ぐら姐のよくばりイタリア

イタリアにはまってかれこれ25年。イタリア人て面白い、から始まって、イタリアは美味しい、イタリアは美しい、イタリアの田舎が素敵、イタリア美術や建築も面白い…とずぶずぶ深みにはまっている私「ぐら姐」のイタリアなんでもありのブログです。

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’04年にポリニャーノ・ア・マーレに2泊+3泊で滞在し、その中日にポリニャーノのホテルに荷物を預け、1泊分の荷物を持ってアルベロベッロとマテーラに行ったのが最初です。
アルベロベッロは立ち寄り、マテーラは宿泊しようと思ったのは、夕に夜に朝に見て素敵なまちだろうと思ったからです。

’18年夏に再訪しました。
このときは、前回の反省を踏まえて観る順番を決めました。

まず’04年の時の写真を載せます。(もうこの頃はデジカメを使用していましたが、カードの容量が大きくなかったので今ほど取り放題ではなかったです)自分が写っていない写真もたくさん撮りました。







歩いているうちにサッシ群を谷越しに見られるビューポイントがあり、谷越しの向こうからこちらを見たら面白いのでは?と思いつき、タクシーの運転手に話して行ってもらったら、予想通りの眺めだったのです。
ただ、訪れたのが午後だったため、逆光で美しさも中くらいなりという感じだったのが心残りでした。


夕暮れのサッシ

夜のサッシ

ここからは’18年に行った時の写真を載せます。
初めて行った頃にはまったく知らなかった、「原罪のクリプタ」と言うのがあることを知り、是非とも見たいと思ったのでした。


原罪のクリプタとは、山の中の洞窟礼拝堂で、8世紀から9世紀に絵が描かれ、礼拝堂として使われていたのだそう。
発見されたのは1900年代に入ってからとのことで、つくられた当時のものがそのまま残っているのです。
予約制でのガイデッドツアーのみで公開しているとのことで、日本から予約して行きました。

タクシー(こことその前に行きたいところがあったので、事前に連絡を取って予約していました)で受け付けの建物まで行って、予約確認。
案内の人の車の後について、私たちも再びタクシーに乗り込んで5分ほどだったでしょうか、え?こんなところに?というような山道の途中で車は止まり、そこからはこんな道を下りて行きました。

ちゃんと扉が付けられ、施錠されています。

中は薄暗く、一人ずつあなたはここへ、と腰掛ける場所(岩の上)を指定されて
全員座ると、まずはアナウンスが流れます。
そしてフレスコ画の一つ一つが順に灯りで照らされ、説明がなされます。
分からないところがいっぱいでしたが、事前にモモ先生の本で読んでいたので
ある程度は理解ができました。

中は撮影禁止なので、写真は1枚もありません。
これは公式サイトから拝借した写真

素晴らしいかったです。
くっきりと1本ずつの線が残り、聖母子の顔もはっきりと分かります。
そして赤い花の色も鮮明に残り、全体を素朴で可愛い感じにまとめ上げています。

他のフレスコ画もいくつもあって、それが暗い中でひとうひとつ浮き上がるのでとても印象的でした。

一通りの"ショー"が終わると、実はここは半洞窟で、開いている方にシャッターが取り付けられていて、それが上げられると自然光がふわーっと入ってきました。
直射日光は入らず、それでも明るくなったのでそのままのものを近寄って見ることができました。



原罪のクリプタの前に行ったのが、初めの方で書いた谷越しにサッシを見られるビューポイントです。
’04年の時に学習していたので、まずは朝のうちにこちらを見ておきたいと思ったのは大正解でした。
これから行かれる方、そこはBelvedere di Murgia Timone(ムルジア・ティモーネ)と言うところなので、是非午前中にどうぞ)





ね、午後は逆光になるので、ここに行くなら絶対に午前中ですよ。

マテーラは、教会などの観光も、まち歩きも楽しめました。
以前のブログに詳しく載せているので、よろしかったら検索して見てみてください。
最後に早朝のサッシ群を眺めに行った時の写真を載せます。




