ、
空気が入らないように手で押さえてから、
ぎざぎざカッターで切っていきます。
多少形は悪くても、空気が入らないようにしっかりと押さえてあれば大丈夫、
と言われて、どんどんやる人、それでも形にこだわって丁寧にやる人、
ここらで性格が分かってきますね。
残った生地は、麵棒で伸ばして、
パッパルデッレだの、フェットゥチーニだの、カペッリーニだの、マルタリアータだの
いろいろな太さや形に切りました。
つづく。

朝5時に起きて宿題をやり、8時15分に家を出て、8時半に学校のビルにあるバールへ。
ここでカップッチーノを1杯いただきながら、持参のノートPCでメールチェックをしたり、
このサークルにちょこっと書き込みをしたり。
9時からレッスン。

この日は、授業中ににわか雨が降り、
先生が、ほんとに去年、今年とイタリアの天候はおかしいのよ、
5月なんて本当に好天続きの爽やかな時期なのに、
このところ不安定で、時々雨は降るは、寒いは・・・と話していました。
私は、部屋のベランダからせり出して設置してある物干しに
洗濯物を干していたので、もうがっかりです。
しっかり濡れるほどの雨でしたから。

前日の授業時間が少し短かったので、この日は追加され、
授業が終わったのが13:40。
午後の予定は15時から映画を観るというものでした。
家に戻って昼食を作って食べ、洗濯物を洗い直しして
また学校に戻るには時間が足りません。

近くにあるSUSHI NUMBER1という店に入りました。
前日からRAMENという文字にそそられていたのです。
肉ラーメンをいただきました。
店員は(おそらく作る人も皆)、中国人。
ラーメンはインスタントのものでした。
このところの生麺のようなおいしい袋麺に慣れている身には、残念な味。
でも肉はたっぷり入っていて美味しく、若布や野菜も入っていました。
これで7€。
コペルトを入れるといくらになるのかしら、とちょっと心配でしたが、
メニューにはコペルトが1.50€と書かれていたのに、
なぜか7€そのまんまでした。

昼食をいただいて、家に急いで戻り、雨で濡れた洗濯物を洗い直しました。
物干を、ベランダの内側に付け替えて、
万が一また雨が降っても大丈夫なように干しました。

それからまた学校へ。
映画は、かなり前の「ラスト・エンペラー」でした。
この映画を知らない人もいるので、簡単な解説をイタリア語でしてくれて、
それからイタリア語吹き替えのラスト・エンペラーを見ました。
私、この映画は見ていなかったので、
初めてこれを見て、泣きました。

感想を求められたのですが、感極まって話ができず、
ただただ涙が溢れて・・・

先生が、「あなたは日本の人で、歴史をこの映画以上に知っているから、
感じるところも大きかったのでしょう。」と言われました。

形だけの皇帝が、子ども時分から、青年になり、大人になり、そして戦後逮捕され
その過程のさまざまな場面で
Apri la porta!・・・門(扉)を開けろ(あるいは開けてくれ)
というフレーズが印象的に繰り返され、
そしていつのときもそれが叶えられなかった溥儀(主人公)の不幸を思い、
すっかり感情移入して、泣けてきたのです。
時代の波に飲みこまれ、溥儀にはあの生き方しか許されなかった・・・
本当に悲しいことだと思いました。

他の生徒もそれぞれに感想を述べ、
イタリア語のレベルが皆似たようなもので、
誰も難しいことは言わないので、彼女たちの言いたいことも分かりました。

この日はお昼を外で食べたので、夜は家で作って食べました。
家の周辺はこんな感じ。
私がキッチンを使うと、家の人は引っ込んでしまい、終わるまで出てこないので、
却って気を遣って、簡単にできるものしか作りませんでした。
ほんとはもうちょっと手の込んだものを作りたかったのですけどね。
でも、ヴィーノはしっかりと飲みましたよ!