今日は、夏の滞在で行った1日バスツアーで巡ったカレッツァ湖、カナツェイ、ポルドイ峠、オルティセイのことを書きます。

ボルツァーノのツーリスト・インフォでMartin Reisen社のバス・ツアー申し込みました。
私たちが参加しのはNel cuore delle Dolomiti(ドロミティの中心部へ)というでした。
曜日によっていろいろなツアーがあり、私たちはボルツァーノに3泊、中2日だけのフリータイムだったので、そこにこのツアーがあってラッキーでした。

メラーノ(ボルツァーノより少し南のまち)を出発し、ボルツァーノで参加者をピックアップし(ここで私たちは乗車)、エガ谷を通って30分もしないうちにカレッツァ湖に到着。最初の下車。
少し散歩タイムがありました。

その美しさは溜息ものでした。

その後ファッサ谷のリゾート地カナツェイを通って

ポルドイ峠へ行き、ここで長めの休憩。
駐車場でバスを降りると、目の前にサッス・ポルドイがそびえていました。

天辺に見える黒い塊がロープウェイの駅です。
こちらは、そこへ向かうポルドイ峠駅。

大きなゴンドラでしたが、なんとか人の中に埋もれずにすんで、ゴンドラからサッス・ポルドイへ向かうところを撮ってみました。

ぐんぐん登る途中で、この切り立った岩山を登攀中の人たちが見えました。

中央下と、上のほうに黒く小さく見えているのがそうです。

上の駅に着いて降りると360度のパノラマ!ここは、セッラ山の南側にある峠で、ちょうどドロミテの中間部に位置するのでドロミテ西部と東部両方の展望を楽しめるのです。

気の向く方向に歩いて行って、正面に見えたのがこの山々。

右がサッソ・ルンゴ、中央左寄りのいくつかのとんがりがチンクエ・ディータ(5本指)、そして左がプンタ・グローマン(Punta Grohmann、この山は、イタリア語では名付けられていないのですね)。

サッス・ポルドイの上は、台地のようになっていてけっこうな広さがあります。だから大型ゴンドラでどんどん人を運んでも大丈夫なのですね。
サッソ・ルンゴ方面が見られる場所もゆるゆるとした下り斜面で、自由に歩きまわれましたが、反対側も広く比較的平らで、柵が作られている部分もあるので、車椅子の方たちも訪れていました。

近くに目を落とすと、単独で登っている人が見えました。

ロープウェイで降りるときにゴンドラからこんな可愛い地上絵(?)が見えました。石を置いたのでしょうか。

ポルドイ峠を後にして、バスはまた山々を縫うように進み、セッラ峠で写真休憩となりました。
ここからは、サッス・ポルドイから見たサッソ・ルンゴ、チンクエ・ディータ、プンタ・グローマンがぐっと大きく見えました。

こちらは、駐車場から見えた山です。

山という漢字は、形象文字なんだね、と納得するような形です。

最後にオルティセイというまちでティータイム休憩を取りました。
行く気だと、ここからロープウェイでアルペ・ディ・シウーシへ登ることができます。
でも、私たちは、それには乗らず、まちを散歩して、お茶を飲みました。



そしてバスはボルツァーノへと戻り、この1日バス・ツアーは終わりました。
次に行くときは、10日から2週間ぐらい、カナツェイとかオルティセイ辺りに滞在し、天気を見てちょっとした山歩きに出てみるとか、1日のんびり山を眺めながらビールを飲んだり本を読んだりするのがいいかも、と思ったのですが、行けないままにもう15年が経ちました。

トレンティーノ・アルト・アディジェは、イタリアに5つある特別自治州のひとつで、行ったことのあるまちはほんの少しです。
(特別自治州とはイタリア共和国憲法116条において特別な地位を持つと規定された州で、シチリア、サルデーニャ、トレンティーノ・アルト・アディジェ、ヴァッレ・ダオスタ、フリウリ・ヴェネツィア・ジュリアの5つだそうです。)

サルデーニャ、トレンティーノ・アルト・アディジェとフリウリ・ヴェネツィア・ジューリアが、私が勝手に捉えているイタリアとはちょっと違った雰囲気を持っているような感じがしました。
まちの中で見かける表記も2つの言語だったりしますし。

トレンティーノ・アルト・アディジェで訪れたところは、まちとしては
ボルツァーノのみ。

あとは、下記のところを1日バスツアーで巡りました。
カレッツァ湖
カナツェイ
ポルドイ峠

というわけで2回に分けて書いていこうと思います。
まずはボルツァーノから。
ここには、夏と冬に1回ずつ行きました。

初めに行ったのは'09年夏。
(いや、正確には'95年にここからコルティーナへ行っているのですが、本当に通過しただけで写真もありません。)
'09年は、このまちも観て、さらに美しいイタリアン・アルプスを眺めに行きたいと思って訪れ、3泊しました。

イタリアン・チロルと呼ばれる地域で、まちの建物や看板がまさにそんな雰囲気でした。











料理も結構違いました。
カネーデルリ(ドイツ語だとクヌーデルというそうです)。
パン粉の団子のようなもので、それにいろいろなものを混ぜてバリエーションが生まれます。

パンも、ドイツみたい。

友人のお薦めの郊外のリストランテは最高でした。
自家製スペックの厚切りの美味しいのなんのって。
今でも、これまで食べたスペックの中の1番です。

この店の辺りの景色も素敵で。



最終日の夕方からは、Calici delle Stelle(直訳すると「星の下の酒盃」)というイベントがありました。





郊外にあるロンコロ城にも行きました。
郊外サレンティーナ渓谷の入口の岩の上にそびえている城です。
1237年にこの地を治めるヴェスコーヴォ王子から、ここに城砦を築く許可を得たヴァンガ(Vanga)兄弟により建築されましたが、1385年に当時の裕福な商人フランツとニクラウスというヴィントゥラー兄弟がこの城を購入し、城としてと言うよりも、サマーハウスとしてゲストを招くために増改築したのだそうです。



建物内は撮影禁止です。なので建物外部のみ撮影しました。この城は、その内部のフレスコ画が美しく、見どころとなっているのですけれどね。

冬はまた違った趣がありました。それは次回に続きます。

昨日書いたように’98年にアオスタから日帰りで訪れました。

バスでクールマユールに到着

ロープウェイの乗り場近く

ロープウェイに乗ってHELBRONNERと言うところまで。
モンテビアンコ(モンブラン)を見に行ったのですが、あいにく雲がかかっていて見えませんでした。

(日記には、帰りのバスからくっきり見えたとあります)
これは別の山(?)

ロープウェイが到着して降りたとたん、皆携帯電話を取り出して、
「チャーオ!今どこにいると思う?モンテビアンコが見えるところに来たんだよ~」と誰かしらに電話し始めました。
とても賑やかで、ああイタリアだわ~と感じたのでした。

展望台でお弁当を食べました。
確か、日本から持参のお湯を入れるとご飯ができるという山用の炊き込みご飯を持参してホテルで朝おにぎりを作って行ったのだったような。



ちょこっとだけそこらを歩きました。

ピオッツォにあるクラフトビールの醸造所バラデンの宿、カーザ・バラデンに2泊したのですが、その後トリノに向かうのに時間がちょこっとあるのでレセプションで近くに見所がないか聞いたら教えてくれたところです。
2つ教えてくれて、そのうちのモンドヴィは、眺めが素晴らしくまちがなかなかな素敵で、ヴィコフォルテはサントゥアリオ(至聖所)のクーポラに上るのが面白いのだそう。
クーポラに上るのはガイデッド・ツアーになっているとかで、その時刻を調べてプリントアウトもしてくれました。

時間的に両方行くのはきつかったのでモンドヴィをパスしてヴィコフォルテに向かいました。
(いつかチャンスがあったらモンドヴィを訪れてみようと思います。)