アレッツォの語学学校に決めたのは、
ミラノやローマなど大きな都市では日本人が多過ぎて、
イタリア語浸けになれないのではないかと思ったからです。
同様の理由でフィレンツェも排除しました。
アジア系の女性を見て、すぐに日本人か韓国人か中国人かがわかり
「こんにちは」と声をかけてくるヴェネツィアは論外でした。

アレッツォは、半日、1日で気軽に足を伸ばして見にいける素敵なところもあるし、
語学学校を検索してみたら、いつからでも、1週間単位で通えるところがあり、
教育課程もしっかりしていそうな印象のところが見つかったので、
問い合わせのメールをしてみたら、
すぐにこちらの聞きたいことにきっちりと回答をくれたので
そこに決めました。
それに、4月~6月は、授業料の割引もあるということだったのです。

その期間の宿も、ホームステイ(キッチン使用あり・なしでさらに区別有りです)、
アッパルタメントのルームシェア、単独でのアッパルタメントを
希望に沿って定額で斡旋してくれます。
私は、ホームステイのキッチン使用ありを選択しました。
ホームステイは、いろいろな意味で当たり外れがあることが分かったので、
次回は、ルームシェアにしようと思います。
もし4週間とか行けるなら、単独のアッパルタメントにしますが。

申し込みをし、代金の30%をクレジットカードで支払い、
その後、ワードファイルのテストが送られてきました。
辞書を使わず、やれるところまでやって送り返すように、とのことでした。
それによってクラス編成をするのです。

第1日目の朝、8時半に登校し、この週から学習をスタートする人達が集まって、
学校での授業や、午後の1週間のプラン、
アレッツォの地図や資料を配布され、説明を受けました。
これが教室です。
その間、1人ずつが事務局に呼ばれ、話をしながら所属クラスの決定。
9時半から、それぞれ自分のクラスに入っての学習となるのでした。
私は中級の中クラス。
私も含めて5人の生徒で学習して行きます。
面白いことに、クラスの人数によって、学習する時間が決定されるのでした。
5人のクラスだと、1日に3時間半。
初日だけは変則的な時間でしたが、
2日目からは9時~11時、30分休憩し、11時半~1時。
その翌週は、3人のクラスだったので、授業は2時間半でした。
人数が少ないと学習密度が上がり、その分授業時間は少なくてよい、ということなのでしょう。
1週間の授業料は、2人のクラスでも、5人のクラスでも同じでした。

この日の前半は、自己紹介。
英国からの60代の女性、
ブラジル人だけど、オランダ在住の50代の女性、
この2人と私はこの週から。

スロヴェニアからの20代後半の女性は、この週が最後だけど、
この学校ですでに7週間学んでいて、初級から入って中級に上がってきました。
スロヴェニアは、言葉が似ているところもあるようで、
イタリア語の習得はそれほど難しいことではないようでした。
もちろん7週間集中して学習し、彼女も本気で取り組んだからこその成果でしょう。

もう1人は、20代前半のアメリカ人女性。
彼女は、大学で第2外国語として少しイタリア語を学び、
アメリカ人向けのトスカーナを巡る現地ツアーを催行しているアメリカの会社に入社して
その会社の費用でシエナの語学学校である程度学び、
コルトーナに近いまちに住んで仕事をしているのだそう。
この週と前週の2週間は休暇なので、それを利用して、
さらにイタリア語を学びたいという意欲の持ち主です。

自己紹介をしながら、先生がいろいろと突っ込みを入れて、
詳しく話す羽目になったり、表現がうまくできないところを、先生がサポートしながら、
文法をきちっと教えてくれたり、ただの自己紹介ではなく、
きちんと学習として成り立つのでした。

休憩後はテキストのコピーを用いての文法の学習。
説明を聞くだけではなく、練習問題をやって一人ひとりに順番が回ってきました。
それから分からないところを質問すると、
説明がとても分かりやすいのですごく納得することもできました。
宿題がたっぷり出て、1時でおしまい。

さて、一気に長々と読まされるのも大変でしょうから、このあたりで今日は止めておきます。
この日の午後のことはまた次回。

学校は、この建物の3階にありました。(ピンボケ失礼)

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