ヴィコフォルテのサントゥアリオ。
両側が、鐘楼です。

さっそくツーリストインフォ兼チケット売り場へ。
11時からのツアーがあるはずだったのに、この日はなぜか11時半。
ひとまずチケットを買い、それまでとりあえず普通に見学。

名称は、ナティヴィタ・ディ・マリア・サンティッシマ聖堂(Basilica della Natività di Maria Santissima)、
1596 年建設開始、1731 年ドーム建設、1880年に国宝に指定されたのだそうです。
このクーポラは、世界最大規模(長軸 37.15m,短軸 24.80m,高さ 16.60m)なのだそうです。

中に入ってみました。
これが楕円形のクーポラ。

上の写真のクーポラの天辺の小さな楕円形クーポラ。
ツアーではそこまで上ることができるのです。

クーポラに上るガイデッド・ツアーの集合場所は、チケット売り場。
奥にロッカーがあって、バッグなどの持ち物すべてを入れます。
カメラは、首から下げられる人は持参OK。
スマートフォンには首から下げるケースを貸し出していました。(無料)

その後、不織布のシャワーキャップ型のものを被ってからヘルメットを被り、
ハーネスを装着します。
そして説明を受けます。
見本の鉄骨や梯子があり、鉄骨のくぐり方、
梯子への安全器具の取り付け方を聞きました。
そしていよいよクーポラへと向かいます。

こんなところや

こんなところ

そしてこんなところも通って、

途中の景色を眺めたりしながら



上に辿り着きます。



真下を見ればこんな感じ。

改めて聖堂を見ると、

あの天辺の、クーポラの上のクーポラとでもいえるようなところまで上ってきたのだということが分かります。

なかなかよそではすることのできない楽しい体験でした。
インフォの入り口。

煙となんとかは…の類の高いところ大好きな方には超お薦めです。

言わずと知れた世界遺産のまち。
キリスト教の巡礼地としての性格を持つまちであり、
フランチェスコの名を冠した聖堂やフランチェスコ会関連施設が
「アッシジ、フランチェスコ聖堂と関連修道施設群」として世界遺産に登録されています。

1回目は、'01年。
まだ、イタリアを旅して歩いていること自体が面白くて楽しくてと言う時代で、
アッシージをじっくり見たいというよりは、
本でアッシージ郊外にあるアグリトゥーリズモを見て泊りたいと思って予約を入れ、
そこに2泊して、アッシージの中心部にはタクシーで行きました。
この時は、イプさん、アッコさん、そしてAka夫妻と総勢5人だったので、
アッシージに行くのも、近郊に行くのも、タクシーを利用したのです。

その1回目のアッシージは、とりあえず行きました、観ました、と言う感じで
アッシージの写真は全て自分たちが入っている物ばかり。
その13年後の’14年、アレッツォの語学教室に2週間行っていた中間の土日で1泊しました。

土曜の午後から行ったので、着いたのは暗くなりかけている時間帯で、
翌日早朝散歩をしました。











サンタ・キアラ聖堂(もちろん、中にはまだ入ることはできません)

ようやく日が差してきました。

サンタ・キアラ聖堂の裏側にも、日が当たり始めました。

ここで引き返して、逆方向へ。





サンフランチェスコ聖堂が見えてきました。









宿に戻って朝食を摂り、チェックアウトして荷物を預け、また出かけました。
まちには大勢の人が出ていました。

まちにはできれば泊まる、そして早朝に散歩するというのがいいと改めて思ったのでした。
それは大観光地ほど感じます。
ヴェネツィアでも、シエナでも、アッシージでも、常に観光客や巡礼者があふれているのに、夕方から早朝はこんなにも人影が少ないのです。

’01年に訪れた時にもここで写真を撮っていました。

以前訪れたときに持っていたガイドブックには、
見どころとして、私が朝の散歩で見たサン・フランチェスコ聖堂とサンタ・キアラ聖堂ぐらいしかでていなかったように思うのですが、
インフォでもらった地図を見ながらロッカ・マッジョーレに行こうと思ったら、
とても素敵なロマネスクの聖堂に出会ってしまいました。
ドゥオーモです。

うっとりと眺め、細部を見てひとりで喜び。



ロッカ・マッジョーレに向かいました。

坂道をぐんぐん上ると、いちばん高い場所にロッカ・マッジョーレがあります。
ちゃんとした道はあるのですが、適当に草の生えているところを好きに歩いて写真を撮っている人たちがたくさんいました。





素晴らしい眺めが楽しめました。



たった1泊でしたが、この後のまち散歩も楽しめたので、次回に続きます。

まちと呼んでいいのか、分かりません。

’09年年末にカモッリに滞在していた宿のレセプションでまちの地図を見せてくれて
見に行ける観光スポットを教えてくれました。
「ここがサンタマルゲリータで、こっちがポルトフィーノ。サンフルットゥオーゾには美しい修道院があって、船で行けるよ。それから...」

船で行ける?この季節でも船が運航しているの?
この修道院のことは知ってはいましたが、
船で行くか、2時間半歩くかしか方法はないと書いてあったので、
冬に船はまずないと思い、諦めていたのです。

オジサマが、地図にある時刻表のページを開いてくれました。
なんと日曜(この日)は、本数が多い!行くべし!!!ということで出かけました。

14時の船に乗りました。
美しい崖の景色を見ながら、途中1箇所に寄り、30分ほどで入り江に入っていく船。見えてきました...

サンフルットゥオーゾは、住人が十数人しかいない小さな集落だそうで、木々に囲まれてひっそりと修道院が建っている...という感じです。
海からのアプローチがとても素敵なところでした。



7世紀だか8世紀だかに建てられて少しずつ増築され、13世紀にメインのゴシック建築部分が完成したようです。
そして15世紀にドーリア家のものとなったのだそうです。
何でも海底17メートルに沈んでいるキリスト像とドーリアの墓があることで有名なのだとか。
1983年にドーリア家からFAIと言う、文化財や環境を保護する財団に寄贈され、今はFAIが管理しています。
修道院は、以外に簡素なつくりでした。

キリストの磔刑像が、何だか可愛らしくて気に入りました。

小さな回廊が素敵でした。





2階の海側は、展示室になっていました。

外に出て、周りを散歩しました。



住人が十数人というこの集落の、それも1週間に何人通りかかるのかしら、というようなところにポストがありました。

少し上ったところから、別な角度の修道院が見えました。

修道院から搭へ続く道を歩いて行きましたが、搭には入れないようになっていました。
何とかと煙は...の、何とかと同じなので高いところが大好きで、上りたかったのでちょっと残念。
そこから向こう側の入り江に下りていけるようになっていました。修道院のビーチよりもさらに小さなビーチがありました。



搭に続く道を小さな入り江と反対の、山の方に行ってみました。
なんと、山羊さんたちが大勢。
皆、忙しそうに草を食んでいました。



16時の船で帰りました。
岸壁に、サンフルットゥオーゾの絵がありました。

’17年、トラーニに滞在中に日帰りで行きました。
トラーニからアンドリア、アンドリアからカステル・デル・モンテへとバスを乗り継いで行きました。

アンドリアからは小型のバスでした。
プーリアのてろっとした平原(ところどころに畑や林が見えます)をバスはのどかに進んで行き、やがて小高いところに城のようなものが見えました!

駐車場に到着し、下車しました。

ここからは、徒歩です。
中央左寄りにBARという文字が見えるでしょうか。
何にもないわけではなく、バールとレストランが1軒ずつありました。



意外に周囲が広くてびっくり。









内側の中心部はオープンエアーになっています。





外はすごい陽射し。

ワンちゃんは、ひたすら省エネモード



他に何もないですが、とりあえず見ておく価値はあると思いました。

イタリア好きの方で、アルベロベッロをご存じない方はいないと思いますが、
とんがり屋根の独特の建物、トゥルッリが立ち並ぶ世界遺産のまちです。

'04年の夏、ポリニャーノ・ア・マーレに2泊+3泊で滞在したときに、
中1泊でマテーラとアルベロベッロに出かけたのでした。
スーツケースをポリニャーノのホテルに預けて1泊分の荷物だけ持って行ったので楽ちんでした。
マテーラに行って泊まり、翌日アルベロベッロを訪れました。

なぜその逆でなかったかと言うと、
トゥルッリの宿に泊まりたいとはあまり思わなかったのです。
それにマテーラの方が観光に時間がかかると考えたのもあります。
当時よく見たり書き込んだりしていた「地球の歩き方掲示板」で、
サッシの見える宿に泊まって、夜はライトアップされていてとてもよかったというのを読んで、
その宿を予約したのでした。

その後、行くつもりはないのに、'13年12月と'14年6月にも立ち寄ることになってしまったのでした。

初回のアルベロベッロの写真を少し。



あまり感動しなかったのでそれほど撮っていません。
土産物屋が多く、観光で食べているまちという印象が強くて、
建物群を見て、2階に上がれる土産物屋に入って、屋根屋根を眺め、
それでもういいや、おしまい、という気持ちになってしまったのでした。

'13年12月は、何度も訪れている、カロヴィーニョでファームステイを受け入れているマキさんのところに行くのに、
私がチェリエ・メッサーピカからマキさんのところに向かう途中、
彼女はゲストを案内している途中だったので、アルベロベッロでのピックアップになったのでした。

彼女の案内の予定が遅れ遅れになって、薄暮から夜にかけての訪問になりました。



暗くなるとナターレの飾りに灯りがともって。





’14年は一旦仕事を辞めて、初夏と夏と冬にイタリアを訪れたのですが、
初夏は、2週間ですがアレッツォで語学教室に通い、その後、友人のminaさんと合流し、プーリアを旅したのでした。
その時にマキさんのところに3泊し、minaさんが南イタリアは初めてだったので
アルベロベッロにも行ったのでした。

この時の写真が一番きれいかも。
何せデジカメの性能は’04年よりも格段にアップしているし、初夏の青空の下でしたから。









ジェラート屋さんのジェラートの蓋もとんがり屋根のよう。

何枚載せても、トゥルッリばかり。
これにてアルベロベッロ終了です。

ロレートには、レカナーティに日帰りで行った日が26日で、祝日のためバスが無く、行くときも帰りもタクシーを利用し(4人いたので強い)帰りはせっかくだからロレートに寄ってみることにしたのです。

ドゥオーモの近くで車を降りました。

ドゥオーモ

ドゥオーモの中に入りました。
内部は撮影禁止なので、写真はほぼありません。

ロレートは、世界で最も重要な巡礼地のひとつなのだそうです。
「聖家」(Santa Casa) は、イエス・キリストがナザレ(イスラエル北部の町)で生活した家と言われ、
その後、天使たちがイタリアへ家を運んだとされています。
天使たちによって空を飛んできたなんて奇想天外なことと思う私は不信心者。

ヨハネ・パウロ二世は、
「ロレートの『サンタ・カーザ』(聖なる家)は、
聖母に捧げられた全ての巡礼聖堂の中で世界的に第一のものであり、
キリスト教における聖母マリアの、まことの中心地であります。」
とおっしゃったそうで。

カラヴァッジョも「ロレートの聖母」を描いているぐらいだし、
レカナーティに行ったついでに立ち寄ろうと思ったのでした。

教会内部は撮影禁止でしたが、プレゼーペなどは撮影してよいことになっていたので、ついでにステンドグラスの写真も撮りました。




ステンドグラスの色合いがとても美しいです。



ものすごい数の巡礼者が訪れるため、相当富裕な教会なのでしょう。
内部の豪華さと言ったらすごいものでした。
売店では飛ぶように記念の品が売れていました。

サンタ・カーザは、なんと朝6:15から19:00まで巡礼できるのでした!
巡礼者に親切なのか、商売熱心というのか...。

ロレートのまちを少し歩きました。



高台から景色が眺められました。







駅までは少し距離がありますが、ずっと下るだけなので、歩くことにしました。

ドゥオーモの裏側



これにて、マルケ編は終了です。

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